報告書24「南千住駅ダンジョン」
長かった渋谷駅ダンジョンでの、カヤベさんとヘルハウンド……人狼の一件はようやく終わりを告げた。後に残ったのは、イクノさんに背中を押され、チトセに尻を叩かれ、メタ犬に手を噛まれながらなんとかまとめ上げた、この事件の詳細が書かれたレポートだけだが、きっとこれはセブンシスターズと称される大企業連中を相手にする時の大きな力になるだろう。いつだって最強の力とは情報なのだから……
「とは言え、この業界の中で俺たちスペキュレイターは所詮は使い捨て。死線をくぐり抜け、少しばかりの反撃をしたところでそれは変わらずか……」
「あんたもこの業界の闇がようやく分かってきた様ね……前から分かってたと思ってたけど」
俺が1人ゴチる事務所に、いつものようにハイテンション……でも無く“普通”に入ってきたチトセ。なんだ珍しいな。
「そんな私達に、アタリが回ってきたわよ」
「アタリ?」
「この業界じゃね、イイ報酬が貰える任務をアタリっていうのよ。イクノ、説明お願い」
一緒に入ってきたイクノさんは、いつものように冷静だった。
「今回のわしらが請け負った任務は、南千住駅ダンジョンに“置き忘れた”という装備品の回収じゃ」
「置き忘れたぁ?随分と呑気な話だなぁ」
「ま、たまにはこういう骨休め系の任務も悪くないでしょ。はいこれ、回収対象の忘れ物の座標ね。まっ、南千住駅ダンジョンと言えば結構前に自衛軍が展開してたって場所だし、忘れ物ってより”遺失物”って感じもするけどね。フフ、ちょっと不謹慎?」
「それに報酬は悪くないし、何も出てこなけりゃ30分で帰れるんだからアタリに違いないわ。リソーサーに会わなきゃピクニックだと思いなさい」
自分でアタリと言いながらも、どこかいつものハイテンションとは言えないような気がするチトセ。なんだ?何かあるのか、この任務。
<<今回はお散歩感覚で出発だワンね!?ダンジョンでかけっこして〜、拾って〜、帰って〜、おもちゃで遊んで〜、報酬がガッポガッポ!うっは〜〜!!神任務ワンッ!!!>>
「まぁ最近キッツイ任務ばっかりだったからな。たまには……」
<<……って思ってるのはお前だけワン!警戒レベル上げとけワン!絶対なんか出るワンッッ!!>>
「ぐっ……!」
これはバカ犬のいつもの虚仮威しなのか?それとも……あー、やだやだ。
いつものメンツで我らがMM社の事務所からコーギー号を転がすこと数十分、目的地である南千住駅ダンジョンに到着した。これまで行った新宿駅ダンジョンや渋谷駅ダンジョンに比べると小規模だが、気のせいだろうか、この嫌〜な雰囲気は……
「隔離壁を越えて無事中に入れました。ところでイクノさん、ここな〜んか嫌な雰囲気を感じるんすけど、気のせいすかね……なんか空気が重いっていうか……」
<<うむ……南千住駅ダンジョンは以前、自衛軍による大規模な掃討作戦が行われた場所なんじゃ……世間的には、多くのリソーサーを破壊し地下に押し込めることに成功したことになっておる作戦をな……>>
「世間的には……と言うと?」
<<実際には、自衛軍側にも相当数の犠牲者が出たため、押し込めるのが精一杯だった……というのが真相だと言うのが専らの噂じゃ……>>
「マジすか……」
てことはここは戦場跡……無念仏がウヨウヨって訳か、おーやだやだ。
「それだけじゃないわよ」
そう言うなり、前を歩いていたチトセがピタッと足を止めた。
「ねぇイワミ、南千住ってさ……昔“処刑場”だったの、知ってた?」
こちらに振り返るチトセの顔は、笑ってるように見えて、目が笑っていなかった。
「江戸時代、“小塚原刑場”って呼ばれてて、罪人やら反体制派やらの首、毎日のように飛んでたんだって。
あんたが今立ってるその辺、たぶん地面の下、骨だらけよ。うっかり踏んだら呪われるかもね」
俺が眉をひそめたのを見て、彼女はニヤリと口角を上げた。
「しかも、首斬り役人が使ってた刀、今もお寺に残ってんの。血の染みもちゃんと残ってるらしいわ。
あ、もしかして……駅ダンジョンの方にも、“何か”残ってたりしてね?」
わざとらしく首を傾げて、上目づかいで言う。
「ほら、そういうトコって、出るじゃない? 未練とか、怨念とか。
ま、私はそういうの気にしないけど? あんたはどう? ……震えてんの?」
「俺だってそそそそんな話、気にする訳ないだろっ」
「なら良かった」
不気味な笑みを浮かべながら、向き直り再び歩き出すチトセ。何がしょっしょ処刑場だ、俺はそんなの全然気にもしない……
<<へいへいイワミがビビってる、へいへいへいワン!>>
「うううるさい!リソーサー風情に人間の心の機敏が分かってたまるかっ」
壊滅した自衛軍に、処刑場跡地か……くそっ、どいつもこいつも噂話なんてうんざりだ。でもだ、何が引っ掛かるんだよな、この重苦しい空気。こりゃ忘れ物回収して終わりってわけにはいかないかもな……




