報告書29「アナウサギ」
いつもの朝、いつもの時間、起きたら顔を洗って着替えた後に、朝飯を食いに事務所スペースへと降りるという、いつものルーティン。また今日もいつもの1日が始まるのかな。まっ、こんな仕事だ。命あるだけ御の字ってもんだが。
「おはよーございま。今日もいい天気……でも無いけど」
「おはようじゃのう。よく寝れたかの?あの猿型リソーサーは夢、悪夢を見せてきたんじゃろ?うなされたりはしてないかの?」
「えっ、えぇ……まぁ。なんとかぼちぼち……」
<<嘘だワ〜ン。昨夜も“美人秘書”の夢を見てたワ〜ン。もちろん顔は……>>
「うるさいうるさい!」
跳ね回るメタ犬を足でどかしつつ、席につく。全く、これだからデリカシーの無い畜生は……別に夢ってのは何も願望の発露とは限らないんだから、俺が見た夢は単に記憶の整理であってブツブツ……
「そうそう、チトセはもう出ておるぞ。何でも、例の観察処の人間に情報を渡しに行くそうじゃ。そんな時間はかからんそうじゃから、そろそろ戻って来ると思うんじゃが……」
キキキー!ガシャン!!
「……戻ってきたようじゃの」
「そのようで……」
チトセめ、またガレージのシャッターが開け切るのが待てずにぶつけたな。こんなんだからコーギー号に凹みが増える一方なんだ。
そして階段を駆け上がる音のなんともけたたましい事か。よく踏み抜かないな。こりゃ扉も蹴破って入って……
バコォッ!
「二人とも揃ってる!?すぐに出るから、準備して!」
予想を越える勢いで開かれた扉、顔を見せるなり大声で急きたてる我らがシャチョー。いつものことながら、勢いはいつも以上だ。
「なんだなんだどうした。朝飯くらいゆっくり食わせてくれよ」
「これを見てもそう言えるかしら!?」
チトセが顔に押し付けんばかりに差し出してきたタブレット。そこに浮かび上がる文字を見て、俺は息をするのも忘れた。
“例の一件、情報提供感謝する。
礼では無いが、アナウサギを追いかけてみろ。
令によって詳細は伝えられないが……急げば、
霊では無い“仲間”に会えるかもな。”
「ちっ、チトセ、これって……」
「南千住駅ダンジョンでの件、情報はメールじゃなくて直接って言うから、わざわざ行って、指定のロッカーにファイルを入れたやったのよ。そしたらさっき、振り込み通知と一緒にこれが送られて来たのよ!」
「こっ、ここここれって、つまり……こうしちゃいられん!」
「機動鎧甲も武器も、メンテは終わっておる!」
「私達は5分で機動鎧甲の準備!イクノは持てるだけの物資を持ってコーギー号の準備!」
「おっ、おう!」
「了解じゃ!」
<<ちょっ、ちょっと待つワン!今から骨コード付き肉データを食べるところだったワンのに!>>
椅子を蹴飛ばすかのごとく駆け出し、転げ落ちるように階段を降りてガレージへ。機動鎧甲を装着し、キ影にヒトマルを手に持ちコーギー号の荷台に飛び込む。
「乗ったわね!?イクノ、お願い!」
「うむっ、出発じゃ!」
そして走り出すコーギー号。イクノさんが急発進なんて、本当に珍しい。
「……それで、どこに向かってるんだ?」
「メールにあったでしょ。“アナウサギを追いかけろ”って。だから、まずはアナウサギがいるところよ」
「あ〜……動物園とか?」
「惜しいわね。一般人なら、アナウサギを見に動物園に行くわ。でも山師なら?答えは決まってるでしょ」
「よー分からんが……」
<<アナウサギ……駅……分かったワン!>>
「お前、今ネット検索しただろ」
<<なっ、何のことだワン!?そんな事よりも、そろそろ着くワン!>>
高い壁の前で止められたコーギー号。おや?ここは以前にも来た事あるぞ……
「着いたぞ……上野駅ダンジョンエリアの隔離壁じゃ。ここから歩きでもすぐそこじゃ……博物館動物園駅跡は」
「イクノはいつものようにサポートお願い。罠……てことはないでしょうけど、何が出るか分かったものじゃ無いから」
「うむ、気を付けての」
荷台から降りて、壁を越えた先は……かつて公園や美術館、そして博物館と動物園があったが、今や見る影も無い荒れ果てた……見覚えのある風景だった。
「ここか。何の因果なのかねぇ。それにしても、やっぱりアナウサギ見に動物園に来たのか?もうとっくの昔にリソーサーのせいで閉園してるぜ」
「知ってるわよ。お目当ての場所は、上野駅ダンジョンからおよそ1km離れた場所にある……博物館動物園駅跡地よ」
「博物館動物園駅?そんな駅ダンジョン聞いた事無いが……」
「そりゃそうでしょうね。正確には駅ダンジョンでは無いから。リソーサーが現れるよりも前に廃駅になってたから、奴らの根城にはならなかったの。食い物になる機械部品が少なかったせいかしらね」
「そことアナウサギ、どう関係あるんだ?」
「それはこの駅らしからぬ建物の、駅らしからぬ扉を開けてみれば分かるわよ」
そう言いながらチトセが足を止め、指を指す先には、確かにとてもじゃ無いが駅には見えない……芸術的な建物があった。石作りの壁、ピラミッドのような屋根、扉の脇には丸い石柱……そして重厚な、何かのレリーフが掘られた扉で構成された建物。
この異質さは、デカい駅ダンジョンよりもよっぽど“圧”を感じるってもんだ。




