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報告書59「2回失った」

 “隷犬の騎士”ことナカセ&オルトロスの“位相すべり”に手も足も出ない俺は、ついにナカセの鞭に右手を巻き取られてしまった。これではもう逃げることはできない……がっ!


「……迂闊だったな!これではお前も逃げられないぜ!」


 投げたキ影を左手でキャッチ、そのまま一気に駆け出そうと足を踏み込んだ瞬間だった。


「坊や、覚えておきなさい。私の手に落ちた者は……二度と自由を味わえない。」


「……はっ?」


<<あっ、待つワン!それは……>>


 その言葉と同時に右手を伝って来た衝撃が、まるで電撃のように全身を駆け巡り、途端に火花を散らす機動鎧甲。スキャナーはあっという間に、全身の動作不良を示す真っ赤な警告と砂嵐のようなノイズに埋め尽くされてしまった。


「あびあびあばばば!?」


<<大丈夫かのイワミ!?機動鎧甲への外部端子接続警告……奴め、ウィップを使ってマルウェアを直接侵入させておるのじゃな……だとしても、プロテクト層を全て素通り……じゃと!?>>


「くっ、待ってなさい!今行く……て、イッタいわね!」


 チトセがこちらに助けに入ろうとするも、激しい銃撃によりコーギー号周辺から動けないようだ……何とか自力で脱出しなくては……!


<<最適な侵入手段を“選び取る”オル兄ぃ相手に人間の防御なんて何の意味も無いワン!抜かったワン……イワミの“電子の背中”を守るのは01なのに……!>>


 ノイズ、火花そして警告で埋め尽くされ乱れた視界の先に、ゆっくりとこちらに近付いて来るナカセが見えた。


「情けも慈悲も、私の辞書にはないの。さようなら、失敗作」


 そして背中から取り出した、もう一本の剣を振りかぶるナカセ。万事休止か……!


 思わず目を瞑るが、来るべき痛みも衝撃も来なかった。恐る恐る目を開けると、そこに見えたのは……


「バ、バーゲストっ!おまっ、何を……!?」


 切り落とされ、地に落ちる俺の左義手と……斬撃を受けたように地面に伏せるバーゲストだった……


<<やっぱバカイワミの身体勝手に動かすの、面白くてやめられないワン……>>


「おま、俺を庇って……馬鹿野郎!勝手な事しやがって!」


「あら、“相互理解”に至っても片落ちじゃおしまいね。この失敗作……いえ、薄汚い野良犬。廃棄前のスクラップに手間をかける気も失せたわ」


 そう言い終えるや否や繰り出した強烈な回し蹴りをくらい、俺は腰から地に落ちた。視線の先に見えたのは、指を鳴らし兵士を呼ぶナカセの姿だった。


「早くそこの汚らしい義手を回収しなさい。中のコードは損なわないよう、冷却隔離と遮断層で封印するのも忘れないで。保存状態で解析に回すわ……まるで標本みたいにね」


「ま、待ちやがれ……俺の腕を……バーゲストを……」


 何とか膝立ちまで起き上がり、伸ばした手の先でバーゲストがヨロヨロと立ち上がり、全身にノイズを走らせながらこちらに振り返った。


<<イワミ……>>


「バーゲスト……?」


<<今まですまんかったワン……>>


 そう言うとバーゲストは、光の粒となって霧散してしまった……


「バーゲスト……?バーゲストおおお!!」


 マルウェアの侵入で身動きできない俺は、テキパキと義手を回収し、コンテナにしまう自衛軍兵士をただ見ている事しかできなかった。そして兵士を全員乗せたセキブネの、離陸の際に生じた風圧に倒された俺の視界から、激しい雨の中飛ぶ機影は見えなくなった……


「ちょっと大丈夫!?」


「すぐにマルウェアは除去してやるでのう、少し待つのじゃ!」


 チトセに抱き起こされ、イクノさんに機動鎧甲にケーブルを挿されてもまだ俺は機影が消えた虚空をただ眺めている事しかできなかった……


「何腑抜けた顔してんのよ!?義手の一本、また作り直せばいいでしょう!」


「そうじゃないんだ!!」


 思わず上げてしまった吠えるような声に、キョトンとする二人。そして突然の事で頭が回らないまま、次から次へと言葉が飛び出てしまった。義手と……バーゲストへの。


「あれはただの義手じゃなくて、俺の癖も、刀の振り方も、力の入れ方もぜんぶ覚えてて……!」


 荒い息が漏れ、声が裏返る。

 悔しさが限界を超え、拳が地面を叩く音が響いた。


「迷ったときは一緒に考えてくれるし、弱ったときは支えてくれるし……俺のこと馬鹿にして、いつもいつも馬鹿にして!それでも困ったときは絶対助けてくれる……俺はこれで左腕を“2回”失ったんだぞ……あれは俺の腕で、俺の身体の一部で、俺の相棒なんだよ!」


 イクノさんは小首を傾げながら小声で、そんな機能あったかのう?と呟くのを、チトセが横目で制し、低く言った。


「……で、それでどうするの?」


「ど、どうするって……」


 まだ頭が追いつかず、裏返った間の抜けた声が出る。そんな俺にチトセはさらに一歩近づき、真っ直ぐ俺の目を見て言った。


「大事な物取られたのに、ここでメソメソしてて終わりなの?」


 その言葉、その瞳を前に、不安と焦燥で泳いでいた俺の視線は真っ直ぐになった。


「……取り返しに行く!」


「そうこなくっちゃ!例え相手が何であろうと、奪われたら奪い返す……それが山師の掟よ!」


 その背中を追わざるを得ないほど、チトセの瞳はまっすぐだった。待ってろバーゲスト、今度は俺がお前を助ける番だ。

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