報告書27「チトセは夢を見ない」
とても心地よい夢、まるで理想が現実になったような夢を見ていた……が所詮それは夢、まやかし、偽りの世界。現実は不気味な猿型リソーサーの術中の中だったのだ。まぁ、目が覚めればこっちのもんだけどな!
「こんのクソ猿が!よくもあんな恥ずかしい夢を!」
一気に駆け寄り、連撃を繰り出す。クソ猿も右手に持った刀で防戦するが、剣術の腕はそこそこらしく、こちらの動きに段々合わせられなくなっている。
「これで終わりだ!」
奴の防御が崩れた所で渾身の一撃を加えようと、一際刀身に電撃を纏わせるが……
<<ウキャーキャ!>>
耳障りな猿の叫び声、眩く光る目……その瞬間、脳裏に蘇った……いや目の前に現れたのは、これまでの人生で最悪だったと言える光景の再現だった。あの日……俺の左手が落とされた日の……
「……はっ、はっ……!」
身体が熱い……耳に聞こえるかのように大きく高鳴る動悸……全身から吹き出す冷や汗……くそっ、くそっ!
<<次は〜活け作り〜、活け作り〜>>
機械音で構成された不気味なアナウンスと共に、クソ猿の左手に装着された刃が複数展開し……
<<何してるワン!来るワン!>>
メタ犬の叫びにハッとなり、慌てて防御する。高速でスライドする刃をなんとか受け止めるが、脳裏に焼き付いたフラッシュバックのせいで、反撃しようにも身体が……左腕が動きやがらない!
「くそっ……!」
<<いかん!脳波に乱れが出ておる!イワミよ、何を見たのかは分からんが、それは単なる幻じゃ!おそらく、そやつがコピーしたお主の脳波を電磁波にしてばら撒いておるのじゃ!>>
「まだ夢の中ってことかよ……!」
迫り来る不気味な笑みを浮かべた猿顔と、刀一本挟んで必死に対峙していると、その顔がまたグニャリと変形し……例の黒縁メガネを掛けた、美人秘書の顔になった。
「<もう、あんな世界に戻る必要なんてないんです。ここでは、あなたの失敗も左腕の喪失も、全部なかったことにできますよ>」
「<あなたの周りの人間は、あなたを苦しめるために、次から次へと厄介事を持ってくる。もう、頑張らなくていいんですよ……>」
美人秘書が耳元で囁く。甘く温かい吐息を頬に感じさせながら。
「くっ……!」
<<惑わされるなワン!今力を抜いたら、活け作りどころか膾斬りだぞワン!>>
「<あなたの決断力、判断の早さ、いつも感服しています。あんな小さな会社じゃあなたの才能がもったいないですよ。あなたの才能はもっと大きな場所で活かされるべきです>」
そう言う美人秘書……チトセの顔は、優しく微笑んだ。
「俺の……才能……!?」
<<そやつの言葉を聞くでない!そやつはお主の脳波を読んで、お主の欲しがる言葉を再生しているだけに過ぎん!>>
「<あのとき、あの女を助けるなんて行動を選ばなければ……左腕も、あの人の怒鳴り声も、無かったのにね>」
今度は悲しそうに俯く美人秘書。まるで、過去の選択に俺が悔いでも持っているかのような、そしてそれを理解しているとでも言うような、そんな表情だ。
「<今なら、まだ、やり直せます。さぁ、私と一緒に行きましょう>」
「俺には……守る……みんなが…………」
「<イワミさん、あの女……本当はあなたのこと、どうでもいいって言ってましたよ>」
あっ……腕の力が抜けたその瞬間、吹き飛ばされ壁に激突する。
<<しっかりするのじゃ!>>
<<何してるワン!あんな戯言を間に受けるなんて、頭どうかしたかワン!?>>
<<ウキャ!ウキャーキャキャキャ♫次はえぐり出し~えぐり出し>>
壁に寄り掛かり、何とか立ち上がろうとする俺の首は、狂気の笑みを浮かべたドリームエイプに掴まれ、壁に叩きつけられた。そして、反対側の手の先から伸びる、ワインオープナーのような螺旋状の針が俺の目に……
<<ウキャーキャキャ♫……ウギャグギャッ>>
すぐ目の前に迫る捻れた針を止めたのは、クソ猿の背中で連続して起きた爆発音だった。
<<チトセ!無事じゃったのか!どうやって催眠を破ったのじゃ!?>>
「あんな安っぽくて寒い夢なんて、10秒で飽きたわ。見せてくれたのは、このお猿さんかしら?」
<<グギャギャ……ウキャー!>>
俺から手を離し、チトセに向き直るクソ猿。情けなくも俺は、直接攻撃と精神攻撃の波状攻撃で立つこともままならず、そのまま崩れ落ちてしまった。
「気を付けろチトセ……そいつは夢を……」
<<ウキャー!>>
一際耳障りな、甲高い叫び声と共に眩く光る目……これではチトセも幻影に囚われ……!
<<ウギャ!?……ウホ……ウギャ……!?>>
囚われ……なかった。何かの幻を見せられたはずなのに、チトセは全く意に介せず、それこそ僅かの動揺もなくドリームエイプをめった撃ちにしたのだった。
「両親の死は……今でも私の中にある。だけどもう、折り合いつけてるの」
<<ウギギ……!終点は挽肉~挽肉です。どなた様もお忘れ物なきようお願いします〜>>
めった撃ちにされ焼け焦げだらけになりながらも、ドリームエイプはまだ諦めないようだ。片腕をまるごと変形し、回転する無数の刃が中に見える機構を展開したのだから。
「……もし泣くことが許されたのなら、あのとき泣きたかったわよ。今さら遅いの」
走り寄り、チトセの頭目掛け変形した腕を突き出すドリームエイプ。だがチトセはあくまで冷静に、その腕の機構の中にグレネードを放り込みバラバラに吹き飛ばし、衝撃に悶えるその身体を思い切り踏み付けた。
「猿が記憶の中を猿真似して猿芝居ね。いいわ、中々面白かったわよ」
美人秘書の甘い微笑みよりも、やっぱり俺は、この一見冷静ながらも、その実怒り心頭なのはその目からも明らかな本物のチトセのドスの効いた声の方が好きだわぁ……
<<こんな時に、お前はアホだワン……でも今回は同意するワン……>>
<<ウ……ウキャ……キャ……>>
「泣いて助けを求めるイワミの幻?残念、そんなのは見飽きてるの」
ブラスターから放たれた光弾が、今度こそリソーサー・ドリームエイプの機能を完全に停止した。えっ、ちょっと酷くない?




