報告書23「後始末」
あれから数日、久しぶりに晴れた日の午後、病院からの帰り、コーギー号車内。黙ってハンドルを握るイクノさん、助手席で後ろに流れる外の景色を眺めるだけのチトセ、後方荷台で所在無く2人を後ろから見るだけの俺。
<<ワンワン!お外だワ〜ン!>>
そしてあっち行ったりこっち行ったり立ち上がって外を眺めたりと、落ち着きもなければ空気も読まないメタ犬。これだから機械は……
<<うるさいワン!重苦しい空気になる理由がどこにあるワン!カヤベというウェイスターからヘルハウンドを取り除き、生命活動にもなんの異常も無しの最良の結果だワン!>>
「その代わり記憶の大部分は失っちまったじゃねぇか!辛うじてチトセやイクノさんのことは覚えているが、あくまでも昔の2人との思い出だけ!PT組んで渋谷駅ダンジョンに行ったことどころか、KM社に所属していた事すら忘れちまったんだぞ!」
<<今さらなんだワン!こうなる事は分かっていたワン!むしろ昔の楽しかった記憶だけが残ったんだから、大成功じゃないかワン!>>
「そりゃ確かにそうかもしれんが……」
メタ犬の言うとおりではある。KM社でエリート社員とは名ばかりのヘルハウンド運用のための実験体として扱われ、おまけにそのヘルハウンドに意識を乗っ取られ、何人もの同僚をその手にかけた過去は綺麗さっぱり忘れちまったんだから。これで良かったと言えば良かったのかもしれんが……
「なっ、なぁチトセ」
「……何よ」
「カヤベさん無事で良かったな」
「そうね……」
この"そうね"は明らかにそうだと思っていない"そうね"だ。チトセらとはなんだかんだ長い付き合いだ、何となく分かるというもの。
<<ちょっとキモいワン……>>
黙れクソ犬。こちらの問いかけにも微動だにせず外を眺めるチトセの横顔からもそれは感じられる。
「わしは思うんじゃが……カヤベはきっと時が経つにつれ、失った記憶を求めるようになるんじゃなかろうか」
運転席からのイクノさんの言葉は俺が感じていた、カヤベさんの命が助かっただけではきっと終わりではないだろうという、この先の漠然とした不安を端的に表現したものだった。
「私も……そう思うわ。そしてきっとそれは止めても聞かないだろうとも。自分の過去と向き合うのと、過去に蓋をするのと……どっちが本人のためなんでしょうね」
「……チトセはどっちだと思う?」
「そんなの……私には分からないわ。答えはどちらかじゃなくて、カヤっちが自分で選んだ方なんだから」
「どっちを選択しても、セブンシスターズの一角の大企業、KM社は黙ってないぜ。何せ躍起になって証拠隠滅をしてるんだからな。渋谷駅ダンジョンで救出部隊という名の後始末部隊から逃げおおせたのも、イクノさんが抜け道を探してくれたお陰だしな」
「KM社何するものぞ、セブンシスターズ何するものぞ、よ!このまま闇に葬ろうたってそうはいかないっての!二度とカヤっちに汚い手ぇ出せないよう、けちょんけちょんにしてやるんだから」
「そうこなくっちゃな!」
「ならばまずは腹ごしらえじゃな!いつもの店につけようかのう?」
「そうね!今日は食べまくりましょう!帰ったらやる事が山ほどあるんだから!」
「おー!」
その後、俺たちは食べまくった。渋谷駅ダンジョンで失った気力と体力を取り戻さんとばかりに食べまくった。そして事務所に帰り、みんな思い思いの場所で寝た。行儀もへったくれも無かった。そして陽が昇った。
「うぅ〜ん……今何時だ……?」
ワンワンと騒ぎ立てる声で目が覚めた。ここは……どうやら自分の部屋の床の上のようだ。どうやらベットまでは辿り着けなかったようだ。
<<さっさと起きるワン!イクノご主人もカヤベご主人も、もうとっくに起きて行動を始めてるワン!>>
「むにゃむにゃ……行動って何のだぁ?」
<<カヤベの新しい個人情報の作成はもちろん、KM社が事故死と発表したセセキとシベツの死の真相!ウェイスターにデジタルゴーストを憑依させる人体実験!次々と抹消されていくそれらの情報を、まとめ上げる行動だワン!>>
「……朝から随分とご機嫌斜めだな、そんな早口で喋るなんて」
<<ご機嫌……ご機嫌斜めだワン!?当たり前だワン!今回一番働いたのは、いつもの如く01だワン!なのに誰もヨシヨシもナデナデもしてくれないワン!お前は何だ、2人にヨシヨシされていい気になりやがってワン!>>
「あぁ……昨日の店での食事の時か……何がヨシヨシだよ、ちょっと褒められただけじゃないか」
<<うるさいワン!もう知らないワン!入手したヘルハウンドの骨コードの欠片もお前にはやらないワン!ワンワン!>>
何だすっかりヘソ曲げやがって……しかしバーゲストなんて大層な名前が付いているが、犬を基にしてると考えると公平性やご褒美にうるさいのも当然か。仕方ないな……
<<……?何を持ってるんだワン?>>
「チトセが一本くすねていたんだ。メタ犬にも気付かれないとは、やっぱ一流だな。盗みのテクは」
そう言って小型コンテナから取り出し、起動して放り投げた複合センサーにメタ犬が飛びついたのは、まさに目にも止まらぬ早業だった。
<<ワンワンワンワン!持ってきたのなら早く言うワン!!ハイテクはやっぱり匂いが違うワン!>>
「まぁ、な、ほら。メタ犬はどうせ自分が助かるために動いただけなんだから、お礼言うのも違う気がしてな、なんて……」
<<ワンワン!もう1回投げるワン!>>
もはや聞いちゃいねえ。まるで投げたボールを取りに行く犬の如くはしゃぎまくる姿は駄犬そのものだが……俺はこいつのお陰で助かったのも事実なんだよな。認めたくは無いが。




