報告書73「情報濾食(サクション・フィーディング)」
レヴィアタンから空気を震わすような甲高い咆哮が聞こえたかと思いきや、周囲にある電子機器……テレビや無線機はもちろん、我々の生活を支える水素製造機に貯水タンクだけでなく、イクノさんの端末に機動鎧甲までからも光が飛び出し、それらが線のようにレヴィアタンの大きく開き放たれた口に向かっていった。その姿はまるで、都市から伸びる無数の光の筋を吸い込んでるようだった。
「な、なんだってんだ一体!?」
「“情報濾食”……伝説では、レヴィアタンはこの技で横須賀海軍基地を情報的に壊滅させた……それもたったの一晩でよ!」
「やられたわい……端末が死におった……」
「イクノさん、一体これはどういう……って、重!?」
真っ黒な画面しか映らない端末の前で嘆くイクノさん側に振り向こうとした時、全身に感じた重みに思わず声が出てしまった。状況を見ようとスキャナーに制御モニターを表しようにも、無反応、完全な真っ黒だ。
「機動鎧甲が……反応しない!?」
「街中のあらゆるデータが吸われた……機動鎧甲のOSやファームウェアも例外じゃないってわけね……」
「ダメじゃ……ネットワークから完全隔離されてるエアギャップ環境にあったはずのバックアップデータまで消えとる……」
「これじゃあ打つ手無しじゃないか!」
突然のしかかる機動鎧甲の重みに、ただただ情け無く尻餅をつくしかない俺たち。悠々と宙を泳ぐ奴を止めようにも、機動鎧甲もスキャナーも無ければ何もできない……このままあらゆるデータを吸われて消され、死にゆく街を見てる事しかできないのか……?
<<ふぅ……危ないところだったワン。あんの大喰らい化け鯨め、コードの毛一本だって食わせるかワン>>
「無事だったかバーゲスト……だが、こっちは全てのデータを吸われて御覧の有様だよ。再編派め、何が“人命影響無し”だ。こんな死んだ街で……」
<<ワフッ!?全てのデータ!?>>
慌てた様子で地面を掘り出すバーゲスト。ここは建物の屋上だぞ?何かが埋まってるわけ……あぁ、物理的に埋まってるんじゃなくて、イメージか……
<<良かったワン、01の宝物の骨は無事だワン!>>
「骨……?それってまさか……」
<<この群れ、MM社に関する全データだワン。ここまで集めるのに苦労したんだワン……>>
「それだ!!そのデータを使って、MM社の社内ネットワークに繋がる機器を再構築できないか?いや、お前ならできる!やってくれ!」
<<再構築……?もちろんワン!できるワン、やれるワン、任せろワン!!>>
バーゲストから周辺の機器に向かって赤い光が伸びる。どうやらシステムの再構築をしているようだ。これができれば、あのレヴィアタンを止められ……
「ぬおっ!?」
轟音と共に、レヴィアタンの頭の上から膨大な光が真上に向かって噴出、かと思えば、それは上空で傘のように広がり、四方八方に光の筋が飛んでいった。まさに鯨の潮吹きだが、相手はリソーサー……噴気孔から出てるのは、呼気では無いのは明らかだ。
「“情報噴流”……“情報濾食”に並ぶ、レヴィアタンの情報攻撃よ。どこで作ったのか大量のノイズを流し込み、相手を電子的に崩壊させる技よ。伝説は全て本当だった……」
「伝説のリソーサーのわりに、随分詳しいんだなチトセ」
「伝説扱いされてるのは、横須賀海軍基地と周辺区域の電子データが全て破壊され尽くされた結果、生存者の証言が裏付け無しと結論付けられたからよ」
「あの“情報噴流”じゃが、レヴィアタンが首輪で制御されてるとなると、狙いはおそらくなんじゃが……」
<<データ風呂!?……お風呂は嫌だワン!>>
「ダジャレ言ってる場合か!?再構築を急げバカ犬!」
<<バカ犬とはなんだワン!……暫定版のOSは完成したから再起動できるワン!細かいところは道中でやるワン!>>
「さすがバーゲスト、お犬様!偉い!天才!」
<<あったりまえだのクラッカーだワン!>>
スキャナーに表示される画面の隅にいつのまにやら小さく表示されている肉球マークを選択……各種インジケータが表示され、最後に一瞬暗転したかと思ったら、犬の吠え声と共にデカデカと<Oinu-Sama>と表示の後、機動鎧甲に生気が戻ってきた!
「こ、これは一体どういうことじゃ!?新しいOS……いや、<Oinu-Sama>じゃと……!?ネットワークも復旧が進んでおる!」
「我が社の守護霊犬がやってくれたようね……動けるのは私達だけ……なら、私達でこの街を守るのよ!あの化け鯨を止めるわよ!」
「当たり前だ!デジタルデトックスは十分だ!」
「わしのデータを消した仇、取らせてもらおうかのう!」
<<ワンワン!人の骨コードまで狙った事、後悔させてやるワン!>>
「まずは情報収集、状況把握ね。イクノ、さっきのマルウェア感染は生きてる?再編派司令部の動向を知りたいわ」
「任せるのじゃ!もう一度アクセスすれば……司令部と撤退した部隊間の音声通信を拾えたぞい!」
さすがはイクノさん、仕事が早い。再編派め、こんな大それた事をしでかしたんだ、勝利の余韻にでも浸っている……と思ったが、雑音の後に流れてきた声は、焦りと絶望に包まれていた。
<<ガガガ……“情報の奔流”により、こちらの機器は全滅……!データも全て喪失……ガガ……レヴィアタンめ……大量に吸収したデータで、“首輪”からの指令を薄めるとは……ガガピー……この緊急通信も間も無く喪失する見込み……ピーガガガピー……各員、個々にガガガ……>>
<<ガガ……司令部との通信途絶……やはりリソーサーなんて、人が制御できる存在じゃ無かったんだ……ガピー>>
<<ガガ……司令部は情報的に壊滅……ガガガ……再編派もお終いか……>>
「やはりあの“情報噴流”、再編派司令部を狙ったんじゃな……“首輪”により開いた導管を逆手に取って……」
レヴィアタンに首輪を付けて操っていた再編派の司令部は壊滅。いよいよこの新興零細企業・MM社所属の俺たち3人と一匹だけがこのエキチカシティを救う、最後の希望となったわけか……状況は絶望的だな。




