報告書28「EPR (Electro-Pulse Resonator)ロッド」
完全に動きを止めた悪夢の元凶こと、リソーサー・ドリームエイプ。足の下のそれを眺めながら、ふぅっ、と一息つくチトセ。そしてこちらに向かって来て、倒れ込む俺に手を伸ばした。
「ほらっ、さっさと立ちなさい。仕事はまだ終わってないわよ」
「あっあぁ、すまない……」
チトセの手を取り、立ち上がる。相変わらず鋼の精神と心臓をお持ちのようでようで……と思ったが、俺は見逃さなかった。目元に薄らと、涙が溜まっているのを。
「……そっちこそ大丈夫か?あれ、見せられたんだろ。全く、夢見が悪いとはこの事だな。こんな趣味の悪いリソーサーは初めてだ」
「大丈夫に決まってるでしょ。あんたと私じゃ、ふんづぶしてきた場数が違うのよ」
「それもそうだな。お陰で命拾いしたよ」
「ふんっ、さっさと依頼をこなすわよ!」
ぷいっと顔を背けるチトセ。鬼の目にも涙とはよく言ったものだが、ここはそっとしておこう。それにしても、夢の中の美人秘書がチトセの顔だったのは、どうにも納得いかん。
<<ワン!それはお前が心の底ではチトセの事を……>>
「だー!うるさいうるさい!」
<<ワンワ〜ン!照れてやんのワーン!>>
このクソ犬が……何となくチトセの顔が見づらいじゃないか……にしても、黒縁メガネも似合ってたな。
「イクノ、聞こえる?それで例のブツはどこにあるのかしら?反応はすぐ近くになっているけど」
<<おぉ、まずは無事で何よりじゃ。それで回収対象はその場所で間違い無いんじゃが……もしかしたら、その猿型リソーサーの中かの>>
「こいつの中、ね。何とな〜く、見えてきたじゃない。どうしてこんな悪趣味なリソーサーが生まれたのか」
「??どういう事だ?」
「まっ、バラしてみれば分かるってものよ」
目の前に横たわるリソーサー・ドリームエイプだったものに超振動ナイフを突き刺し、手慣れた手つきで解体を始めるチトセ。この猿の性悪さと回収対象、何か関連があるのだろうか……
「やっぱりね。イクノ、あったわよ。リソーサーの内部機構に取り込まれてるけど、これは自衛軍のEPR (Electro-Pulse Resonator)ロッドで間違い無いわ」
「EPRロッド?って何だ?」
<<簡単に言うと、対リソーサー用の撹乱兵器ってところじゃ。特定の周波数の電波を出して、リソーサーの演算核に直接苦痛を感じさせるって代物じゃよ。まだ試作段階と聞いておるがの……>>
「ふぅ〜ん……」
<<“ふぅ〜ん”じゃないワン!ウェイスターの汚さが分からんのかワン!>>
「表面のシリアル番号は削られ、内部データにあるばすの管理番号も抹消済み……これはどう見ても、この猿じゃなくて人の手によるものよ」
<<この駅ダンジョンでの自衛軍の作戦記録を覗き見したんじゃが、確かにEPRロッドは試験投入されておるの。おるんじゃが、損傷を理由に処分の上、登録を抹消されておる……と言うことは……>>
「ここは、自衛軍が装備品を企業かどっかに横流しするための隠し場所ってことね。それをあの猿型リソーサーに見つけられて食べられちゃったったて訳」
「あの悪夢を見せる変態攻撃も、この装備品由来ってことかよ……」
<<機械獣を倒すための装備品を横流しして〜小銭を稼ごうとして〜、その装備品が機械獣を呼び寄せてしまった〜ワン?これだから欲の皮が突っ張ったウェイスターは始末に負えないワン!>>
「まっ、こんな事だろうと思ってたわ。大方、こうなっては横流しの証拠を処分したくても、自分達じゃあの猿相手の被害が怖いから、私達に“外部委託”したんでしょうね。となれば、今後の手の打ちようも決まってくるってもんよ」
「え?納付して成功報酬貰ってお終いじゃないのか?」
「あんたのそのバカ正直さは、素晴らしい長所だと思うわ」
なんかすっげぇ皮肉言われた気がする。
<<気だけじゃないワン!>>
「装備の横流しなんてする奴らがマトモな訳無いわ。証拠品と一緒に抹消されちゃあ敵わないから、これの“報酬”は別のところから貰うことにしましょ」
「別のところって?」
「〈観察処〉に旧友がいるから、そこにこの情報ごと売るのよ」
「観さ……」
「観察処ってのは!正式には“自衛軍 統合情報局 第七課〈観察処〉”って言う、表向には、軍内部の不正防止や情報漏洩の監視機関ってことになっとる組織のことよっ!あんたホント何にも知らないのね」
「幸運にも組織とは無縁の生活だったもんでね。そんでそんなところに旧友って、自衛軍時代のお友達か何かか?
「バカね、あんたも知ってる相手よ」
「え、俺も?」
「さあて、帰るわよ。胸糞悪い夢見せられて、胸糞悪いオチだったけど、何にせよ一件落着よ」
そう言うと、伸びをしながら出口に向かうチトセ。今回のあの猿相手の戦いは、とっくに過去に向き合いケリを付けてるチトセと、未だに過去を引きずっている俺……それが明暗を分けたな。
チトセがあの猿の見せる夢から自力で覚醒できたのも、きっと過去は忘れた訳じゃなくて、いつも心の中にきちんと閉まってあるから……今更見せられても感情がブレなかったんだな……
「全く大したタマだよ、うちのシャチョーは……」
「何か言った?」
「いや、腹減ったなって。みんなで夕飯食いに行こうぜ」
「いいわね!」
そう言うチトセの笑顔は、いつになく可愛かった。やっぱり黒縁メガネはいらないな。




