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報告書8「リソーサー・ノブスマ」

 日本でも有数の深さであるという六本木駅ダンジョン。光すら届かないその闇の中を、一歩、また一歩と降りて行く。進めば進むほど、壁や天井の崩れはますます増えていき、死角からいつリソーサーが飛び出してくるか気が気でない。


「一体どこまで潜ればいいんだ、この駅ダンジョンは。リソーサーもバット、マウス、ゲッコーと増えていくばかりじゃないか」


「……ここら辺はもうノブスマの縄張りのようね」


「なんで分か……うっ……」


 言いかけて息を呑んだ。チトセの視線の先を追って行くと、そこにはまさに惨殺された以外には形容し難いスペキュレイターの死体が横たわっていたのだから。


「二次被害の危険性があるからか、捜索もここまで来なかったんだな……それにしてもこの有様は……」


「えぇ……この背中側の3本の爪痕が致命傷になったようね。易々と装甲を切り裂いて身体にまで達しているわ。そして殺した後に、首元に噛み付いて血でも吸ったのかしら。首元は損傷に比べて流血が少ないわ」


「背中側に致命傷……奇襲を受けたのか……」


「大きな爪痕に機動鎧甲を切り裂くバカ力……ノブスマはリソーサー・バットの変異種と聞いていたけど、姿形も大分違うし力も強いようね。イクノと通信が出来ればもっと詳しく分析してもらえたんだけど、仕方ないわ。とにかく他に痕跡がないか周辺を探してみましょう」


「あぁ、そうだな。足跡でも見つかれば御の字だ」


 スキャナーの感覚フィルターを次々に変更して這いつくばるように周囲を観察する。あの死体の状態だと襲撃からそんなに経っていないようだし、何か残っているはずだ。


「こっちはダメね。意外と綺麗好きなのかしら」


「こっちも……いや、この反応は血痕だな。ノブスマめ、血を吸った後に口を拭わなかったと見える。奥に向かって点々と続いている」


「なら、巣はそっちの方角ね。後を追いましょう」


「よっしゃ、任せろ」


 血痕を追い先に進むと、かつては駅のホームであったであろう場所へと出た。昔の人はこんな地下深くまで潜っていたのかと思うと頭が下がるぜ。こんな鉄の棺桶を利用するためだけにな。


「これは遺棄された車両だな。血痕は中へと続いている。ただでさえ狭い地下鉄系駅ダンジョンでさらに狭い車両の中に巣を作るとは、いい趣味してるリソーサーだぜ」


「巣を見つけられればこっちのものね。運が良ければ寝首を掻けるわ」


<<ワンワン!>>


「何だ何だ、今忙しいから後にしろ」


 開いている扉を見つけて、車両の中に入ったところで騒ぎ立てるメタ犬。こいつめ、黒いから闇に紛れてわかりずらいぞ。


<<目の前の痕跡を追いかけることに夢中になって、周りを見ないのは危険だワン!>>


「だからどうした。リソーサーがリソーサー退治の講釈か?」


<<これは罠だと言っているんだワン!血痕を追ってこのまま2人で狭い車両を進んだら、戻って来れないワン!>>


「うるせぇ。スペキュレイターを襲い、その血を飲むような野蛮なリソーサーを前にして、もたもたしてられっか」


<<ワンワンワン!機械生物が有機物を求める理由は二つあるワン!一つは生体部品の維持と修復のため、もう一つは生物を構成する情報をそこから得るためだワン!>>


「一体何が言いたいんだ。とりあえず二つなのかワンなのかはっきりしろ」


<<ウェイスターの情報を得て自己進化したノブスマは、知恵を付けているはずだワン!>>


 メタ犬の話を聞き、ふと周りを見た。これ見よがしに点々と落ちていた血痕を追い、俺たちが今進んでいるのは狭くて逃げ場もない車両内。そう言えば、あの犠牲となったスペキュレイターは奇襲を受けていた。それは単に不注意だったからか?それとも……


 目の前を凝視すると、一瞬空間が揺らいだ気がした。音響センサーに切り替えてみたが反応無し……熱源センサーに切り替えてみると……弱いがこの反応……


「伏せろ!」


「えっ?ちょっ、何なのよ!」


 チトセを押し飛ばし、キ影で目の前の虚空目掛けて薙ぎ払うと、何もないはずの空間に僅かではあるが確かに手応えがあった。うめき声かギアの軋みか区別できない音を立て現した姿は、しっかりとした二本足と口から覗く巨大な牙、それよりさらに巨大な手の先の3本の鉤爪以外は、まるでリソーサー・バットが年老いて大きくなったようだった。


「こいつがノブスマ……?いつの間に目の前に!」


「どうやら、音を消すだけじゃなく、姿まで消せるようだな。厄介な奴だぜ」


「だけど姿を見せれば、もうこっちのものよ……って、ちょっと!待ちなさいよ!」


 チトセのブラスターによる攻撃を前に、意外にもノブスマは反撃もせずさっさと回れ右して逃げていってしまった。有利な状況を失ったら一度退散……メタ犬の言うとおり、知恵を付けているようだ。悪知恵をな。


「くそっ!とにかく追うわよ!」


「いや待てチトセ!」


 2丁ブラスターを振り上げ走り出すチトセの肩を掴んで無理に引き止める。この爆弾女は、一度導火線に火が付いたら止めるのは一苦労だ。


「何よ!逃しちゃうわよ!?」


「奴は逃げたんじゃない……誘い込んでいるんだ」


「……そう思う根拠は?大抵のリソーサーてのは動物のように直感的に動くものよ」


「何というか声がな、そう喚き立てるんだ脳内で」


「声、ね……いよいよ来るとこまで来たようね」


<<ワンワン!>>


 神に語りかけるのは自然な行為である。しかし神が語りかけてきたら大いに疑え、とはよく言ったものだ。では犬が、それも脳内同居しているリソーサーが語りかけてきたら?答えは大いに疲れる、だ。

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