報告書31「S-03YAとT-DROSS」
廃駅には全く似つかわしく無い扉をくぐった先は、元は整備用の空間だったらしいが……
「こんなリフトがあるなんて、地下にはよっぽどの施設があるようね」
「そのようだな……電気もきてるようだし、問題なく使えそうだ」
「イクノ、この先は……」
<<分からん……他所から持ってきた設計図によると、そこは単なるパイプスペースのはずじゃから、リフトなんぞある訳無いんじゃが……>>
「マップには無い扉を入ったら、設計図には無いはずのリフト……なら、行って確かめるしか無いわね」
リフトに乗り込み、下るボタンを押す。ガタンッと言う音を立てて急速に降下を始めるリフト。ウサギの穴は思ってたよりずっと暗くて深いようだが、はてさて何があるのやら……
「着いたようね……お熱い歓迎があるかもしれないから、警戒して」
<<気をつけるワン。何か匂うワン>>
「分かってるよ」
リフトが止まった先の開かれた扉を、両手にブラスターを構えるチトセと共に、いつでも抜けるよう刀の柄に手を伸ばしつつ通る。その先で見たものは……
「こりゃ……一体全体……」
「なんて有様なの……」
こんな施設が、こんな廃駅の地下にあるのはこの際いい。問題はそこかしこに転がる、幾つもの死体だ。そのどれもがブラスターで撃たれ、刃物で切り裂かれていることらも、これは只事では無いのは一目で分かる。
「白衣を着た研究員らしき死体に、機動鎧甲を着込んだ……自衛軍隊員?こんな所になんで……」
「イクノさん……この光景が見えますか?自衛軍が何か対リソーサーの作戦展開でもしてたんですか?」
<<うーむ……そんな記録は無いんじゃが……そもそもそこは駅ダンジョンでも無いから、リソーサーの出没数も少ないはずじゃし……今度こそ通信端子を探して有線してくれんかの。施設内ネットワークに入れれば、何か分かるかもしれん>>
「分かりました」
「そっちはお願い。私は周囲を見てみるわ」
接続端子か……デスクの上の端末……はダメだ。ブラスターの流れ弾でも受けたのか、破壊されてる。
<<ワンワン!ここ挿せワンワン!>>
そうメタ犬が吠える先には、通信兵だったらしく、アンテナの出たバックパック付き機動鎧甲を着た自衛軍隊員の死体が。なるほど、ネットワーク侵入への踏み台には丁度いいってわけか。誰にやられたかは分からんが、仇は取るからな。恨まんでくれよ。
義手から引っ張り出したケーブルを、自衛軍隊員の機動鎧甲にある接続端子に差し込む。これでコーギー号からモニターしているイクノさんが中に入れるはずだ。
<<ふむ……この施設の仏様じゃな。念には念を入れて、まずは仮想層を三枚重ねての、応答の鏡像を一枚かませる。そんで疑似空間で噛みつかせてから本命に通す……昔ながらの“サンドイッチ防壁”じゃ>>
何言ってるのか、さっぱり分からん。
<<パス認証も通った。これで向こうの端末が“味方”と認識してくれたようじゃの。後は無線でいけるでの、有線を抜いてもらって大丈夫じゃ>>
「了解っす」
さも分かったような顔をしつつ、義手にケーブルを戻す。実際は……まぁいいだろう、担当が違うのだ。
<<なーんか嫌なネットワークだワン……息苦しく、ジメジメした……まるで角だらけの狭苦しい部屋だワン>>
「角だらけ?狭苦しい?こんな広い施設が廃駅の地下にあるから驚きなんだろ」
<<本当にそうかワン……?>>
何が言いたいんだ、メタ犬は。
<<どうやらそこは、“再編派”と呼ばれる一派の研究施設じゃったようじゃ。ネットワークに報告用の記録の断片が残されておる>>
「再編派?なんじゃそりゃ」
「対リソーサー災害用に新設された自衛軍第16師団、通称“対機師団”や民間企業の跳ねっ返りが組織した一派……て、ところでしょうね。自衛軍隊員の死体はみんなそこ所属で、研究員ぽいのは、“セブンシスターズ”各社の社員証を持ってんですもの」
「それがどうして、こんな有様に……」
「待って。この隊員、何かログを持ってるわ。警備に当たって配布された注意文かしら」
ーーー
観測記録:未確認個体 S-03YA
目撃地点:旧博物館動物園駅 地下通路セクターB
報告者:観測班(簡易ログ抜粋)
本日未明、ヒューマノイド型の未確認存在を確認。
外見は女性型に近似するが、輪郭が常に揺らぎ、視認者の記憶に齟齬が発生。
歩行軌道に物理的整合性なし。監視機器の一部が機能停止。
当個体の存在波形は、中枢における人型接続端子と酷似。
一部技術班より、例の「中枢の代弁者」の可能性を指摘。
※警告:観測以上の接触は推奨されない。
ーーー
わっけ分からん。これはつまり、謎の存在がこの施設付近をうろついてるって事か?それに加えて、中枢って何だよ、人型接続端子って何だよ。
<<さっきの報告用の記録の断片なんじゃが、この惨状の原因はこっちじゃなかろうか……>>
そう言って、イクノさんが送ってきたファイルを見てみる。どうやら何かのレポートのようだが……
ーーー
被験者観察レポート:コードネーム T-DROSS
本実験は変異個体リソーサーを人工的に被験者へ憑依させ、中枢へのアクセスコード取得可能性を検証するもの。
……
被験者は日増しに精神の断片化を起こし、言動は支離滅裂に。自己同一性は崩壊し、意味不明な呟きを繰り返す。
……
やがて「自己」の輪郭を完全に失い、空間を縫うように“角”から“角”へ跳躍しながら、部屋を抜けて無差別殺戮を開始。制御は完全に失われた。
ーーー
想像できた事だが、ここがやべぇ実験をするためのやべぇ研究施設なのは確かなようだ。次から次へと用語を増やしやがって。しかし、憑依?変異個体?まさか……
<<そのまさかのようだワン……“角”……もしかしなくても、奴がいるワン!>>
奴ってなんだよ……!柄を握る手に緊張で力が入る。辺りを見回すと、部屋の隅……ちょうど“角”になっている部分の空間が揺らぎ始めた。




