報告書79「世は事も無し」
バカでかい空飛ぶ化け鯨、リソーサー・レヴィアタンがエキチカ上空から去って数日が経った。街の大部分からあらゆる機械設備のデータを吸われ、電子的に死んだと思われたエキチカであったが、新たな希望の火が灯った……
「イクノ、売れ行きは順調?」
「うむ、例のお犬様の残したOSを基に作った新OS、“Oinu-Sama puppy”は引く手数多の人気ぶりじゃ。オリジナルと比べて機能の復旧のみに性能を抑えたからの、安くて軽いのが人気の秘訣じゃ。ついでにわしらが企業テロリストっちゅう嘘情報も消せたしのう」
「ふふっ、街の復興にも役立って我が社の宣伝と収入にも役立つ……守護霊犬様々ね」
「よく言うぜ。高層階に住む“アッパーフロア”なお方々には、豪華版なんて言ってお高いの売りつけておいて」
「あら、当然じゃない?政府の方針ていうか無策で二極化が進みつつある現代、私たちが少しでも所得の再分配をしなきゃ。分かったら口より先に手を動かす。納期は概念だけど、物理的に噛み付いてくるわよ!」
「へいへい。犬の手で街が復興か」
<<見るワン!高層階のサイネージに01が走ってるワン!>>
「……犬の手で俺の仕事も手伝って欲しいぜ全く」
高層階の壁面にあるデジタルサイネージの広告に紛れて映り込む、走る黒犬にはしゃぐバーゲストという平和な光景を見て、全て世は事も無しでめでたしめでたし……とは、まだ街の復興は道半ばな以上言えないな。今の俺にできる事は、事務所に戻るチトセとイクノさんを尻目に、このディスクの箱詰という残業をせめて飯前までには終わらせる事か。
<<速報です。トーキョー上空に出没した鯨型巨大リソーサーによる指向型情報攻撃により、都市部及びイチガヤを始めとした複数の政府、民間の拠点が情報的に壊滅した件に関連し、国防省と一部大企業の活動に逸脱があった事が原因として、政府は国防省統合情報局に捜査を命じる事を閣議決定しました……>>
「へん、これで再編派もお終いだな」
ガレージの天井から釣り下がるホロモニターから聞こえてくるニュースがせめてもの朗報か。国防省統合情報局と言えば、ヒナガさんの所属する観察処か。最近連絡が無いと思ってたが、一応の本懐を遂げたって事か。
<<見るワン!どのチャンネルもこのニュースで持ちきりワン!あっ、それと水素製造機のカートリッジが水素充填量が満タンになったから交換するワン!>>
“Oinu-Sama”ことお犬様OSの効果で、周辺機器の全てのデータをバーゲストが把握できるようになったが、口煩さもそれに伴い倍増した気もする……と、ホロモニターが消え、照明まで消えたのか周囲が真っ暗になり、辺りが静寂に包まれる。
「なんだなんだ停電か?」
<<この気配は……あいつが来るワン!>>
そこへ差し込む視界を覆わんばかりの強烈な光。そこあまりの眩しさに、一瞬にして目が眩む!
「ぬあああ!目がぁぁぁ!」
<<ワフゥゥゥン!視覚センサーがシャットダウンするワン!>>
一人と一匹が目を覆いながらガレージの床を転げ回る。この七色の光、見覚えがあるぞっ!
「ササヤさん(仮)だろ!光を消してくれ!目が潰れる!」
「失礼、いつもの癖で。貴方達はもう敵性存在ではありませんでしたね」
翼の発光が弱まり、ようやく目が開けられる。それでも派手には変わりないな。全く、このゲーミング天使が。
「どうしたの一体……って、これはこれはササヤさんの偽物じゃない」
「警備システムを全てすり抜けて来るとはの……」
「それで一体何の用かしら?偽物を食事にお招きした覚えは無いけど?」
チトセとイクノさんが物音を聞きつけて事務室から降りてきたはいいが、腰のホルスター近くから手を離さないあたり、チトセはまだササヤさん(仮)を警戒しているようだ。
「落ち着いて下さい。私……私達はあなた方に敵対する気はありません。今日は、むしろあなた方をお招きするために来ました」
「リソーサーがお招き……?どういう風の吹き回しだ?」
「再編派が活動を停止した今、ようやくあなた方と話せる機会が設けられる……そう、私……私達のソースが申しております」
「ソースって……」
「座標コードを送りました。お乗り遅れなきようお願いします」
「ちょっ、待てって!あんたのソースって……わひゃあ!?」
一際強烈な閃光を放ち、掻き消えるようにいなくなったササヤさん(仮)。全く、玄関から出られないのかねぇ!
「量子ワープのようじゃな……と、座標コードが送られてきておる。地下深くにあるようじゃが、変じゃのう……時間も添えられておる」
「時間……?待ち合わせに時間指定とは、リソーサーの癖にビジネスライクじゃない」
<<あー……行けば分かると思うワン。01はあまり行きたくは無いけどワン……>>
バーゲストは前に中枢から脱走してきたと聞いたが、中枢について何か知ってるようだな。あまり話したそうな感じでは無いようだが。
中枢が何を企んでるかは分からんが、今更取って食われる事もあるまい。先方の御招待を受ける事に、誰からも何も異存は出なかった。もちろん、フル装備で行くが。そして約束の日……
「まさかと言うか、やはりと言うか……ここを指定して来るとはな」
「まっ、初めてリソーサーが姿を現した場所なんだから、当然と言えば当然かしらね。それよりイクノ、少しでも危険があれば下がるのよ」
「分かっておる。中枢との御対面となれば、わしだけお留守番なんてしてられんからのう」
<<まさか里帰りする事になるとはなワン……昔の01とは違う事を見せてやるワン!>>
指定された座標コードは東京駅ダンジョン最下層にある、地下に空いた大空洞の奥を指し示していた。俺にとっても、世界にとっても因縁の地……果たして、この空気の流れがまるで唸り声のように聞こえる大穴の先には、何が待っているのやら。




