報告書76「カラギモ」
リソーサー・キャムス……巨大クジラジラミ共から逃れるため、ヒャクジョウ区画の亀裂を通って別の区画に来たは良いが、そこもまた不気味な場所だった。一定の間隔で脈動する湿った壁に囲まれた、そこら中にある液体に満たされた小部屋のようなカプセルに浮かんでいるのは……
「これは演算核か……徐々に金属や有機物が纏わりついていってる……」
「リソーサーがどこでどう作られているか謎だったけど、まさか巨大リソーサーから“生まれてる”とはね……」
「情報……光るコードのようなものが、金属や有機物に変化しておる……リソーサー、いや、中枢はまだまだとんでもない技術を持っているようじゃな……」
<<ここはヒャクジョウ区画の次に恐らくあるであろうヒャクヒロ区画で“吸収”された情報を精錬・調整・合成している場所のようだワン。言わば、カラギモ区画だワン>>
「て事は、ここに浮かぶ演算核を作る区画がこの先にあるって訳か……イクノさん、演算核を作るような区画なら、きっと……」
「うむ!そここそが情報血流の合流点、臍管……ネーベル区画のはずじゃ!……問題はそれがどこにあるかじゃのう……」
「任せてください。俺、ダウジングがあるんで!」
方向は神経連鎖で断界空間を覗けばすぐに分かるはずだ。情報血流……光が強く集まる場所こそが、ネーベル区画のはずだからな!
<<あー……やめた方がいいと思うワン。方角なら01が案内できるワン>>
「お前に任せると、あっちこっち寄り道していつまで経っても散歩が終わらん。こういうのは自分で見た方が早いだろ」
断界空間に入ると、カプセルに浮かぶ演算核が、心臓のように脈打つコードの塊へと姿を変えた。それら心臓から伸びる一本の光の筋、情報血管はカプセルの壁を通り、やがて一つの大きな流れになっている。さて、その行先は……
「何だあれは?」
断界空間では視界は壁を通り越し、多くの演算核を見られるが、その中の一つは他のと明らかに違う、コードに乱れが生じているのだ。行ってみると、そこにあったのは……
「これは……育ち途中のリソーサー・アーケロンのようじゃが、見るのじゃ。下半身の成形が上手くいっておらんのか、ケーブルやらアクチュエーター、それに有機物が無作為に成長して、まるで奇形のようになっておる……」
「ま、こんだけ作ってりゃ失敗作の一つや二つ、あって然るべきかしら」
「何か来る……!?チトセ、イクノさん下がるんだ!」
無数の細長いコードの群れを感じ取り、慌てて出来損ないアーケロンが入ったカプセルから2人を遠ざける。やってきたのは、ワーム状のリソーサーの群れだった。それらが一斉にカプセルに入って行き、奇形アーケロンに群がるや否や、貪り始めたのだ。アーケロンの断末魔、ワームの泳ぐ音、軋むパーツ類の音が辺りに響き渡る。
「リソーサー・アニサキスじゃな……こやつも寄生型リソーサーじゃが、どうやら食っているのは零れ落ちた情報だけでは無いようじゃのう」
「……なるほど。こうやって失敗作は処分されるって訳か……よくできたリソーサー生成工場ね……」
「……」
目の前で起こるあまりに凄惨なシーンに、思わず吐き気が込み上げる。そうだった……便利な電脳空間なんかとは違う……これこそが断界空間だった……
<<だから言ったんだワン。方角はあっちだワン>>
先を歩くバーゲストについて行き、何とか歩を進める。イクノさんとチトセが見てない内に、どっかで吐いて来ようかな……
そしてついに辿り着いた、あちこちから集まる光の筋が合流し、一つの大きな塊となっている空間が見える場所。
「この先が恐らく情報血流の合流点、ネーベル区画だと思う……」
「うむ、ここへ伸びるケーブルの量と言い、この脈動の強さと言い、間違い無いじゃろう」
「重要区画なら、いるのは寄生型リソーサーだけって事は無いでしょうね。鬼が出るか蛇が出るか……とにかく、行くしか無いわね」
<<ワンワン!>>
まるで躙り口のように太いケーブルが通る狭い場所を屈んで通り抜けると、そこは今までの半機械半生物の不気味な空間とは打って変わった、空に星々が煌めく微かに霧がかった夜の海のような、それはそれは広い広い場所だった……
「ここがネーベル区画……レビィアタンが吸収した情報が集まる場所……まさかこんな神秘的な場所だったとはね……」
「満たしているのは海水……では無いようじゃ。差し詰め、情報と液体という位相の狭間にある状態の物質じゃな」
「2人とも、ロマンチックな雰囲気に当てられてる場合じゃない。何か来るぞ!」
海面に現れた大きな背鰭が一つ。それが海を縦に割り、波を起こしながらこちらに向かってきたのだ。キ影の柄に手を掛け構えると、それは俺たちの目の前で水面から大きく飛び上がった。
その姿は、15mはあろう鯨の下半身に、獰猛な龍を思わせる頭をした海の怪物……まさに濃縮したレビィアタンと言える存在だった。




