第8話「答えは出なかった」
再会は、偶然だった。
駅前の小さな書店。
私は用事のついでに立ち寄り、
彼女はただ、雨宿りをしていた。
「……久しぶりですね」
先に気づいたのは、彼女だった。
「そうだな」
それだけで、
十分だった。
近くのカフェに入る。
以前と同じ店。
同じ席ではなかったが、
それを残念だとは思わなかった。
彼女は、
前より少しだけ雰囲気が変わっていた。
落ち着いた、というより、
迷いが減った、
という感じ。
「元気そうだな」
「おかげさまで」
その言い方が、
よそよそしいわけではないのに、
以前とは違って聞こえた。
「最近は、
あまり考え込まなくなりました」
彼女はそう言って、
コーヒーを飲んだ。
相変わらず、
少し冷めてから。
「それは、
いいことだ」
私はそう言った。
本心だった。
沈黙が落ちる。
以前なら、
ここから何かしらの問いが生まれていた。
「知ることの意味」とか、
「努力と諦めの境界」とか。
だが、
今日は違う。
話題は、
近況報告で終わった。
仕事。
生活。
それぞれの選んだ道。
「もう、
ああいう議論は、
しないですね」
彼女が、
少しだけ申し訳なさそうに言った。
「必要なくなったなら、
それでいい」
私は、
自分でも驚くほど、
自然にそう答えていた。
彼女は、
少しだけ目を細めた。
「変わりましたね」
「そうかもしれない」
変わったのは、
考え方ではない。
考え方を、
どう扱うか、
だった。
会計を済ませ、
店を出る。
雨は、
いつの間にか止んでいた。
「今日は、
ありがとうございました」
彼女はそう言って、
軽く頭を下げた。
「こちらこそ」
それだけで、
十分だった。
別れ際、
彼女は振り返らなかった。
私は、
それを寂しいとは思わなかった。
帰り道、
私は一つの判断を下した。
完璧ではない。
正解かどうかも、
分からない。
それでも、
不思議と後悔はなかった。
頭の中で、
彼女と議論する。
答えは返ってこない。
だが、
問いの立て方は、
もう分かっている。
――何を知るべきか。
――何を知らないままでいいか。
――どこまでを自分の責任として引き受けるか。
それだけで、
十分だった。
彼女は、
恋人ではなかった。
家族でもなかった。
それでも、
人生の選び方を、
確かに変えた人だった。
答えは、
最後まで出なかった。
だが、
考え続けられる場所は、
私の中に残った。
それは、
失われない。
そう確信できた夜だった。




