表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/57

報告書25「電車」

 隔離壁内に入り歩いて数分、南千住駅ダンジョンに到着。外観は所々崩れてはいるが、まだ形を保ってる。にしても何だこの駅前のロータリーの静けさは。夕暮れ時も相まって不気味で仕方ない。くそっ、チトセとイクノさんの不気味な話のせいだっ。


「さて、目標の座標は……下ね。さっさと降りて回収しちゃいましょ」


「おっおうよ、もちろ……ん?」


 なんだろう、気のせいだろうか……階段を下に降りていくにつれ、背後から視線を感じるのは。気になって振り返ってみても、あるのは崩れた壁に貼られた、それこそ昔の駅にはよく貼ってあったようなポスターだけ。にしても気色の悪い図柄だな、なんだこのギョロつく目の猿の絵は。こっち見んじゃねぇ。


「さて、お目当てはこのホームにあるはずなんだけど……てっ、この音は……嘘でしょ……」


「なんだチトセ、一体……マジかよ……」


 地下ホームに降り立った俺たちが聞いたのは、駅ダンジョンではあり得ない、到底あり得ない音だった。そう、電車が走ってくる音だったんだから。


「イクノ、聞こえる?今の状況分かる?」


<<ガガ……ピー……ガガガ……>>


「んもう!また通信障害なの!?」


<<聞こえる、ぞ、チトセ。イツモどおり、問題無し、じゃ。とにかく、電車が、来る。来るのなら、それに乗るべき、じゃ>>


「はっ?乗るって……イクノ、本当に大丈夫なの?」


<<わしは、大丈夫、じゃ。早く乗らんと、乗り遅れる、ぞ。わしは、大丈夫じゃから、安心して、乗るん、じゃ。本当に、大丈夫、じゃ、から>>


 ノイズ混じりに聞こえるイクノさんの声は普通じゃなかった。大丈夫連呼されるほど、大丈夫に聞こえないんだから不思議なもんだ。


「チトセ、これって……」


「電車なんて来る訳が無い駅ダンジョンに、電車が来る……いいわ、行きましょう、イクノが大丈夫って言うんだから、大丈夫よ、きっと」


「ま、まあそうかもしれんが……」


 そして……懐かしすぎてもはや忘れてしまっていた音、つまりは風を切りながら、鉄の線路を踏みしめる轟音を鳴らしながら列車がホームへと入ってきた。当たり前のように開かれるドアには、もはや違和感しかない。駅ダンジョンにいならがら、駅とは何かすっかり忘れていた。


「さあ、乗るわよ。早くしないと、乗り遅れちゃうわ」


「お、おう……」


 俺達が乗ったところで、空気の抜ける音を出しながら閉まるドア。そして再び走り出す電車……とりあえず中は当たり前だが、人っこ1人いないガラガラなので、遠慮なく……長椅子の隅に座った。にしてもこのガタンゴトンという絶妙なリズム……やばい急に眠気が……


<<次は〜……オマエダ〜、次は〜オマエダ……夢は、心地よい、じゃろう……?>>


 ………………


 …………


 ……


 はっ!と目が覚める。どうやら居眠りしていたようだ。全く、仕事中に寝ちまうなんて、俺もお疲れかな。


「主任、今よろしいですか?」


 声の方を見ると、美人な……誰?あぁ、そうだった。俺専属の秘書ちゃんだったな。


「あっ、あぁ君か。問題無いぞ」


「それでは、頼まれていました進行中のプロジェクトに関するデータをお持ちしましたので御確認下さい」


「プロジェクト……?あー、あー、データについて説明ってできる?」


「もちろんですっ」


 黒縁メガネをクイッと上げる仕草が決まってるな。高めのポニーテールといい、まさに俺好み……この顔どこかで……


「特殊資源管理庁と合同で行う本プロジェクトは、リソーサー権益の再分配のため、権益を独占する自衛軍に“分からせる”ことを目的としたものです。我が社でも最重要任務に位置付けられており、参加者も当社きっての精鋭が集まっています。これほどまでの精鋭を我が社が擁する事ができたのも、主任が考案した人材育成プログラムが功を奏した結果であり……」


「ちょちょちょ待ってって!君お喋りスピード違反よ。わしゃ何だ、エリートか?」


「えぇ、そうです」


「……どのくらいエリート?」


「……とおっってもです。入社した初任務で変異個体リソーサー・ゴリアテを倒し、会社に莫大な富をもたらしたのを皮切りに、次々と多大な戦果を出し、今では同期の中どころか、業界最大手である我らBH社内でも一位、二位を争うエリートです。今回、重要なプロジェクトリーダーに指名されて……」


「そ、そうかぁ……プロジェクトに参加するその精鋭とやらの実力が分かるデータある?」


「すぐに準備します!」


 足早に部屋を出ていく美人秘書。にしても黒いビジネススーツに浮き出るヒップのラインがなんとも……ち、違うんだチトセ!これは単なる感想……


「……チトセ?って誰だっけ……」


 今さっきまで誰かと一緒にいたような気がするが……気のせいだろう。こんな高層オフィスビルの一角にある俺専用のオフィス。何も足らないところなんてありゃしない。


 見てみろ、テーブルの上には最新の画像投影型ディスプレイにおしゃれなデザイン過ぎて何に使うのか見当もつかないインテリアが整然と並び、おまけに左手もちゃんとある……左手がちゃんとあるなんて、何か当たり前のことを言ってる気もするが……


「静か過ぎるな……」


 何だろうこの静寂は……妙に寂しく感じる。


「犬でも飼うか……」


「主任!例のプロジェクトについて、社長ら重役が是非話を聞きたいと仰っており、今夜のパーティーに参加してくれないかと申し出がありました!」


「うひっ!?わっ、分かった。予定を入れといてくれ!」


 何となく感じる物足りなさから、部屋を眺めまわしているところに飛び込んできた美人秘書に驚かされる。


「承知しました。それでは19時にいつものようにお迎えにあがりますね。それから……パーティー後の予定も、空けときますね」


「え?おっ、おう……」


 やっぱり足りないところなんて、何もない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ