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第5話「戻った場所は、同じだった」

彼女が行き過ぎることがある、というのは、

最初から分かっていた。


分かっていた、というのは便利な言葉だ。

予測していたような顔ができるし、

実際には何も準備していなかったことも、

ごまかせる。


その日は、

彼女の一言が、

ほんの少しだけ鋭すぎた。


会議のあと、

関係者がまだ近くにいる場所で、

彼女は言った。


「それ、

 最初から無理だって分かってましたよね?」


声は大きくなかった。

理屈も、間違っていない。


だが、

言われた相手の顔が、

一瞬だけ曇った。


私は、その変化を見逃さなかった。


「ちょっと、来て」


廊下に出て、

私は低い声で言った。


「今の言い方は、

 必要だったか?」


彼女は、

少しだけ考えてから答えた。


「必要かどうかは、

 分かりません。

 でも、嘘は言ってません」


その返しが、

私の中の何かを刺激した。


「正しいことを言えば、

 全部許されるわけじゃない」


言ってから、

少し強すぎたと気づいた。


彼女は、

一瞬だけ黙った。


「……分かりました」


それだけ言って、

彼女はその場を離れた。


その日から、

彼女は距離を取った。


同じフロアにいても、

目が合わない。

必要な会話しかしない。


私は、

その沈黙に慣れていなかった。


考える場所を、

一つ失ったような感覚。


それが、

怒りよりも、

ずっと厄介だった。


三日目、

私は耐えきれなくなった。


「最近、

 距離を置いてるよな」


彼女は、

私の顔を見て言った。


「そうですね」


「理由は?」


その問いは、

冷静を装っていたが、

実際には問い詰めだった。


彼女は、

少しだけ視線を逸らしてから言った。


「考えてただけです。

 ここで、

 どう振る舞うのが

 自分にとって自然か」


その答えに、

私は少し戸惑った。


怒っているわけでも、

拗ねているわけでもない。


ただ、

調整している。


「……戻らないつもりか?」


自分でも驚くほど、

弱い言葉が出た。


彼女は、

首を振った。


「戻るかどうかを、

 誰かに決められる関係じゃないと

 思ってるだけです」


それは、

正論だった。


正論だからこそ、

少し痛かった。


「じゃあ、

 今はどうなんだ」


彼女は、

ほんの少しだけ笑った。


「今は、

 戻ってもいいかなって

 思ってます」


理由は、

言わなかった。


それ以上、

聞くこともしなかった。


翌日から、

彼女は元通りだった。


議論も、

皮肉も、

生意気さも。


何事もなかったように。


だが、

私の中には、

小さな違和感が残っていた。


何も解決していない。

ただ、

元の位置に戻っただけだ。


それでも、

私はその位置が、

嫌いではなかった。


彼女と話すことで、

考えすぎていた自分が、

一度だけ立ち止まれる。


逆に言えば、

立ち止まる場所を、

私は彼女に依存していたのかもしれない。


そのことに、

気づいてしまった夜だった。


――関係は、

  壊れなかった。

  だが、

  少しだけ、

  形を変えた。


それが良いことなのか、

悪いことなのか。


その判断は、

まだ、

先送りにしておくことにした。

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