報告書5「また病室」
暗く、肌寒い。ここはどこだ?辺りを見渡すと、どうやら川が流れるゴミ置き場のようだ。足元には、あるものはゴロゴロと転がり、あるものは積まれた大小様々な電子部品のゴミがあり、目の前には川が流れて……いや、これは川じゃ無い……画像や映像、それにコードに文字と、ありとあらゆる情報が流れているんだ。この情報の流れる川は幅は広いが、底は浅いようだ。これなら歩いてでも渡れるな。ならば渡らないと……向こう岸に行かないと……
<<ワンワンワンワン!>>
「なんだこの犬……って、やめろ!脚に噛み付くな!」
川に向かって一歩目を踏み出そうとした時、赤い目をした黒いミニ柴サイズの犬がどこからともなく現れ、脚に噛みつきやがった。どうにか引き剥がそうと足を振り回すが、離れやしない。
「う〜ん……やめろー、離れろー……」
「……!イクノ!気が付いたみたいよ!ねぇ、ちょっと!分かる!?私が分かる!?」
背後から、川とは反対方向から怒鳴るような、呼びかけるような、叫び声が聞こえる。その直後に感じたのは……連続して頬に走る痛みだった。ちくしょう何だってんだ!
「やめろー!」
耐えきれずに飛び起きると、そこは病院の一室。くそっ、またか。だから病院は嫌なんだ。いっつも悪夢を見る……そう思いつつ横を見ると、すぐ隣には、今まさに手を振り上げ、俺の頬を引っ叩こうとしているチトセがいた。
「んもう!心配させて!死んじゃったかと思ったじゃない!」
「チトセ……そう思うのなら、スタンモードで撃ったり、頬に容赦なく百烈張り手をするのをやめてくれ……お陰で死ぬところだったぞ……」
本当はもっと責め立てたかったし、それをして当然の仕打ちを受けた気もするのだが、チトセからの人生2度目のハグを受けては、そんな気も失せてしまった。この汗の混じった匂い……シャワーも浴びずに俺に付いててくれたのか。
「無事でなによりじゃ。意識が戻って一安心じゃの」
「当たり前じゃない!私みたいなプロがブラスターの扱いを誤るわけないでしょ!」
「その割には、"どうしようどうしよう"と片時も離れなかったようじゃがのう?」
イクノさんに指摘されてか、赤面して俺を押し飛ばすかのように慌てて離れるチトセ。くっ、天の国には未だ至らずか。
「……それで死闘の果てに味方からブラスターを撃たれて以降、俺に一体何があったんだ?何やらとてつもなく悪い夢を、性懲りも無く見た気がするんだが……」
「ここは前にもあんたを運んできた、リソーサー相手に負った怪我の治療及び装備の神経接続専門の病院よ。それで精密検査をお願いしたんだけど、結果は脳の一部で異常な活動が見られるけど、理由は不明だって言うのよ」
「いやいや、脳の異常な活動って、それ大問題だろ。詳しく教えてくれよ」
「医者の話では、何でも脳内の一部が異常に活発化してるそうよ。盛んに電気信号を出してるんですって。でもそれだけで、それが何なのか、何を意味しているのかは不明なんですって」
「それと、コーギー号での簡易検査じゃから詳しくは言えないんじゃが……どうもお主が装着している左の義手の一部に、勝手にブラックボックスが出来上がっておったのじゃ」
話を聞いてもどうも腑に落ちない。ジェボーダンをキ影で貫いた時、確かに何かが流れ込んでくるような、おかしな感じがした。そしてその直後のあの幻影……義手にブラックボックスってのも怪しい。もしかしたら……
<<ブブーだワン!お前が考えているような、"死に瀕して特別な力に目覚める"なんて都合の良い事は、何一つ起きてないんだワン!>>
出たよ……赤目の黒犬。そして頭の中にやかましく響く声が……
「うぅ……頭が……」
「ちょっと、どうしたの?」
「すまんが1人にしてくれないか……頭の中がまだ混乱しているみたいだ……」
「えぇ、それはいいけど……大丈夫なの?」
「あっ、あぁ……少し休めば大丈夫……であって欲しい……」
「行こうかのチトセ。今はまだ休ませておくべきじゃ」
「そうね。何かあったらすぐに呼ぶのよ」
部屋から出ていく2人。それを尻尾を振って見送る……クソ犬。
<<あのイクノというXX個体はウェイスターにしては賢いワン!チトセというXX個体はとても勇敢だワン!それに比べてこのXY個体は……>>
「黙れ黙れ!チトセに知ったような口を聞くな!お前が殺そうとした相手だぞ、このサイコパス犬め!チトセに何かしてみろ!俺は躊躇い無くお前もろとも自死を選ぶ!」
<<ワンワン!殺そうだなんてしてないワン!いい"匂い"のするオモチャを持っていたから、遊んでくれるんだと思っただけワン!その証拠に、無傷だったワン!ほんのちょっと、驚かし過ぎちゃったみたいだけどワン……>>
「遊ぼうと思っただ〜?こんの嘘つき犬が!エキチカの住民をもう何人も襲っているじゃないか!」
<<付近の住人は誰一人殺して無いんだワン!そもそも01の前のボディは大部分が無機物で出来ていたんだワン!欲しかったのはウェイスターの低品質な有機物では無く、持っていたテックだワン!>>
「あぁ!?じゃあ何で自衛軍はあそこまで躍起になってんだ!?」
<<んまもん知るかワン!>>
くそっ、あぁ言えばこう言う。頭の中に否応無しに流れてくる情報からもどうやら本当らしい。これは……記憶が同調しているのか?
<<欲しいものは殺して奪う、それはお前たちが散々してきたことだワン!でも01は殺して無いんだけどなワン!>>
「うるさい!リソーサーの分際で!俺の身体から今すぐ出てけ!」
<<何がリソーサーだワン!人間なんて資源を浪費するしか能のないウェイスターなんだワン!好き好んでこんな低品質な有機体の中に来た訳じゃないワン!>>
額に皺を寄せ、牙を剥き出しにして唸り声を上げる黒犬。前回ここで目が覚めた時は左手が無くなっていて、代わりに義手が付いていた。今回は……この小汚いケダモノが脳内に寄生かよ。
<<小汚いケダモノとはなんだワン!寄生とはなんだワン!>>
しかも記憶どころか思考までリンクしているようだ。あぁ……俺はいつまで正気でいられるだろうか……




