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報告書67「支配依存性」

 囚われているオルトロスを助けるため、ナカセの中に送り込んだバーゲストは無事拘束場所に辿り着けたようだが、解放にはまだ時間がかかるらしい。全く、何とも悪辣な装置だぜ、“首輪”ってやつは!


 左義手に巻き付いたウィップを払い除け、一旦距離を取る。この狭い車内ではサイバーウィップ二本持ちの猛攻を避け続けるだけでも難しいのに、ナカセはオルトロスの能力“位相ずらし”により、常に最適な未来を選び取ってきやがる……はてさてどうするか……


「くっ……野良犬め、データ深層まで到着したか……だけどこの“首輪”、簡単には外させないわよ……!」


 目にも止まらぬ速さで襲いかかるウィップ、その攻撃筋は2本だけじゃない、まるで幾本にも分かれているかのようだ……!


「スキャナーの弾道予測が追いつかない……!これじゃ防御で手一杯だっ!」


 こいつ、太刀のアウトレンジから手数で攻め立て、防御を崩す気か。それが分かってても、全ての一撃が直撃コースじゃ防御に手を抜けない以上、奴の思う壺だ……!


「先に潰すのはあんた。野良犬の片割れは玩具として最後に取っておくわ。帰る小屋もなく吠えるだけの犬に、まだ私を楽しませる余裕があれば、だけど」


「へん、そう簡単にやられるかよ!」


 とは言え、バーゲストがお出掛けしてる以上、あいつ由来の闇黒ノクタリウム粒子を使った能力は使えねぇ。となれば身体一本で当たるしかない……が、問題無い。俺にはもう左腕があるのだから!


「……ここだ!」


 左から来る強烈な一撃を、左義手で抜いたヒトマルで防ぐついでにウィップを絡ませ、絡んだ鞭先を貫くように床に突き刺す。


「くっ!?小賢しい事を……!」


 その隙を目掛けて一気に間合いを詰めようとするが、もう片方のウィップの猛攻により残念ながら太刀の間合いにまでは入れなかった。


「ちっ……やるな」


「当然よ。野良犬は首輪をつけられる側、私は首輪を操る側。選ばれた者として、支配する者として……私は決して負けない。負けを許すわけがないのよ!」


 ヒトマルに絡み取られた側のウィップが揺らぎ始め、空間に溶け出し始めた。こいつ、“位相すべり”で外すつもりだな……!


「くそっ、本当に何でもあ……れれれ?」


 揺らぎが止まり、ウィップの位置も変わらなかった。何かがおかしい。


「あ……な……何してるのオルトロス!私の命令が聞けないの!?」


「一体何が起こってるんだ?……バーゲスト!」


<<ワンワン!鎖の一本を外すのに成功したワン!>>


「なるほど……!お前は大丈夫なのか?」


<<本来オル兄ぃに返るはずの痛みを引き受けているけど、これくらいはへっちゃらワン!真夏の散歩で歩く熱々のアスファルトみたいなもんだワン!>>


「よく分からん例えだが……とにかく無理するなよ!」


 どうやらバーゲストのがんばりによってオルトロスを支配している“首輪”に隙間ができ、ナカセによる支配が弱まっているようだ……これは勝機あり、ナカセを黙らせてバーゲストを援護だ!


 正眼で構え直すと、その先にいるナカセの様子がおかしかった。膝を振るわせながら手で長い髪をかき上げ、ぶつぶつと何やら呟き始めたのだ。


「演算結果がっ、未来が見えない……!私の思考は、私の能力は、私のものじゃなかったの……?どこまでが私で、どこからがオルトロス?私……私は……」


 明らかに普通じゃない。オルトロスの首輪は隙間ができただけで、未だナカセの中に囚われているはずだが、支配という関係性が無くなっただけで、こんなになるものなのか……?


<<ナカセはオル兄ぃとの神経連鎖ニューロクサスを常にしていたため、自己の境界が曖昧になっていたんだワン!今は離脱症状のような状態なんだワン!>>


 ナカセは“首輪”によってオルトロスを支配していたが、同時にその関係に依存していた……支配依存性ってところか。


「ようやくお互い能力無しの対等の立場になったというわけか。ここからが本当の勝負だな」


「はっ……?私とあんたが……このエリートである私と、あんた達のような、路地裏の野良犬風情が対等……?笑わせっ、笑わせてくれるじゃない……!」


 息も荒く、明らかに無理をしているが、それでも崩れないこの強気。はったりか、はたまたプライドか、それとも……


「何にしても、いざっ尋常に勝負!」


「来なさい野良犬!」


 ウィップによる攻撃は精細さを欠き、一撃の重さも戻しの速さも明らかに落ちている。単に一本になったからじゃない、明らかに弱体化している……どうやら攻撃に必要な演算も相当部分をオルトロスに依存していたようだ。


 難なくキ影の間合いに入り込み、一息での連続攻撃を繰り出す。急所を狙った攻撃はさすがに防がれたが、それでも脇や肩に中々イイものが入った。


「あぐっ……!この私が打撃を……!?ふざけやがって……ふざけやがって!」


「もう降参しとけ。犬ってのは首輪で締めればいいってもんじゃない……オルトロスを解放してとっととどこかに行っちまいな。やけ酒分の酒代くらいは出してやるぜ?」


「はっ……はぁ……!?首輪を外す……?支配を手放す……?私にそんなこと言うなんて、笑わせないで……!支配するからこそ、私なのよ……それを捨てろだなんて……!!」


 諦めの悪い奴だ。頭のてっぺんからつま先まで支配に依存しているようだ。いっそのこと気絶させた方が、バーゲストの助けになるかもしれない。


「そうかよ……!」


 上段でキ影を構える左義手に力が入る。すると不思議な事にナカセが笑い出したのだ。ついにおかしくなったか?


「ふっ、ふふふ……!」


「……何がおかしい?」


「アハハハハッ……なるほどね……!私が縛るべきは、オルトロスなんかじゃない……ずっと吠えて鬱陶しい野良犬!お前に首輪をかければ……私はまた完全になる……!」


「しまっ……!」


<<ワフッ!?>>


 オルトロスに逃げられないように首輪を締め上げていたリソースを、バーゲストに新たな首輪をはめるのに振り向けようってわけかっ!甲高い狂気じみた笑い声が耳に残るぜっ!

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