報告書51「立川駐屯地跡」
陸上自衛隊立川駐屯地跡……リソーサーが初めて東京駅の地下から出現してから間も無く、同時多発的に発生した第二波、その一つ立川駅から現れたリソーサーに対して最前線基地として防衛に当たったが、敢えなく壊滅。その直後、政府は長期的激甚災害、通称リソーサー災害の発生を宣言。防衛体制強化の一環として大規模な省庁再編成が行われた結果、防衛省は国防省へ、自衛隊は自衛軍となったが、立川駐屯地は遺棄されたまま、立川駅ダンジョンを囲む隔離壁の中に“埋没”、今に至る……か。
「イクノさん、貰った概要で立川駐屯地跡の事は大体分かったんすが、どうしてここが今回のインターネットが壊れた原因だと思ったんですか?」
MM社から立川駅ダンジョンまでの長い道中、コーギー号の後部でイクノさんに貰ったデータを確認していて、ふと思いついた疑問を運転中のイクノさんに聞いてみた。
「不調の原因は、未定義のノイズが特定のプロトコルに異常を引き起こしていることなんじゃ。
通信ルートに残された“幽霊IP”を辿っていくうちに、トウキヨウエリアの西……つまり、立川方面が発生源だというところまでは、既に掴んでおった。
そこに加えて、この前お主がササヤさん(仮)から受け取った再編派の活動記録を照らし合わせてみると……“既に遺棄され、無人のはずの立川駐屯地”で、異常な再送パケットが異様に多いんじゃ。
これは誰がどう見ても怪しいじゃろう?」
「そうなんですか……」
何言ってるのかよう分からん。つまりどういう事だって?
<<つまり、ネットのどこかで“訳のわからん叫び声”みたいなのがずっと流れてて、それが回線を重くしてるって事だワン。それでその叫び声の発生源が、立川の“死んだはずの施設”なんだワン。無人のはずなのに、まだ何かが“喋ってる”ってことだワン>>
「なるほどなっ、って、そんなおっかない場所にこれから行くってのか!?」
<<気持ちよく寝てたのに、叩き起こしてまで散歩に行く先がこんな場所なんて、全く勘弁して欲しいワン>>
専門用語とか全然分からんからインターネットが壊れたなんて聞いても、はっきし言ってピンと来なかったが、もしかしたらヤベェ所に向かってるんじゃないのか……?座席に腰を下ろしながら膝に肘をついて手を組み、そこに額を預けるが、片足は今にも貧乏揺すりを始めそうだ。
「どうせまた再編派が何かの機器の実験とか悪さしてるんでしょ。さっさと片付けて、今度こそ尻尾を掴んでやりましょ」
いつになく真剣な俺(ビビってる訳では決して無い)に比べ、対面ではチトセが片足を床に落とし、リラックスした姿勢で寝そべっていた。
「何あんたのその格好?神にお祈り?」
「ほっとけ。任務の前の精神集中だ」
……
そんなこんなで、いつものようにコーギー号で留守番のイクノさんを除き、俺とチトセと犬一匹は立川駐屯地跡前に到着した。
「イクノ、現場に到着。これから中に入るわ」
<<了解じゃ。くれぐれも気をつけての>>
「駅の近くというので、基地がビル群の中にでもあるのかと思ったが、意外にも周りはだだっ広い緑地なんだな」
<<すぐ隣が昭和記念公園じゃったからのう。もっとも、今では“最終防衛ライン跡地”じゃけどな>>
突破された最終防衛ラインか……さぞ多くの人が亡くなったんだろうな。ナムアミダブツナムアミダブツ。
駐屯地跡は破れたフェンスで囲まれていただけなので、容易に中に入る事ができた。広大な飛行場を持つ敷地内では、墜落したと思しき攻撃ヘリに、駐機中にやられたらしい輸送ヘリ、横転したトラックと骨組みだけになったリソーサーの残骸と、遺棄されてからだいぶ経ってると思うが、それでも生々しい戦闘の跡は褪せることは無いようだ。
「外観では特に怪しい箇所は無いわね。無線も、原因不明のノイズの発信源と聞いてたけど、今の所は特に異常は無いようね」
<<うむ、わしらの通信はコーギー号に積んだ専用の短距離無線を使っとるからの。これに異常が出るとしたら、よっぽどの事じゃろうて>>
「て事は、あんま気は進まないが施設の中に入って調べるしか無いって事か」
<<うむ、中の様子はドローンでも分からんからの、気をつけるのじゃぞ>>
「まっ、格納庫がこんだけあるんだから、どれかは“正解”でしょ。片っ端から当たりましょ」
周囲を警戒しつつ、障害物から障害物へと身を隠しつつ格納庫を目指すが、何だか妙だな。リソーサーが一匹も出てきやしないなんて。もう粗方資源は食い尽くしたってのか?あのコンクリを剥がして中の鉄筋まで食う奴らが、まさかそんな……
「熱源反応も無しのオールクリアか……不気味な静寂だな。メタ犬は何か嗅ぎ取ってないか?」
<<……ワン。確かに何もいないワン。でも、ここには確かにいるワン。しかもこのコード断片、まるで処理もされずに縛り付けられてる……みたいだワン>>
一体何を言ってるんだメタ犬は?いつになく曖昧だな。それにしても、なんだろうなこの……嫌な気配というか雰囲気は。




