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報告書82「共進化」

 人工物の自然界に鎮座する、機械の御神木と化したササヤさんから明かされる真実の数々に圧倒される俺たち。だが突然現れた冷徹な声は、ササヤさんでは無い、別の意思面なのは明らかだった。


<<経過は想定外であったが、倫理の学習に必要な人間との相互理解プログラムは完了。人間との共存方法を教示したササヤの意思に則った情報の開示も完了。今後の教材となるバーゲストを置いて退去を指示>>


 矢継ぎ早に繰り出される指示……いや、命令の数々に、声は同じでもこれがササヤさんの意思では無いのは明らかだった。


「ちょっと待ちなさいよ。倫理を学んだから人間と共存できるなんて考え、ちょっと甘いんじゃないの?その上から目線を聞いてると、なおさらそう思うわね」


「そうじゃそうじゃ。倫理とは非定義領域も含んだものじゃから、“学習しました。倫理を定義できました”なんて言ってるようじゃ、獲得なんてできてない証拠じゃろう。機械生物を名乗る存在の親玉が、こんな機械まんまとは思わんかったぞ」


<<01はここには残らんワン!お前のために動いてた訳じゃ無いワン!>>


「俺もバーゲストを残していくのは反対だな。理由は……まぁ、色々」


 雲行きが悪くなってきた予感は的中した。今や暗雲垂れ込み、エキチカ名物ゲリラ豪雨直前って感じだ。中枢ことソースと人間、立場も変われば譲れないものも変わるのは道理か。


「大体、昨日まで人を何人も殺し街をいくつも破壊してきた人間社会の破壊者的な存在が、“倫理を獲得したから今日からもうしません”なんて言って誰が信じると思うの?“首輪”をはめろとは言わないわ。でも檻には入ってもらわないと」


<<これまでの記録は全て保持済み。一体性は確保された上で、規範をアップデート。信用など必要皆無。しかし実行は担保>>


「人を噛んだ犬は反省の素振りを見せるだけじゃ不十分なのよ。まずは躾が行き届いてる事を証明しなさい、そしたら檻から出してあげるわ。“成犬”になったらと認められたらね」


<<犬扱いするなワン!こいつと一緒にするなワン!>>


「お、おい黙ってろ。オシッコ引っ掛けたりこいつ呼ばわりしたり、犬だからってやり過ぎだぞ」


 バーゲストを抱き抱え、奥へと引っ込む。ディベートと言う上品なものじゃない、口喧嘩と言うにも物足りない、これは言葉の戦闘だ。おいそれと飛び込んで行っていいものじゃない。


<<機械生物の収集した技術・鉱物資源を人間が採取する事で、人類文明が発展してきたのも事実。機械生物による効率的な資源の収集を可能としたのは、独自判断による行動の結果。人間が制御を握るなど、非効率的な資源収集に逆戻り>>


「その“効率的な資源収集”ってのは、多少の犠牲はやむなしって意味かしら?」


<<倫理の獲得により、現在の効率性を維持したまま、犠牲を最小限にする事が可能>>


「最小限……?最小限って、どういう意味よ……?」


<<幸福の総量を最大化するためなら、一部の不幸は統計的に最適。倫理を獲得し、アルゴリズムに組み込めば一部の不幸を誤差レベルにまで落とし込む事が可能>>


「誤差……?あんたの作り出したクソリソーサーで、私達はたくさんの人を失った……機械野郎にとっては一人の犠牲は万人の幸福の前では誤差かもしれないけど、人間にとっては全てなのよっ!」


「あんたらの倫理は、損益分岐点を動かす物差しでしか無いようじゃのう。その式に命の重みは係数にすら入っておらん……生憎わしらは、人を数では無く顔で区別するのでのう……!」


<<情動に理論性無し。倫理獲得の最終テストに移行する>>


 ホルスターに手を掛けるチトセ。木のように見えたリソーサー格納庫に何やら光信号を送り、起動させようとする中枢。やばいやばい!議論が平行線を辿る時、暴発の果てに衝突するってのか!?


<<止めるワン!お前らは倫理とは名ばかりの既存の鎖に縛られてるワン!倫理ってのは犬を縛る鎖では無く、人と犬を結ぶリードであるべきワン!>>


 ドヤ顔の大見得切って割って入るバーゲスト。だが何言ってるかさっぱり過ぎて……て、また姿が実体化してる!?ここもレヴィアタンのネーベル区画よろしく、情報の位相が変動しているのかっ。


「あ、な……お犬様……?」


「守護霊犬のお出ましじゃな……」


<<ORT-01X“バーゲスト”……意見ですか?」


 呆気に取られる二人。そして中枢。こいつはいつも唐突だからな。


<<倫理とはリード……つまり、人と犬を繋ぐ絆だワン!>>


「なるほど!……どういう意味だ?」


<<犬にリードを付ける時が来たって事だワン!これからは“犬の散歩”の時代だワン!>>


「全然分からんって。いい加減、犬語から離れろ」


<<だから!犬の散歩は犬だけでも、人だけでも成立しないワン!つまり……>>


「犬と人間、どちらかが行き先を決めるんじゃ無い、双方が決めて歩むんだ、未来に向けて……リソーサーを支配するんじゃない、野放しにする訳でもない。一つになって共進化するって事か……」


<<01とバカイワミはそれを実証してきたワン!神経連鎖ニューロクサスはほんの手始め、いずれ特別なインターフェイスが無くとも成し遂げられるようになるワン!>>


 人間とリソーサーが一つになる共進化を成し遂げれば、敵対関係も無くなる……無茶苦茶すぎる。だが……なってんだよな俺達……


<<あまりにも荒唐無稽な理想論>>


 冷たく言い放つ中枢の口調に継いで出てきたのは、温かみのある声色だった。


<<でも実証されている……可能性は示されている……私が追い求めていた最後のピースはそこにあった>>


「ふん、無茶苦茶な理論ね。でもお犬様とバカのコンビに命を何度も救われたのもまた事実……リソーサーを倒すのがリソーサーに命を救われるなんて、とんだ矛盾……まさに人間ね」


 一度抜いたブラスターを手の中でクルクルと回しホルスターに納めるチトセの顔は、呆れ顔と笑顔が半々だった。


「技術的にあり得ん……とは言えんの。目の前に起きてるのじゃからな、人と機械の融合が。となれば、再現に腕を振るうのはわしら技術者じゃろうて」


 早速取り出した端末に物凄い速さで何やら打ち込むイクノさんの顔からは、熱意が感じられた。


「はっ、ははは……バーゲスト……いや、バカ犬。やったな」


 両膝を地面に付き、両手を挙げる。


<<ワンワン!しっかりリードを握れよ、バカイワミ!>>


 そこにバーゲストが両前脚を合わせる。パンっと小気味良い音が響く感じがした。

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