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報告書33「機械仕掛けの天使」

 謎の施設で謎の実験により頭がイカれた被験者による急襲、そしてそれから助けてくれたのは、かつての仲間だった……何もかも突然過ぎて、俺の頭までイカれそうだ。


「サ、ササッササヤさん!?い、今までどこに……」


「誤認識を修正。私は“ササヤ”ではない。“ササヤの記録”が用意された情報体。貴殿の反応は解析対象外」


「えっ……?は……?」


 こちらの問いかけに対して、機動鎧甲を着込んだ大の大人の首元を掴んで片手で軽々しく持ち上げながら、全く感情的な抑揚も無く“その人”は答えた。


「何言ってるの!?いいから一緒に帰り……」


「<“わたし”が増えていく!!>」


<<危ない!>>


 イクノさんの叫びにも似た警告をした時には、“ササヤさんらしき人”の顔面目掛けて、被験者がいつの間にか取り出したブラスターを発射した後だった。


 顔は装甲に覆われてない、生身だった。そんな所にブラスターの直撃なんて食らったら……!


「……適合率は閾値を下回りました。対象の存在定義は破綻──ティンダロス、接続を切断します……やはり人工的な憑依による相互理解では、期待値に達しません」


 顔面左側に焼け焦げをつくり、その下の……機械の表皮を剥き出しにしながら、ササヤさん……いや“それ”は言い放った。


 次の瞬間、その背中に翼が形成され……そしてそれらが一斉に眩いばかりの七色の光を帯び始めた……!


<<あ、あれは翼じゃない。あれは、全部……独立した情報処理ノード群じゃ!通信ノード、演算ノード、記憶ノード……その全てを空間配置しておるのじゃ……しかも、物理端子なしで同期しておる……こ、これは……>>


「ちょ、ササヤさん人間辞めちゃったの!?これじゃまるで……」


 まるで、機械仕掛けの天使じゃないか!今目の前にいる存在は、かつての仲間であったササヤさんの顔をして、ササヤさんの声で喋るが、その中身はササヤさんでは無い……いや、それどころか人間でも無いことが、否応なく認識させられる。


「<質問は──もう、いい……もう、こたえた……だろ……>」


 そしてその光に包まれたかと思うと、力無く項垂れる被験者。もしかしなくても、命を奪ったな……


<<機動鎧甲からのバイタル反応消失……あの被験者の死亡を確認じゃ……>>


<<クゥンクゥン……あのウェイスターから“奴”を……ティンダロスを引き剥がしたんだワン……>>


「なんだメタ犬、そんなに怯えて。いや俺も正直言って、目の前で起こってる全ての事に、ついていけて無いんではあるが……」


<<シーだワン!見つかったらどうするんだワン!?せっかく中枢から二匹で脱走できたのに、01はまだ“奴”みたいに捕まりたくは無いんだワン!>>


「??“奴”……ティンダロスとは一体……?」


 思わず声に出た俺の呟きを聞き逃さず、キッとこちらを見る“ササヤさん状のモノ。”


「その名称を、どこで取得しましたか? この施設のローカルログは──全て削除済みのはずです」


「え……?あ、いや、さっき自分で……」


「会話ログ照合中……確認完了。発話者:対象“イワミ”。情報漏洩の懸念は排除予定。エコー・プロトコル再起動。次回適合検証対象は──現在発話中のあなたです」


 そう言うと、掴んでいた自衛軍隊員を放し、再び虹色に光り輝く翼を展開し始めた。だから何なんだよ一体!ゲーミング天使かよ!?


<<な、なんじゃこれは!応答待たずに鏡像層を突破!?ちょ、待て、処理層が──早い、早すぎるっ……!こやつ、アルゴリズムを嗅ぎ取って即座に組み替えとる!これはウィルスなんかじゃない……“会話”しながら喰い破ってくる!?まさか……知性体……!?>>


 イクノさんの明らかな焦りがこもった声も、何のこっちゃと思いながら聞いていた。だって特段スキャナーにもエラー表示出てないし。


「イクノ、どうしたの!?何かあったの!?」


<<だ、ダメじゃ!施設ネットワークを介して、侵入される──>>


<<ワンワンワン!やっ、“奴”が来るワン!>>


「奴って……あぎゃっ!」


 左手の義手から来る強烈な、それこそ電撃を思わせる衝撃が全身を駆け抜け……意識を失った。


 そして目覚めたのは……三度見る場所、あの電子基盤、断線したケーブル、露出した回路が散乱し、あらゆる情報が川のように流れるてんサイバー三途の川だった。


「もうやだこの場所……ロクなことが起こらんし……それで今度は何でここに連れてきたんだメタ犬?」


<<ワンワン!ここに連れて来たのは01じゃ無いワン!それよりも覚悟を決めるワン!奴の性格の悪さは尋常じゃ無いワン!>>


「だからさっきから奴、奴って、一体何の事……ぐああ!」


 本当にもうやだこんな感覚……!今度は何だ……!まるで、脳みそ中のシナプスに電気を流すような感覚が走り……記憶が、まるで無理矢理掘り起こされるようだ……!


 そしてそれに連動して、真っ赤だった空には、まるで大スクリーンに映画が上映されるように映像記憶が流れ始め、そしてそこら中の地面には、まるで写真立てのように、静止記憶が立ち始めたのだ。


「はぁ……はぁ……治ったか……って、なんじゃこりゃ……俺の記憶……?」


<<始まったワン……奴の言う、相互理解の第一歩……“記憶の曝け出し”だワン……ここはもう、奴の五次元情報地形の中だワン……>>


「だから奴ってのは一体……」


 そこまで言い掛けたがやめた。何故なら分かったからだ。奴ってのが何なのか。目の前に立つ、端正な毛並みの黒い犬……こいつに違いない。こいつが……ティンダロスに。

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