報告書75「ヒャクジョウ」
多少……いや大分死に掛けたが、なんとかレヴィアタンへの降下に成功した。いや、降下というよりも、正確には墜落か……
<<ちょっと生きてる!?応答しなさい!>>
「自分でも不思議な感じだが、どうやらまだ生きてるようだ……」
<<ヒーロー着地……とは言えないまでも、中々の着地だったわよ。入り口が無い以上、口から内部に侵入するわ!頭の上で合流よ!>>
「口からって……あっ、おい!」
切りやがった……どうやら生の喜びはまだまだ先らしい。仕方無いので頭部の方に移動すると、そこにはイクノさんと、表皮に打ち込んだワイヤーを体に固定するチトセの姿が。準備万端なあたり本気で口から入る気かよ。
「おぉ、さっきぶりじゃの。無事で何よりじゃ」
「遅い!さっさと準備する!」
「いや、いやいやいや……口から入るって本気かよ!?」
「しょうがないでしょ、玄関が無いんだから。チャンスは次の“情報濾食”でデカ口を開けた時よ!」
「命が幾つあっても足りな……って、この揺れは!?」
「始まったわ!」
鳴り響く轟音と、地を揺るがす振動と共に再び周囲から無数の光が尾を曳いて飛んできて、次から次へと足元……口へと吸い込まれていった。街全部の情報を食い尽くす気かこいつは!
「行くわよ!」
「準備オーケーじゃ!」
イクノさんを背負い、勢いよく降下していくチトセ。開き放たれた巨大な口に、何の迷いも無く飛び込むのを見るに、きっと女傑とはああいうの言うんだな。もしくはじゃじゃ馬。
「ちくしょう!行くぞバーゲスト!」
<<準備オーケーワン!>>
レヴィアタンに吸い込まれないようにか、いつの間にかハーネスで背中に固定されているバーゲストを担いで勢いよく降下。目の前に迫る口内に並ぶ髭みたいなアンテナ、情報を圧縮して一本の光に加工する巨大な舌、そして何よりも大きく膨らんだ下顎を見て、ビビるなという方が無理と言うものだ。
「南無三!」
口の中に飛び込み、ワイヤーを外した勢いで転がる。なんとかまだ生きてるようだ。死んだのにまだ気が付いて無いだけで無ければだが。
「来たわね。それじゃあ、首輪……制御プログラムを流し込める場所を探すわよ」
「頭の上から内部をスキャンした結果によると、外殻近くは情報の血流が希薄で、これでは制御コードがすぐに弾かれるのう。じゃが、奥に臍管のような情報血流の合流点が見えた……プログラムを流し込むなら、あそこしかあるまいて」
「それじゃあエイハブ船長の気分で行きますか」
「これから呑み込まれるんだからヨナの方ね」
<<お前はすぐに鼻の下を伸ばすピノキオだワン!>>
光が尾を曳いて吸い込まれていく先を目指して歩を進める。食ったもんが流れるここは、さながら食道か。進んで行くと、光が行き着く先である不可思議な場所に出た。何せ、情報がまるで濁った液体のように溜まる空間なんて、これが人間の手により造られた訳では無いのは一目瞭然だ。
「これは都市、エキチカシティの……幻影……?」
濁った液体のような情報の沼に足を踏み入れると、高層ビル、ネオンサイン、走るモノレール、表示灯を明滅させる水素製造機……それだけじゃ無い、人の話し声や誰かが描いた画像までが現れては消えてゆく……何なんだこの空間は。
「吸い込まれたデータが、ここで再生されておるのじゃな……しかしこの質感……情報を物質の第五の位相とする最新の説を信じぜざるをえんのう……」
<<吸い込んだデータをここで重複分やノイズを取り除く“消化”をしてるんだワン。ここは奴の、レヴィアタンの胃……ヒャクジョウだワン!>>
「不気味だな……まるで生物じゃないか」
「とにかく、先に進むのじゃ……きゃっ!?」
イクノさんらしくない可愛い悲鳴に反応し、戦闘態勢を取る。
「イクノ、大丈夫!?何があったの!?」
「な、何かが足に触ったのじゃ!」
「セクハラリソーサーのお出ましねっ!」
情報の沼から身を起こして姿を現したのは、人間サイズの大きさをした甲殻類のような見た目ではあるが、ハサミでは無く鉤爪のような前脚を持った、細っそりとした身体をしたリソーサーだった。だが、1番の特徴は、何と言っても体内に流れる情報が透けて見える半透明の体表だ。
「何だこの気味の悪いリソーサー……」
「こやつはリソーサー・キャムス……寄生型リソーサーじゃ!大方、溜まったデータを食ってたんじゃな。それにしても、宿主が大きいと寄生型も大きくなるんじゃな……」
何にせよ相手は一体だ。難なく……と思いきや、次から次へと情報の沼から浮上してきて、あっという間に周囲を囲まれてしまった。
「突破……できる数じゃ無いわね。回り道を探すのよ!」
「探すったってなぁ!」
鉤爪を振り下ろして襲いかかってくるクジラジラミ共と戦いながらじゃ、回り道を探す暇なんて……
<<光の行先をよく見るワン!>>
「光の行先って……!?」
神経連鎖中だからこそ見える、情報の奔流、太い光の流れ……そのほとんどは奥に向かって流れていくが、一筋だけ、横の壁に向かっているのがある……?
「ここだチトセ、イクノさん!ここを通っていく光がある!」
「ここって、ただの壁……じゃない!?」
「どうやら、一度に大量の情報を摂食した結果、構造に亀裂が入ったようじゃな!」
<<食べ過ぎで胃に穴とは、文字どおり鯨飲は健康に良くないワン!>>
「とにかくここを抜けるわよ!イワミ、先頭で道を切り開け!イクノ続いて!」
「任せろ!」
「わ、分かったのじゃ!」
光が漏れ出す壁をキ影で斬り開き、たったか先を進むバーゲストを追って通気口のように細い隙間を這って行くと、広い空間に出た……と思ったところで転げ落ちてしまった。
「あいたた……てっ、イクノさん、掴まって!」
「す、すまんのう。わしも機動鎧甲用の神経接続手術を受けようかのう……」
「イクノさんはそのままが良いですよ。チトセは……」
と、そこで鳴り響く爆発音と共に、さも何も無かったらかのように降りてくるチトセ。全く、爆発物を扱わせたら右に出る者はいないな、ウチのシャチョーは。
「よっと。通路の閉鎖も成功よ。これであのクジラジラミ共も追って来れないわ。ところでここは……?」
「分からん……何やら工場のようじゃが……」
不気味な空間だ。何が不気味って、明らかに脈動を感じるのだ。そう思いながら、何気なく覗いた壁内を見て固まった。




