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第7話「噛み合わない歯車」

変化は、いつも派手にはやってこない。


ある日突然、

劇的な出来事が起きるわけでもない。

ただ、

「前と同じことをしているのに、

 前と同じ手応えが返ってこない」

という違和感が、

少しずつ積もっていく。


それが最初だった。


彼女と議論する時間は、

確実に減っていた。


忙しい時期だった、

と言えばそれまでだ。

だが、

以前なら忙しいほど、

彼女は言葉を投げてきた。


今は違う。


会話はある。

業務の話も、

必要な確認も、

問題なく進む。


ただ、

「問い」が出てこない。


ある日の昼休み、

久しぶりに二人でコーヒーを飲んだ。


「最近、

 どう思ってる?」


私がそう切り出すと、

彼女は少し驚いた顔をした。


「何についてですか?」


「……いろいろだよ」


便利な言葉だ。

いろいろ。


彼女は、

少し考えてから言った。


「前より、

 考え込まなくなりました」


その言葉は、

予想外だった。


「悪い意味じゃなくて」


彼女は付け加えた。


「前は、

 考えるために話してたけど、

 今は、

 考えなくても動けることが

 増えた感じです」


私は、

うまく返事ができなかった。


それは、

成長の話だ。

祝福すべきことだ。


分かっている。


それでも、

胸のどこかが、

少しだけ沈んだ。


「俺と話す必要が、

 なくなったってことか」


冗談のつもりだった。

だが、

声は思ったより低かった。


彼女は、

すぐには否定しなかった。


「必要かどうかで

 人と話したこと、

 あまりないです」


そう言って、

少しだけ笑った。


「でも、

 前みたいな議論は、

 もう、

 今の私には

 合わないかもしれません」


その言葉は、

丁寧で、

正直で、

そして残酷だった。


私は、

反論しなかった。


できなかった、

の方が正しい。


その日以降、

議論は試みるたびに、

微妙に噛み合わなくなった。


同じテーマ。

同じ言葉。

なのに、

反発が返ってこない。


彼女は、

もう「壁」ではなかった。


壊してくれない。

揺らしてくれない。


ただ、

別の方向を見ている。


私は、

その事実を、

ようやく認め始めていた。


夜、

一人で帰る車の中。


ふと思った。


――失いたくないのは、

  彼女なのか。

  それとも、

  彼女と議論していた

  あの自分なのか。


答えは、

すぐに出なかった。


だが、

一つだけ確かなことがあった。


私は、

この関係が終わる可能性を、

はっきり恐れている。


それは、

恋愛の終わりを恐れる感覚とは、

少し違う。


もっと静かで、

もっと深いところにある恐れ。


――もう、

  同じ問いを

  共有できないかもしれない。


それは、

相手を失う恐れというより、

世界の見え方が

変わってしまう恐れだった。


彼女は、

もう、

私の問いの中に

住んでいない。


それを認めることが、

この関係の次の一歩なのだと、

頭では分かっていた。


だが、

感情は、

まだ追いついていなかった。


噛み合っていた歯車は、

少しずつズレている。


音もなく、

抵抗もなく。


だからこそ、

気づいたときには、

もう元には戻らない。


私は、

その事実を、

黙って受け取る準備を

始めていた。

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