報告書15「夜」
渋谷駅ダンジョン地下5階に到達したはいいが、唯一の通り道が謎の爆発により塞がれ、閉じ込められてしまった俺たち……チトセ、カヤベさん、セセキさん、シベツさんそして俺ことイワミの5人。地上のコーギー号の中で待機しているのでこの場にはいないが、オペレーターのイクノさんと辛うじて通信が繋がっているのが唯一の救いか。
<<01もいるワン!>>
「実体も無い奴がこの状況にどう影響するってんだ。話をややこしくするな」
<<ワンワンワン!実体ならこの身体の半分は01のものでもあるんだワン!>>
「そうはいくか。大人しく座敷犬してろ」
隙あらば身体の所有権を主張しやがってこのメタ犬め。俺の身体で電柱にオシッコなんてさせるかってんだ。
「何また1人でブツブツ言ってるのよ!来たわよ!」
<<ヒカリエ側にリソーサーの反応が複数あるのう!周囲を警戒するのじゃ!>>
「ヒカ……何ですって?光なんてどこにも差してないですよ」
「アホ!ヒカリエ!あっちからリソーサーが通勤ラッシュだっつってんの!」
チトセに無理やり変えられた頭の向きの先で蠢くのは、天井の通気口から、床の排水口から、壁の穴から次々と出てくるリソーサー共だった。機動鎧甲を装着した人間では到底通れないような場所から侵入してくるとは、リソーサーってのは柔軟なんだな、くそったれ。
「セセキは待機、シベツは援護。モタモタするな」
「私たちも行けるわよ。水臭いわね、同じPTでしょ」
「……そうね。じゃあイワミ……さんは前衛をお願いね」
「おうよ!」
今度の戦いでは、カヤベさんはあの能力を発動せず普通に戦っていたが、そこそこの数がいたリソーサー相手にも苦戦はしなかった。カヤベさんが戦いながらもこちらをチラチラ見ていたが、俺に惚れたか?それともチトセに付く悪い虫と思われているのか?
「ふぅ、終わったわね。私たちは閉じ込められてるのにリソーサーは出入り自由じゃ、資源が集まるのは嬉しくてもジリ貧ね」
「セセキ、総合指揮所から連絡は?」
「はい、ここまで通ったルートも先ほどの爆発で塞がってしまったため、到達までには良くて3日はかかるそうです」
「3日?全く上の連中は……幸い物資は足りるけど、とにかくここをベースキャンプとする他無いようね。セセキとシベツの2人でレベル3の警戒線を設置、急げ」
「承知しました」
「厳重だな。まっ、当然か」
「手伝いますよ」
「私も。KM社の装備品を見たいし」
「それならチーちゃんには私から説明するわ」
「え?あらそう……ならお願いしようかしら」
瓦礫に腰掛け談笑を始める2人を尻目に、コンテナから装備を出して設置する俺達。ありゃチトセを見るカヤベさんの目はきっとハートになってるな。それにしても設置式の熱源、音響、振動、磁気等の複合センサーとそれに連動した指向性地雷?セブンシスターズともなるとこんな高級な装備品が支給されるのか。1個くらいお土産にくれないかな。
<<こんなおもちゃで警戒だなんて、甘いんだワン〜>>
「お前みたいなセンサーにも映らない陰キャがそうそういてたまるか」
複合センサーと指向性地雷からなる警戒線を自分達を取り囲むようにグルリと設置。これで上下左右どこからリソーサーが来ても、PTネットワークに繋がっている俺たちメンバーはすぐに探知できるって寸法だ。チトセとカヤベさんの所へ戻ると、2人して湯を沸かして何やら飲んでる所であった。仲がよろしくて結構の事だ。
「警戒線の設置完了しました」
「ご苦労。あっ、それとイワミさん。うちの者を手伝ってくれてありがとう。お礼でも無いけどこれをどうぞ」
そう言ってカヤベさんが差し出してきたのは、湯気が立ち上る紅茶であった。
「そんな大したことなんてして無いんすけど……遠慮なく頂戴しますね」
この柑橘類の立ち上がる香り、アールグレイかな?エリートはやっぱりおしゃれ……苦い。とにかく苦い。チトセが淹れたのか?いやチトセはコーヒー派だからな。となるとやっぱり……
「さて、今日はもう遅いし各々食事を取って休息だけど、警戒線を張ったからと言って全員が一度に休む訳にはいかないわね。2人づつ交代で見張りを立てましょう。初めはシベツと……イワミさんお願いできるかしら。後で交代に行くわ」
「構いませんよ。なんたってMM社とKM社の共同受注業務なんですから」
「それじゃ行くか。センサーから出てる赤い線を遮るなよ。途端に爆発するからな」
シベツさんと2人でベースキャンプから少し離れた場所に座り、周囲を警戒する。今のところリソーサーの反応は無いが、寝込みを襲う気かもしれないからな、油断はできない。
「それにしてもお宅んところのシャチョーはやり手だな。魔犬の騎士様をあそこまで手懐けるなんてよ」
「2人は昔馴染みらしいっすけど、ウチのシャチョー……チトセに呆れないのが不思議っすよ。あのキリッとした魔犬の騎士……カヤベさんが。どこか不安定な感じはしますけど」
「それはあの試作品の機動鎧甲のせいかもな。俺たちは戦果を記録するだけだから詳しくは知らされてねえが、何でも今までのものとは全く違うらしいぜ」
「へぇ……」
「ところで小便に行きたくなっちまった。ちょっくら行ってくる」
「了解っす……」
魔犬の騎士……試作品の機動鎧甲……人狼……なんだ……急激に眠気が……
<<ワンワン!>>
「うおっ!?」
頭の中の闇が払われ、意識が戻る。くそっ……寝ちまったようだ。これじゃあ見張り失格だよ。シベツさんが起こしてくれたのか……?
「すんませんシベツさん、ついボーっと」
返事がない。目を擦りつつ辺りを見渡すが、いるはずのシベツさんがどこにも見当たらないのだ。確かトイレに行くと言っていた気がするが、いくらなんでも長くは無いか?
「シベツさーん?」
識別信号の反応も無いがオフにでもしているのだろうか。まさか俺がトイレを覗くとでも思ったのか?仕方無いので個別通信で呼びかけながら辺りを探すが、姿が見えない。
「交代に来たんだけど……どうかしたのかしら?」
「あっ、カヤベさん。シベツさんがトイレから戻って来てないみたいで、姿が見えないんですよ」
「それはいつから?リソーサーが出たのかもしれないわ」
「まさか……センサーには何の反応も無いんですよ」
「そのまさかがおこったようね……」
「まさかって……うっ……!」
カヤベさんの視線の先にある柱の影、そこにはシベツさんの血塗れで横たわる姿があった。




