報告書4「そして俺の人生は変わった」
高輪ゲートウェイ駅ダンジョンで謎のリソーサー、ジェボーダンを捕捉したはいいが、囮となったチトセは奴からの奇襲で倒れ未だ返事が無く、俺自身も押し込まれ肩口に食らいつかれ絶体絶命な状況だ。
「こんのクソ犬っ!」
両手でジェボーダンの頭を掴み、なんとか引き離そうとするが、凄まじい力でピクリともしない。頭に装着しているスキャナーの画面も機動鎧甲の損傷警告で真っ赤に染まるし、このままでは装甲を破られるのも時間の問題だ。
<<機動鎧甲の外装を70%まで貫通!なんて力じゃ!このままではいかん!腹を攻めて距離を取るのじゃ!>>
「腹……!?ここだぁ!」
言われて見てみると、奴の胴体部分はがら空きだ。先ほどヒトマルで斬りつけた時にできた損傷部分目掛けて思いっきり蹴飛ばす。さすがに効いたのか、キャウンキャウンと声を上げて後ろに飛び退いたので、何とか体勢を立て直すことごできた。
「ふぅ……ふぅ……サンキュー、イクノさん……今のはマジで三途の川が見えた」
<<事態は全く好転しとらんぞ!幸い耐久力は低いようじゃから、何とか攻撃を当てるのじゃ!>>
とは言っても、こう身軽な相手じゃなぁ……!と、その時、何かがジェボーダンの頭に当たった。よく見るとそれは、チトセが持っていたはずのシグナル発信装置!そしてその地面を転がるボール状の装置を……なんとジェボーダンは、夢中になって追い掛け始めたのだ。
「こんのぉ!痛かったじゃない!」
それを目掛けブラスターピストルを乱射するその人物は……チトセ!
「無事だったのか!って、いいから早く離れろ!」
「何よこんな奴!私が……」
その時にはもう、ジェボーダンは素早く反転し、チトセ目掛けて飛び掛かった後だった。機動鎧甲を装着していない生身では、あの速度には反応できない……
「捕まえたぞ!このクソ犬が!」
考える前に身体が動いた。咄嗟に空中のジェボーダンに組み付き、そのまま地面に落ちて転げ回ったがそれでも俺は奴を離さなかった。
「イワミっ!」
「来るなっ!こいつは俺が仕留める!」
もうそこからは剣術の型も技術も無い。ただがむしゃらに右手で暴れるジェボーダンを押さえつけ、左手の義手で持ったキ影を深々と突き刺した。
「うおおおおっ!」
持ち手を強く強く握り締めると、それに感応して刀身が青い輝きを発した次の瞬間、ジェボーダンの全身を青い稲妻が駆け巡り……刀身を通ってきたその雷が神経接続された左義手を伝い、俺の脳にまで届くかのような強い衝撃に襲われた。それでも俺は……キ影を離さなかった。
視界に激しい火花が散り暗転した。
俺は確かに見た……稲妻の上に乗った、黒い犬を……あれは幻影なのか……?うっ、頭が……
頭の中に不思議なイメージが広がる。二匹の黒い子犬のイメージだ。一匹は両目が赤く、もう一匹は片目は赤いが、もう片方の目は白濁している……その二匹の犬がどこからか脱走して……別れ道に行き当たった時、片赤目の犬は安全そうな道を両赤目の子犬に進ませ、自らは深い闇が広がる道に進み消えていった……その時、赤両目の子犬が悲しそうな声を上げた。
<<おるにぃ!>>
なんだこれは……?まるで誰かの記憶が入り込んできたような……だがそこでイメージも消え、後には暗闇だけが残った……
寒い……
<<……ン……>>
ここはどこなんだ……?チトセは無事なのか……?
<<……ワン……>>
目の前を黒いモヤが動き回っている……このモヤはさっきの両赤目の子犬か……?
<<ワン……ワン……>>
うぅ……頭が……頭が……
頭が割れそうだ!うるさくて!
<<ワンワンワンワン!!>>
「だー!うるさい!何だってんだ!」
目が覚めると、目の前にはチトセの顔がドアップであった。近い近……ぐぇ。何か言葉を発する暇も無くそのままチトセに抱きしめられた。おいおい、やっぱり俺は死んで天国に来たのか?
「こんのバカ!バカバカバカ!何あんた1人で死しそうになってんのよ!このバカ!」
「目覚めおったか!全く肝が冷えおったぞ!」
<<全くだワン!死ぬなら"1人で"死んで欲しいんだワン!>>
辺りを見渡すと、そこはコーギー号の荷台だった。どうやら俺は気を失っている間にここまで運ばれたようだ。しかし見たところチトセは無傷、イクノさんも無事、黒犬も……
「ちょっ!なんだこいつは!何でジェボーダンがまだここにいるんだ!」
チトセとイクノさんの間を、尻尾を振りながら飛び回っている一匹の赤い目をした黒い犬。いくらかデフォルメされてミニ柴サイズになってはいるが、死ぬ気で戦ったジェボーダンが確かにそこにいたのだ!
「チトセ!援護しろ!イクノさんは伏せて!」
「落ち着きなさいよ、戦いは終わったのよ。ジェボーダンは倒したわ、あんたが倒したのよ!」
「まだそこにいるじゃないか!」
「戦闘のショックによる一時的な意識の混乱かもしれん!とにかく落ち着くんじゃ!チトセ!抑えるのじゃ!」
「何を言ってるんだ!?あいつがそこに……あぐっ!」
「チトセ……スタンモードで撃つのいくらなんでもやり過ぎじゃ……」
「仕方ないじゃない!突然錯乱するんだから!出力は絞ったから大丈夫よ!それよりも早く今のうちに病院へ……」
うぅ……2人ともあいつが見えないのか……?あいつが……ジェボーダンがそこに……
<<正確に言うと、01がいるのは"そこ"ではないんだワン!>>
くそっ!何なんだこの声は!?頭の中に直接響いてきやがる。それに目の前をうろつくこの黒い犬はなんだ!?
<<01の骨コードは、この義手の中に今やあるんだワン!>>
それってどういう……
<<まだ分からんのかワン!お前の身体の中にいるってことだワン!!>>
嘘だろ……!?
痺れる手を何とか動かして、目の前を払った。だがその手は、小汚い赤目の黒犬なんてまるで幻影なのかのごとく、ただただ宙を舞うだけだった。俺は出会ってしまったのだ。俺の人生を変える……バカ犬に。




