報告書69「エキチカシティ」
自衛軍の御用列車“バレット・トレイン”を襲って、バーゲストと義手を取り戻してから数日。観察処のヒナガからの答えは予想どおりだった……再編派の武力行使は大事だが、証拠は消され、捜査は進まない……まあいい。奪われた物は奪い返したんだ。贅沢は言えん。
事務所のソファーに落ちてる黒い影をチラリと見る。そこには夏バテした犬の如く、ひっくり返って寝てばかりの黒い犬……バーゲストが転がっていた。寝てるわけでは無いのだが、起きてるわけでも無く、ダルそうに複合センサーを片足でイジっている。生き別れた兄貴分のオルトロスを失ったんだ、落ち込むのは分かるが……すっかり人間みたくなりやがって。
「バーゲスト、暇だしたまには街の外に散歩でも行かないか?今日は天気もいいし、陽の光でも浴びようぜ」
<<今日は遠慮しとくワン。また今度ワン>>
こちらを見もせずに、これまたダルそうに答えやがる。いつもなら散歩散歩とうるさくて敵わんのに……そっとしておいてやるか。
「じゃ、やる事無いし俺も寝る……」
「何がやる事無いよ。こういう日こそ溜まってる日課、片付けるんでしょうが。ほらさっさと動く!」
「ちぇー」
仕方ない働きますか。働かざる物食うべからずのチトセの事だ、本当に兵糧攻めにでもされかねん。
ガレージまで降りてきて、コーギー号の貯水タンクと空になった水素カートリッジを引っ張り出す。コーギー号は元は自衛軍払い下げ高機動車だが、イクノさんの手によりディーゼルエンジンをバッテリーと高性能燃料電池のハイブリットシステムに換装済み。なので、発電の度に水が生み出されるのだが、“何も無駄にしない”のがMM社……というかチトセの方針だ。てか重いなこれ。
「チトセー、機動鎧甲着ていーかー?」
「ダメに決まってるでしょ。水素作るのに水素使ってどうすんの!」
「へーいへい」
全く、生身には応える……と思ってると、シャッターが開け放たれ向こうから突然の激しい雨音が。まーたゲリラ豪雨か。とは言え、こんだけの雨でも地面にまで落ちてくる雨粒が少ないから濡れる心配も無いのだが。何たってこの時代、雨水も重要な……
「どわああ!?」
突然の奔流に巻き込まれ、全身ずぶ濡れになる。なんだ!?イクノさんまた変な装置を作ったのか!?
「なーに水の無駄遣いしてるのよ。また雨水管の故障?仕方ないわね」
「これだからこのオンボロ社屋は嫌なんだ!俺たちも融合炉に切り替えようぜ!」
「融合炉?お金を貰うならともかく、発電のためにお金を払うなんて、そんなバカな機械導入するわけ無いでしょ!」
慣れた手つきで、バルブを閉めてからの配管の修理を始めるチトセ。小型融合炉は便利なように見えて、整備と調整で手間もコストも食うのは確かだからな……うぅ、仕方ないとっとと運ぶか……
「ふむ……今の流れ使えるの……そうじゃ、室内水力発電というのはどうじゃ!?」
モップを手にしたイクノさんの不穏な閃きを聞こえないふりして、とりあえずタオルで頭を拭きつつタンクとカートリッジをガレージ外の水素製造機まで運ぶ。水を移しつつ水素製造量を見るに、どうやら充分な量のようだ。
カートリッジを手に、ふと空を見上げる。視界に広がるのは、パイプと電線が無秩序に這い回る、エキチカの下層エリア。そこかしこで貯水タンクや水素製造機の表示灯が瞬いている。そのさらに上、空を覆う透過型太陽電池の曇りガラス越しに、打ち付ける雨。雨の向こうでは煌々と輝く巨大なデジタルサイネージがぼんやりと映り込んでいた。
「おっ、流れ星……じゃないか」
頭上を横切ったのは、無駄にライトアップされた高層ビル間のモノレールか。俺たち下層は一滴の水、一坪の土地も余さず使ってるってのに、上層の連中は空中庭園に看板のライトアップ。電気も水も垂れ流し
……まるで街全体がクリスマスツリーだ。
ガコン!
「ん?なんだ今の音……」
またまた空から降り注ぐ大滝に身体を洗われる。くそっ、何で毎回ピンポイントで俺の真上なんだよ!
<<お前にツいてくと、ロクな事にならないワン!>>
身体をブルブルさせて水滴を飛ばしながら文句を垂れるバーゲスト。
「ん?なんだお前いつの間に来てたんだ。散歩は今度じゃなかったのか?」
<<気が変わったんだワン!陽の光なんてどこにも無いワン!>>
「しゃあないだろ。水素漏れとゲリラ豪雨はエキチカシティの華だ。んな事より、戻って飯にしようぜ」
ワンワン文句ばかり言うバーゲストと共にガレージに戻り、コーギー号に水素カートリッジと空になったタンクを入れてこれにて日課は終了。全くお疲れ様だぜ。
「あっ、戻ってきたわね。このままここで夕飯にしましょ!今日は奮発したんだから!」
「おっ、いいね!こちとらあまりにも腹減ったから、食糧プラントに魚餌用のコオロギ盗みに行くところだったぜ!」
「少し待つのじゃ、すぐ片付けるでの!」
イクノさんが金属製のテーブルに乱雑に置かれた工具を片付ける間、俺はそこら辺にひっくり返ったままになってる竹製のイスを拾い集める。
「なんと今日は、メインはオレンジカープにミックス葉炒め、それにベースはジーンライス炒飯に代替麺焼きそばよ!」
「やってくれたなチトセ!どういう風の吹き回しだ!?」
「もちろん列車強盗生還祝いよ!」
「となれば、これの出番じゃな!」
イクノさんが投げて寄越した、葛から作られたクズ酒にミントと人工ライム汁を混ぜたクズモヒートを片手に、3人で竹製の折詰に入れられた料理に貪りつく。漂う匂いは工業用の油か料理の脂かもはや区別は付かないが、とにかく食えば腹に溜まる。この狭いガレージの一角に、俺たちこの時代の庶民の全てが詰まってるように思われた。
<<やったワン!この保温機、骨コードのおまけ付きだワン!ガリガリガリ……>>




