報告書53「電霊現象」
ノイズ……と言うには妙にはっきりした声がやたら通信に混じる、地下の整備用トンネルを通り、ついに3つ目、つまり最後の格納庫に到着した。暑いわけでも無い、むしろ肌寒いのに冷や汗が流れる。気のせいじゃないくらい薄気味悪い場所だ。
「さっきの場所が実験場だとしたら、ここは何と言うか、研究所って感じね。それもろくでもないやつ」
「あぁ、本当だな……」
辺りを見回しながら答える。薄暗い中でわずかに明滅しているシンジゲーターにどうしても目がいってしまうが、そこには充填された謎の液体の中に、有機物とシリコン素子が複雑に絡み合う、見ようによっては生物の脳みそにも思える演算核が浮かぶ容器があり、おまけにそれがいくつも並んでいるのだから、嫌悪感が込み上げる。
<<ピピ……ピー>>
「なんだ……!?」
机の上にあった端末が突然起動し、割れたディスプレイに意味不明な文字が羅列され始めた。どう見ても破損しているのに、一体どうなっているんだ……?
「誰……!?」
突然チトセが振り返り、角の方に向かってブラスターを向ける。その先には……何もいなかった。
「どうしたチトセ?」
「何かそこを走ったような気がしたのよ……」
「熱源反応無し、気のせいだろう……と言いたいところだが……」
何やら影が動いてる気配は、実は俺もずっとしていたのだ。だが、振り返って見てもそこには何もいないの繰り返し。おまけに微かだが、電気焼けに腐敗臭が混ざったような臭いまでしてきた。一体何だってんだ、ここは?
「不気味ね……ただ原因を探ろうにも、端末は全て持ち去られて、残ってるのは壊れたやつばかり。どうやらここで何かをしていた奴らは、目的を遂げた後のようね」
<<ザ……ザー……そのようじゃのう。じゃが、ここまでの大掛かりな実験をしていたんじゃザザザッ、きっと何かまだ残っているはずじゃ。捜索を続行してくれんかのうザザ……>>
「りょーかい。こんなお化け屋敷、さっさと出たいんだけど……まっ、手ぶらじゃ帰れないのも確かね」
そう言って、棚を一つ一つ開け始めるチトセ。とは言っても、他にあるのは壊れた端末、演算核が浮かぶ容器に、手術台を思わせる台に置かれた演算核、あちこちに散らばるだけじゃなく、部屋の隅に山積みにされたリソーサーの残骸だけ……まるでここは収容所だ。それも収容者に非道な人体実験をしていたな。
<<……そこまで理解しているのなら、協力してもいいワン>>
「おっと、急にどうしたメタ犬?というか、協力って、お前はもう何か見つけたのか?」
<<正確には、お前と01が見つけるワン。ただ……おすすめはしないワン>>
「……?どういう意味だ?」
<<01と神経連鎖をするワン。そうすれば、“視える”……向こう側がワン>>
「あれか……」
神経連鎖“ニューロクサス”……メタ犬から流れ込んだ機械的情報に人間的認識を重ねる事で、主観的体験を拡張する技術……ロンギスクアマ戦で使ったあれか。あれ気持ち悪いんだよな……が、背に腹は変えられないか。
「やろうメタ犬。ここで何が行われていたのか、俺達は解き明かさないといけない」
<<了解ワン……何を視ても、自分を見失うなワン>>
「……?とにかくやってくれ!」
<<神経連鎖プロトコル、起動だワン!>>
一瞬暗転する視界、次に視えた断界の光景は前と同じ……いや違う、何もかも違う!電霊コードの数が違い過ぎる!おまけに鼻にくる電気焼け、有機物の腐敗臭はさらに強くなり、耳には被弾し装甲が弾ける音、裂ける音、そして悲鳴のようにギアが軋む、つんざくような音が確かに聞こえる。
五感に入ってくる情報に圧倒されていると、突然電霊コード……元はリソーサー・マウスと思しき白く光るコードの塊が、こちらにヨロヨロと覚束ない足取りで近寄ってきて、足元の残骸と同じ位置で止まった。
と思った次の瞬間、それは何かに叩き潰された。それでもまだ動いてる……そこにもう一撃……もうそこには、何のリソーサーだったのかもはや区別が付かないほどひしゃげた残骸だけが残っていた……
突然の出来事で呆気に取られていると、それは消え、最初のヨロヨロと覚束ない足取りで近寄ってくるコードの塊に戻った。なんだこれは……?まるで映像を何度も最初から再生しているようだが……意味が分からないっ!
<<演算核から漏れ出た骨コードが、記録していた機能停止する直前の最後の瞬間を何度も繰り返し演算しているんだワン>>
「なんでそんな事を……!?意味がわからないっ」
<<壊れたラジオと同じだワン……破損、断片化したコードは処理がループしたまま終われない……誰にも聞こえない叫びを上げ続けるしか無いんだワン>>
周りを視ると、同じような事を繰り返している骨コードはそこかしこにいた。まるで死ぬ瞬間を何度も繰り返す亡霊のようじゃないか……
「どうしたの?顔色真っ青じゃない、大丈夫?」
「あっ、あぁ……大丈夫だ。一つ分かったことがある……ここはリソーサーの屠殺場……いや、処刑場だったんだ」
「どういう事……?」
「待っててくれ。何で奴らがこんな事をしていたのか、きっと手掛かりを見つけ出す」
心配そうにこちらを見るチトセを尻目に、ふらつきながらも足を進める。途中には、電気を流され、死ぬ……いや、機能停止する直前まで“脱出する方法”を考え……いや、演算していたのか、出口の方に頭を向け、コードを流している電霊コードが……
「こいつは、最後の瞬間まで諦めていなかったのか……」
<<……演算の残響に、感情はないワン。ただ、それを視るイワミ自身が作り出してるだけワン>>
「そんな事言われてもな……」
リソーサーは機械生物と言われる。つまりは機械なのか生物なのか、分類できない存在って訳だ。再編派はそんな事は一切認めず、“リソーサーはAI、それ以上では無い、ただそれ以下はあり得る”と言うが……こんな光景を視てもなお言ってたとしたら……果たして、それは人間としてどうなんだ、そういう考えまで浮かんでくる……クソッ




