報告書1「嵐の前触れ」
まだ脳内が静けさを保っていた頃……つまり口やかましい赤目の黒犬とまだ出会う前、俺はあのバカ犬が言うとおり“いい刀”を持っている以外は、“普通の”人間だった。いや、左腕を失っちまったんだ、高性能の義手が付いてるのは言え、普通以下かもしれないなちくしょうめ。
そりゃ昔は、大企業に入ったはいいが酷いパワハラの挙句に友に裏切られて左手を落とされ、気を失っていたところを今の会社に拾われて失った腕の代わりに義手を付けられ、色々あってクソ大企業の陰謀を挫いた事もあったが、今も昔の話さ。そんなに昔でも無いが。いやてか、こう思い返すとマジで色々あったな。
そんな俺も今じゃ、事務室に誰もいないのをいい事に、伸ばした脚を机に乗せちゃったりする不良社員……
そこへ何者かが階段を駆け上がって来る地響きが聞こえたので、慌てて脚を下ろす。扉を壊すかの勢いで事務室に入ってきたのはチトセだった。その表情を見るに、何やら腹に据えかねた事でもあったらしい。
「あーもう腹立つ!自衛軍の分からず屋どもめ!あんたらがリソーサー絡みの利権握ってられるのも私達がBH社叩き潰したお陰だってこと知らないのかしら!?」
「そりゃ知らんだろ。だから俺達ものうのうと生きていられるんだから」
俺をはめた大企業ことBH社は俺(達)のきっちり復讐した……その過程で、ササヤさんと言う大切な仲間を一人失ったが。あれから音沙汰の一つもありゃしない。
「一体どこで何をしているのか……」
「……あんたさっきから何1人でぶつぶつ言ってるのよ。独り言は怖いからやめてよね」
「独り言じゃないっての。これまでの活動報告書をまとめてたんだよ」
「あらそう。それじゃあこれも付け加えておきなさい。高輪ゲートウェイ駅ダンジョンに現れた正体不明の謎のリソーサー。ジェヴォーダンと仮称されてるそいうにもう何人も犠牲になってるのに討伐をウチでやるって言ったら自衛軍は聞かないどころか、駅ダンジョン封鎖して私達を締め出したとね!!」
「それでさっきからそんなにプリプリしてたのか。良かったんじゃないか?あっちが対処してくれるのならそれはそれで」
「はぁ!?……たくっ、これだから向上心も気概もない奴は……」
「悪かったなっ。金の亡者よりはマシだろ」
「何よっ!?」
「何だよっ!」
「はいはいやめんか……とにかく自衛軍は高輪ゲートウェイ駅ダンジョンを閉鎖、大規模な山狩りならぬ駅狩りをするそうじゃ。投入兵力は一個大隊規模だとか」
遅れて事務室に入った来たイクノさん。ツナギのポケットに手を入れたまま、まるでいつもの事でも言わんばかりに俺とチトセを流す。
「ふんっ。数だけ揃えても、あいつらに何ができるってのよ!今日はもう仕事終わり!勤務ここまで!」
それからチトセは一方的に勤務時間終了を宣言したと同時に戸棚から出したクズ酒やらジンライ酒を喰らってさっさと酔い潰れてしまった。こりゃ自衛軍と何か一悶着あったな。剥き出しの腹を掻きながらソファで寝転ぶチトセを見ていると、何やらモゴモゴ言い出した。なんだ、寝言か?
「むにゃむにゃ……なぁにが自衛軍よ……エキチカを守りなさいよ……Zzz」
……こいつにしてもどうやら金以外にも何か思うところがあるようだな。仕方ない、風邪引かれちゃ困るからな。ソファにだらしなく寝転ぶチトセに毛布をかけてやる。
「チトセに気があるのは構わないんじゃが、寝込みを襲うのはどうかと思うのう」
「ぬああっ!イクノさん!ちっ違うんです!ただ毛布をっ……!」
「やれやれ……冗談じゃ。それにしても取り乱すと尚更怪しいだけじゃぞ」
「とっとり乱してなんかいませんし!?イクノさんこそどうしたんですかこんな夜中に?」
「うむ……リソーサー一体の討伐に自衛軍が駅ダンジョン閉め切って一個大隊投入とは確かに怪しくての……暇じゃしちょっと調べてみようと思っての」
「そうですか……俺はもう寝るんで失礼しますね」
「うむ、おやすみなのじゃ。チトセにはさっきのことは黙っておくから安心せい」
「だっだからそんなんじゃないんですから!」
イクノさんは技術者としての腕も確か、情報分析も大得意、そして何より勘が鋭いのだ……




