報告書12「鑑賞会」
力を使い果たし、トレーニング室で倒れ込む。当たり前だ、あれから三日三晩食事と睡眠以外はずっとここで鍛錬という名のシゴキを受けていたんだ、もうどうしたって一歩も動けないどころか立ち上がることさえできない。あのクソ犬め、なんだって元々は駅ダンジョンの闇に潜む陰キャのリソーサーだった奴にスパルタ熱血指導を受けなければならないんだ?
<<疲労レベルが限界に達しているのに、そこまで無駄口が叩けるとは大したものだワン!>>
「うぐぐ……この全身の痛みが引いたら、その尻尾の毛全て抜いてやるからな……」
その時、ガレージのシャッターが音を立てて開くのが聞こえた。そういえば今日は薄情はチトセとイクノさんがバカンスから帰ってくる日だったか。
「たっだいま〜!……って、あんたそんな所で寝転んで何してんのよ」
「見れば分かるだろ……休んでるんだよ……夏休みだからな……」
元気よくコーギー号から降りて来たチトセとイクノさんを倒れながらも横目で見たが、2人とも浮かれた顔しやがって。聞かなくても楽しい楽しい夏休みだったのは一目瞭然だ。
「なんと、休日だというのにトレーニングをしておったのか。その心掛け、見習わんとのお。置いてけぼりにしてすまんかったの」
「はいはい、偉いからお土産一杯買って来たわよ。上で一緒に開けましょ。てことで荷物運ぶの手伝ってちょうだい」
「うぐぐ……俺はもう疲れて、体中痛くて、一歩も動けん……」
「あらそうなの?残念ね……映像いっぱい撮ってきたから、雰囲気だけでもと思ったのに」
「なにっ!すぐに行く!」
みなぎる力、溢れ出すパワー!こうしちゃいられない!さっさと起き上がり、コーギー号に積まれていたお土産やら旅行カバンを運ぶのを手伝ってやる。
<<この疲労レベルでは動けないはずだワン……ウェイスターの底力恐ろしいワン>>
そして事務室で、お待ちかねの上映会。立体投影機にチトセがいちいち解説しながら次から次へと表示していくが、俺は全く話も聞かずに、単なる撮影画像とは違う、臨場感すらも感じられる水着姿……映像ばかり見ていた。
<<ワンワン!こんなテックも持たない薄布一枚のウェイスターのどこが良いのか、理解できないワン>>
「ああそうだろうな。いいからメタ犬はそこら辺のラジカセにでも腰を振ってろ」
「01たち機械生物には性別なんて無いワン!下品な行為でしか自己複製できないウェイスターと一緒にしないで欲しいワン!ワンワン!」
性別が無いって?つまらん種族なんだなリソーサーってのは。それにしても下品とはなんだ、下品とは。情熱的な行為を伴った羨望と言ってほしいね。
「それにしてもリアリティのある記録だな。まるで目の前にビーチがあるみたいだ」
「チトセが常に付けとった一般家庭用スキャナーは単なる映像だけでなく、3次元映像を記録できる代物じゃからの。あんまり付けっぱなしにしとるから、温泉にまでそのまま入るところじゃったからの」
「それは大変だ!そのスキャナー、俺がメンテしておいて……ぐわっ!」
「そんな記録は消したに決まってるでしょ。私のスキャナーに指一本でも触ったら、足踏むだけじゃ済まないからね」
「あぐぐ……お、俺はただこんな広くて綺麗なビーチでおまけに最新の設備まである施設が気になっただけで……」
「うむ、確かに目を見張る豪華さじゃったからの、一生の思い出じゃ。これも全てカヤベのお陰じゃのう」
「本当よね。ほら、今映ってるのがカヤっちよ。カヤっちは今ではKH社の準一級エリート山師で、こんな豪華な保養施設をタダで使いたい放題のパスまで支給されているから、私たちもご相伴にあずかれたってわけ」
角菱マテリアル、通称KM社と言えば、BH社無き後にこの特殊資源回収業界で急速に勢力を拡大した企業、通称・セブンシスターズの一角を占める大企業……そんな所のエリートスペキュレイターと来たら俺たちとはまさに住む世界が違うな。おまけに美人だし。
「何でそんなエリート様が突然旧交を温めようなんて言ってきたんだ?」
「うーん……それがよく分からないのよね。カヤっちとは私が自衛軍に入隊する時に挨拶に行って以来、連絡取れなくなっちゃってたから……」
「てことは、その会いに行った時に何かあったんだろ〜?どうせ俺みたいに奴隷同然の雇用契約書にサインでもさせようとしたんだろ」
「……」
「……?」
半分冗談っぽく言ってみたが、チトセの様子がおかしい。いつもなら、遠くてブラスター、近ければ蹴りがくる所だが、俯いてしまったのだから。しかも気のせいか、顔をやや赤らめてやがる。
「まっ、まぁカヤベもやりたい事があったんじゃろ。それにここまで大出世したんじゃから、息抜きが必要だったんじゃないかの」
「そっ、そうね。何だかとても疲れた顔をしてたし。せっかく海に来たってのに、上着も脱がないし」
確かにそれは気になる。映像の中のカヤベさんは、常に上着を羽織っており、肝心の水着が見れないのだから。チトセめ、上がダメならせめて下を撮るぐらいの機転を効かせろってんだ。
<<このカヤベってウェイスターはなんだかいい匂いがするワン>>
「このスケベ犬め、着衣趣味とはな。立体映像相手に何が匂いだ。そろそろ本性が……ぎゃっ!」
思い切り左義手に噛み付いてきやがった。手をぶんぶん振り回すが離れやしない。
「何突然奇声上げてるのよ……そうそう、大事なことを話すのを忘れていたわ。次の仕事はカヤっち、KM社と共同受注でやる事になったわ」
「(くそっ、離しやがれクソ犬……!)きょっ、共同受注?」
「カヤベがどうしてもと言ってきての。KM社なら共同戦線張らなければこなせない仕事なんて無さそうなんじゃが」
「何か事情でもあるのかしらね。でもいいわ、望むところよ。消耗品も融通してくれるって言うし。それに……」
「それに?」
「やっぱり心配なのよ。カヤっち、なんだかすごく疲れてたし。それだけじゃない、何か追い詰められてる感じもしたって言うか……」
大手企業と聞くと、さも高待遇なんだろうと想像するが、実際はそうとは限らない。なんせ、短期間で急成長した企業なら、大抵何らかしか裏がある訳だからな。そんな裏なんて知りたくも無かったのが本音だが……




