報告書14「魔犬の騎士」
渋谷駅ダンジョンを通れる道を見つけては下へ下へと潜っていくが、構造は大きく変わっても出没するリソーサーは人面獣のマンティコア、牛や馬の頭をしたゴズとメズ、半身馬のケンタウロスそして狼男のワーウルフと相変わらずの成り損ない共だ。だが以前のように苦戦はしなかった。何せ戦ったことのある相手で、こちらのコンディションも悪くなく、そして何よりもカヤベさん……"魔犬の騎士"が同じPTにいるのだから。
「正面から5……いや7体おかわり来たわよ!」
「くそっ!こいつを片付けてすぐい……」
ワーウルフ1体に手こずる俺の横から、ひるがえる外套の下から金地の機動鎧甲を輝かせつつ勢いよく駆け出したのはカヤベさんだった。正面のマンティコアを左手に持った盾で殴りつけ怯んだ所を右手に持った槍で串刺し……だけならまだ俺の出番もあった。その後ろにはまだまだリソーサーがわんさかいたのだから。
「<あ"あ"あ"あ"!!>」
カヤベさんの絶叫とも雄叫びとも判別できない、およそ先ほどの礼儀正しい美人のものとは思えない声が上がった次の瞬間、残りのリソーサーは次々と爆発していき……あっと言う間に後に残ったのは、散乱した残骸と硫黄の匂いと……呆気に取られる俺たちだけだった。俺がワーウルフ1体をようやく片付ける間に、カヤベさんは実に7体ものリソーサーをスクラップにしたのだから。
「カヤ……カヤっち……凄いわね……」
「あっ……ああ……これは"魔犬の騎士"様だな……」
<<あそこまでの破壊力を出せる機動鎧甲は見たこと無いの……>>
だが当のカヤベさんはと言うと、まだ僅かに動いているリソーサーを見つけると苛立つようにその頭を何度も踏み潰す姿からは、圧倒的勝利を収めた者というよりも、チトセがいつか言っていた、追い詰められている者のようだった。
「ちょっとちょっとカヤっち大丈夫?少し休憩しましょう」
「大丈夫よチーちゃん、これくらい何とも無いわ。ただちょっと……早く先に進みたいのに次々と出てきて、何というか、邪魔だなっ……て思っちゃっただけだから」
「そ、それならいいけど……」
普通は強くなるほど余裕が生まれるものだが、カヤベさんはあの若さで大企業のエリートになったんだ、色々苦労もあるのだろう。だが難易度高めとされる渋谷駅ダンジョンも特段の支障なくその最奥地、地下5階に到達できたのもひとえにカヤベさんのお陰なのは疑いようが無かった。
「情報部によると、この東京メトロエリア辺りにリソーサー・人狼が出没するらしいわ。セセキ、ここでキャンプするから用意を」
「承知しました」
「さっさと出てこねぇかな。明日は嫁と約束あっから早く戻りてぇんだが」
「シベツさんご結婚されてるんですか」
「まあな。仲間と命を共にするこんな稼業だ、スペキュレイター同士で結婚なんてのはありふれた話さ」
「ありふれた話っすか……」
何ともなしにチトセを見るが、何の興味も無さそうに携帯食らしきバーを大口開けて齧る我が社のシャチョーが目に入るだけだった。
「何よ?あんたも食べたいの?カヤっちに貰ったんだけどこれ美味しいわよ。さすが大企業、良いもん食べてるわね」
「チーちゃんのお口に合って良かったわ。まだまだあるから」
「なら俺も1つ貰おうかな」
「あら、ごめんなさい。やっぱりもう無いみたい。補給担当のセセキならまだ持ってるかもしれないから、ちょっと言ってくるわ」
「え?あっ、いや……そうですか……」
ちぇっ、俺も食いたかったな。それにしても向こうへ歩いていくカヤベさんの纏う外套の隙間から、青い光が見えた気もするが……機動鎧甲をLEDで飾るのが流行ってるのかな。
<<食い意地はってる場合じゃ無いワン!何か臭うワン!>>
「食い意地はってるのはお前だろ。珍しく大人しいと思いきや、食い物の匂いを嗅ぎつけた途端出てきやがって」
<<いいから周囲を警戒するワン!>>
「全く、おあずけされたのは俺もなんだからな」
メタ犬に言われ、仕方無いので周囲を見渡そうとした丁度その時だった。ここ地下5階に降りられる唯一のエスカレーター脇に転がっていた、リソーサーの残骸が大爆発したのは。
「うおっ!」
「なっ、何よ!敵!?」
「いや、違う!あそこの残骸がいきなり爆発したんだ!」
<<ガガガピーガガ……聞こ……聞こえるかの!?>>
「イクノ!聞こえるわよ!一体何があったの!?」
<<みんな無事かの!?爆発の原因は分からん!だが問題はそれよりも、唯一の出口が今の爆発で崩落した瓦礫の下じゃという事じゃ!>>
「はぁ!?また閉じ込められたってこと!?」
「どうやらそのようね。総合指揮所に救援を呼んだけど、ここまで到着するのには大分かかるみたい。これは長期戦になるわ」
突然の爆発により閉じ込められてしまった俺たち。まただよ全く渋谷駅ダンジョンに来るとろくな事がないな。だが逆に言えば、渋谷駅ダンジョンで籠城は既に経験済みってことだ。前は仲間との信頼の力で無事に脱出できたんだ。今回もきっと何とかなるはずだ。




