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報告書22「カリング・プログラム」

 動かない戦況、進む侵食進行率、好転しない事態。カヤベさんが人狼化した原因であるヘルハウンドを倒すため、キ影を通じてカヤベさんの移植された演算核に接続したが、ことは簡単には運ばず、逆にヘルハウンドが俺の身体を乗っ取ろうと動き出した。早くなんとかしないと今度は俺自身が次の人狼になってしまう。


<<侵食進行率50%だワン!もう半分まできたワン!このまま人狼を襲名して二代目になる気かワン!?さっさと何とかするワン!>>


「だから今こうして戦ってるだろ!お前も何か策を考えろ!」


<<ワンワン!とりあえず記憶を全てコードにしてバックアップを取って後で別の……>>


「クソ犬が負ける前提で考えるな!俺はこの肉体に愛着があるんだからな!>>


<<なら早く何とかするワン!>>


「どちくしょうめ!」


 力強く踏み込み、ヘルハウンド目掛けきて斬り込むが、ひらりひらりと横に後ろにと捉えどころ無く飛び、一太刀も浴びせる事ができない。空は半分以上が焼け落ち、地上もあちこちが炎に包まれ、まさに地獄の様相を呈してきたこの状況、認めたくは無いがちょっとばっかし考えが甘かったかもしれない。


<<ちょっとじゃないワン!大分だワン!!>>


「うるさい!そうやっていつもいつも人の脳内を覗き見しやがって……覗き見……」


<<どうしたんだワン!?>>


「メタ犬!ヘルハウンドが記憶を侵食し掌握できるのなら、こちらからもカヤベさんの脳内と繋がったヘルハウンドの演算核を掌握できないか!?」


<<そんな事をしてどうするワン!?>>


「それでカヤベさんの記憶を取り出して、生身の脳の方に移すんだ!あとは脳とヘルハウンドの演算核との接続を切断すればプログラムでは消せないはずだ!」


<<!!なるほどワン……やってみるワン!だけど生身の脳の容量では移せる情報は限られてくるワン!自己を決定づける記憶を取捨選択する必要があるワン!>>


「それならチトセとイクノさんと何とか話せないか!?」


<<全く注文が多い料理店だワン!少しは遠慮しろワン!……カヤベのPTネットワークに割り込み成功だワン!話せるワン!>>


 文句を言いつつも次々と実行するメタ犬。これは一筋ではあるが光明が見えて来た。まさに地獄に降りて来た一本の蜘蛛の糸だ。蜘蛛嫌いだけど。


<<ガガ……チ……ガ……チト……チトセ!カヤベさん!イクノさん!聞こえるか!?>>


「あんた一体何やってるのよ!?あれから微動だにしないけどヘルハウンドと戦ってるってどういうこと!?」


「うぅ……早く逃げてイワミさん……あなたまで人狼に……」


<<お主の身体に得体の知れないファイルがアップロード中で止められないんじゃが、無事なんじゃな!?今のうちに接続を切らないと……>>


<<待ってくれ!ヘルハウンドを倒す方法を思いついたんだ!3人でとにかく思い出を話すんだ!>>


「はぁ!?今は同窓会をしている場合じゃ……」


<<場合なんだ!ヘルハウンドは機械的手法で襲いかかって来ている!なら俺達は人間の部分で対抗するんだ!>>


「ちょっと!どう言うことか、詳しく話しなさいよ!」


<<つまり……ガ……ガガ……自己を……ガガピー>>


 切れてしまった。幸いこちらの感覚はまだ生きているから向こうの話は聞けるが……後はカヤベさんの脳の奥底に強烈に印象付けられている大切な記憶や想い、感情があるかだ。それに関する情報だけでも移せれば、あるいは……


「あのバカ……思い出話しろって、いきなり一体何なのよ……」


「思い出……そういえば学生時代を覚えてる?身体の弱かった私をいっつもチーちゃんは守ってくれて、イクちゃんはいっつも面白い話をしてくれた。あの頃が一番楽しかったな……」


「カヤっち……」


「私は強いチーちゃんに憧れてた……だから告白したの。でも今思えばそんなの私の独りよがりだったわね。こんなにも弱い私がチーちゃんに並び立てる、一緒の目線になれると思うなんて。だから最後は……みんなを守れる強い私になりたいの……」


「私は強くなんて無い」


「え……?」


「リソーサー災害で家も財産もそして親も失い没落した私は学校でいつも浮いていた……そんな私と対等に仲良くしてくれたのはカヤっちとイクノだけだったわ。カヤっちをバカにする奴らを片っ端から殴り飛ばしていたのも、ただ単にカヤっちを失いたくなかっただけ。つまり私は1人じゃ何にもできない弱い自分を隠していただけに過ぎないの」


「じゃあ、私の告白を断ったのも……」


<<あの時のチトセは大分悩んでおった。カヤベの前では常に強い自分を見せたいと思っておったんじゃが、友達から関係が一歩進んだだけで、弱い自分が露呈してしまうんじゃないかと思っておったようじゃ>>


「私は臆病で、自分のことしか考えてなかった。それが結局カヤっちを追い詰めてしまった……だからお願いだから……1人で強くなんてならなくていいのよ……」


「ごめん、ごめんねチーちゃん。でも……最後にお話しできて良かった……」


<<いかん!自らカリング・プログラム起動手順に入りおった!>>


 チトセの心の吐露を聞いてると胸が熱くなるのが分かるが、今はそれどころじゃない。カヤベさんの奥底にあるもの、一番強い想いが分かったんだ後は頼むぞメタ犬!何とかしてプログラム起動に間に合わせるんだ!


<<任せろワン!今の話で特に反応を示した記憶を優先して脳に移すワン!と、ヘルハウンドに勘付かれたワン!>>


「させるか!」


 キ影を鞘に収め、大小二刀を収めるそれぞれの鞘の急速充電を開始、間も無くして鞘の外からも分かるほど電撃を帯びた二刀それぞれの柄を握る。そしてメタ犬を止めようと焦ったのか、こちらに大きく飛び掛かるヘルハウンドを正眼に捉え……


「過充電重ね居合切り……雷雨!!」


 二刀同時居合切りによる雷を帯びた十文字の太刀筋を完全に避けきることは出来ず、地に落ちるヘルハウンド。真正面から飛んだのが仇となったな。けっ、散々人間をバカにしてたが、自らも人間の身体に長くいたせいか、焦ると冷静さを欠き、的確な判断が出来なかったようだ。


<<ぐ……おおおおお!おの……おのれええ!>>


「まだかメタ犬!プログラムが起動しちまうぞ!」


<<時間稼ぎご苦労だワン!脳への記憶情報の移動も演算核との切断も尾張名古屋だワン!>>


 光を放ち、その黒い身体が徐々に崩れていくヘルハウンド。カヤベさんのカリング・プログラムが起動したようだ。事ここに及んでは、後はもう信じるしか無い。カヤベさんの人間としての部分を。

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