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報告書38「再編派」

 いつもの朝、いつもの事務室、いつもの席。義手の整備も終わり、ようやく充足した日々が帰ってきた。足じゃなくて手だけど。


<<うわふぅ、これでまたマーキング完了だワン!>>


 ついでにうるさいやつも帰ってきたが……


「おいっ!散歩先どころか、事務室内で通信機能がある機器に片っ端からオシッコかけるのはやめろ!」


<<無理だワーン!この間の整備のお陰で元気ビンビン、尻尾ブンブン!もう01を止める事はできないワーン!>>


 このバカ犬、整備からバカに拍車が掛かって、最近はもうどうやっても止まりゃしない。それにしても、身についた新機能が所構わずマーキングする事だなんて……他に無かったのかよ。


「ううむ……変じゃのう……?」


 手に持つタブレットを不思議そうに眺め、首を傾げながら事務室に入ってくるイクノさん。


「あっ、おはようございますイクノさん。どうかしたんですか?」


「それがのう、わしの端末ログにおかしな位置タグが残っとっての。何じゃろうこの肉球マークは……不審なリモートアクセス履歴やプロトコルの異常も無いんじゃが……」


「ははは……謎ですね……」


「まぁ、悪意あるコードの挙動も検出されとらんし、稼働ログも問題無いし、様子見でいいじゃろ」


 ふぅ、イクノさんの器が大きくて助かった。イクノさんの端末がバカ犬のマーキングタワーにされてたなんて知られた日には、どうなることやら……いや、イクノさんならまだ許してくれるかもしれない。これがもしチトセだったりしたら……


「みんなおはよう。早速で悪いんだけど、イクノ。今すぐ暗号通信用の回線開ける?」


「おひゃっ!?」


 丁度入ってきたチトセにビビって変な声出ちまった……


「もちろん可能じゃが、通信相手は誰じゃ?」


「例の情報提供者よ。博物館動物園駅跡での一件をレポートにして送ったら、是非話したいんだとさ。指定されたロッカーに投函からの振り込み通知とメッセージのみから、電話でお礼だなんて、随分の出世じゃない?」


 その皮肉混じりの発言からも、チトセも俺らと同じく何らかの陰謀が進行しているのを肌で感じながらも、それが何なのか皆目分からない状況について言いたい事があるのが分かる。


「暗号化モジュール、展開完了。波形揺らぎも問題なし。よーし、回線開いたぞ。音声だけじゃが、感度は良好じゃ」


<<こんな退屈な暗号、01なら眠たくなって欠伸が出るワン>>


「静かにしろっ」


<<ピー……ピッ……聞こえるか?MM者の諸君?>>


「聞こえるわよ、情報提供者さん……という言い方は正確じゃ無いわね。最近はこちらが提供してばかりなんですもの」


<<これは手痛い挨拶だな、さすがは渋谷駅ダンジョンを半壊させた爆弾娘だ>>


 渋谷駅ダンジョンを半壊させた爆弾娘……それを知ってるとは、それにこの声……!


「あんた、ヒナガか!?渋谷駅ダンジョンで一緒に脱出した……」


<<あー、名前は伏せておこう。それで用件なんだが……>>


「いやぁ懐かしいな!あの時はアラセ隊長は残念だったな……それでコハレさんとはあの後どうなったんだ?」


<<分かった分かった、コハレは結婚を機に引退させたよ>>


「結婚て……ははぁん、なるほどねぇ?」


 なーにが結婚を機に、だ。全くよろしくやってやがるぜ。


<<ごほん……この間の再編派の研究施設では大変だったな。あの後、ウチからも人を出したんだが、到着した頃にはもぬけの殻、何も残ってなかった。あんたらのフットワークの軽さには頭が下がるぜ>>


「一体あの施設は何だったのよ?そもそも再編派って?対機師団とセブンシスターズが揃って何を企んでるってのよ」


<<そこまで知ってるなら話は早い。ここからの話は巷に蔓延る陰謀論の類いだが……あの日、リソーサーを生み出す中枢への攻勢作戦、“ブレードステーション作戦”が失敗してから幾日後……官民の有志でリソーサー災害に関する会議が非公式に開かれ、そこでとある議定書が採択された……>>


「“国家技術秩序再編に関する政産学統合会議議定書”、人呼んで、“再編議定書”……覗き見したんじゃが、国防省と民間が一丸となってリソーサー災害に取り組むという、何の変哲も無い中身じゃったと思うんじゃか……」


<<記載は無いが、実はその議定書の議決の中には奴らの言う、“国家技術秩序再編”のための具体的な手段も含まれていた。それは、リソーサーを生み出す、まさにリソーサーの神のような存在……“中枢”を完全な支配下に置くことだ>>


「完全な支配下に置くって……そんな事が可能なのかよ?」


<<さあな。少なくとも会議のメンバー、つまり再編派はできると思ってるようだぜ。そのために必要なアクセスコードを手に入れるため、中々後ろめたいことまでしてるんだから>>


 アクセスコード……あの博物館動物園駅跡の地下にあった施設はきっとそれを得るための研究をしていたんだ。


「そのアクセスコードって、どうやって手に入れるのよ」


<<それも確定した情報は無いが……どうやら再編派は新種のリソーサー……“憑依型リソーサー”が鍵だと思ってるようだ。その捕獲のために相当派手に動いている>>


 憑依型リソーサーって……チラリとメタ犬を見る。こいつ、何へそ天ポーズで寝てやがる……!鼻ちょうちんまで膨らませやがって……!


「もう一つ、大事な質問に答えて欲しいんだけど……あの施設で確かにあんたの言うとおり、ウチの元社員、ササヤさん……のそっくりさんに会ったわ。彼女は一体何者なの?」


<<さあな、それも知らん……と言うのが正直な回答だ。再編派の連中は中枢の代弁者、機械天使と呼んでるようだが、その目的もよく分からん。ただ、あの顔……偶然って訳じゃあ無さそうだが>>


「何よ、知らないばっかりじゃない。それでも情報機関なの?」


<<仕方あるまい。第16師団……対機師団は国防省の中でもことリソーサー災害に関しては強い権限を持ってて直接調査は上が許しちゃくれねぇからな。だからこそ、MM社の面々にこうして御助力を得ようって話をしてるんだ。もちろん、報酬は弾むぜ>>


「ようやく見えてきたわね。暗号通信なんてしてきた意味が。今度は何をやらせる気?」


 またどこか行くのか。これじゃあ俺達MM社は観察処の下請け企業じゃねぇか。まあそれもいいか。少なくとも、この線を追えば、ササヤさんに繋がるのは間違いないんだからな。

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