報告書10「闇の奥」
闇の中に潜む大蝙蝠を探すのに、自らが闇になる羽目になるとは。しかもその闇というのが、脳内に潜む得体の知れない黒犬の力なんだからたまったものじゃない。猫の手も借りたいと暗闇に手を入れたら、飼い犬に噛まれたといったところか。
<<01は飼い犬になった覚えは無いワン!>>
「考えをまとめてるんだよ。いちいちツッコミを入れるな」
身を屈め、そろそろと車両内を進む。先へ行けば行くほど、スペキュレイターの亡骸が一つ、また一つと目に入ってきた。ノブスマめ、今まで何人も手に掛け……いやがった。先頭車両に奴はいた。一丁前に天井からぶら下がってるところを見るに、あんな図体になってもまだコウモリのつもりでいやがるようだ。周囲を見渡すように首を動かしているのは、例の超音波センサーか……それでも見つかって無いってのは、メタ犬の能力は本物のようだ。
「やれる……!やや距離はあるが、いける!」
左腕義手でキ影の柄頭付近を持ち後ろに引き、大きく腰を落とす。そして狙いを定めて一気に駆け出した。もはや超音波による探知なんて関係ない、目の前に飛び出したんだからバレてしまったが、イケる!届く!
「気爆噴射片手突き・鬼雨!……はうっ!?」
一瞬手元が狂い狙いが外れてしまった。すかさずノブスマはあんなバランス悪い姿勢から身体を捻り、胴体への直撃を逸らしてしまったので、お陰で渾身の鬼雨は、皮膜に穴を開けただけで終わってしまった。
<<ワンワン!おおポカだワン!>>
「うるさい!」
戦闘態勢に入ったのか、身体を透明化するノブスマ。このままチトセの下に行かせるわけにはいかない!キ影を地面に突き立て、力一杯柄を握りしめる。
「刀身放電最大出力だ!遠雷!!」
通常では考えられない蓄電量を持つ、未知の金属を鍛え打たれた刀・キ影。その刀身に秘めたる雷を一気に解き放つ。狭い車両内で雷鳴と共に四方八方へと走る稲妻からはノブスマも逃れられず、激しい火花を散らした。たまらず姿を現し、そのまま逃げ出すノブスマ。
「チトセ聞こえるか!?奴に打撃を与えた!そっちに向かって逃げたから、飛び出したところを仕留めろ!」
<<オッケー!やるじゃない!>>
バッテリー残量はもうレッドアラートだが、ノブスマの後を追いかける。元はコウモリのくせになかなか足が早い。もう少しでチトセが待ち伏せている場所というところで爆発音に衝撃、そして飛んでくる破片が作戦の成功を物語った。
「チトセ!無事か!?」
「お陰様でね。姿丸出しで真っ直ぐこちらに走ってくるノブスマに一撃必殺の"クニクズシ"が命中、これにて一件落着ってわけだから、まあこれ以上の成果は無いわね」
「うへっ、ご自慢の鉤爪を使う暇も無かったようだな」
そこには、未だ煙が出る多目的ロケットランチャーを肩に担ぐ勇壮なるチトセと、その足下に倒れ込む胴体に風穴を開けたノブスマの姿があった。
「さっ、後は資源を回収してさっさと帰りましょう。それにしても今日はどうしたのよ?最後まで勘が冴え渡っていたじゃない」
「えっ?あー、え〜と、そうだな……俺も闇の契約で力を得たってところかな」
「はぁ?これは次の経過診察で先生に言っておかないとね。中二退行の症状が出てるんですが、前の事故での後遺症でしょうかって」
チトセにすっかり呆れられてしまったが、概ね事実を言ったつもりだったんだがな。まあ契約なんてしてない、押しかけ女房状態なんだが。
<<ワンワン!誰が女房だワン!>>
「そういう言葉があるんだよ。気にするな」
<<今回の成果は01のお陰だワン!これは一つ貸しが出来たということだワン!>>
「調子に乗るなよ駄犬。俺はまだ信頼したわけじゃ無いからな。機動鎧甲も勝手に操作しやがって。もしまたやったら、その尻尾踏みつけてやる」
<<ワンワンワンワン!>>
「だー!うるさいうるさい!」
チトセと2人でノブスマから資源を残らず回収。これにて任務完了と六本木駅ダンジョンの階段を登り、ようやく陽の目を見た時は、一際太陽が眩しかった。ずっと通信不能だったイクノさんとコーギー号で再会したが、随分と心配をかけてしまったのは、その顔だけで一目瞭然だった。
「全く……通信が途絶えたら一度戻って回復してほしいものじゃのう!どれだけ心配したことか……」
「もう、何度も謝ってるでしょ。地下でノブスマの罠にハマりそうになった時、イクノの重要さが身に染みたことだし、次から気をつけるわよ」
「俺もイクノさんに報告できなくて大変でしたよ。機動鎧甲のバーゲストから移植した部分が変な挙動するし……」
「ほう?それは興味深いの。バーゲスト?ジェボーダンから移植した外装はガレージでの実験では起動できなかったのじゃから」
「はいはい、仕事の話はここまで!任務達成した事だし、ここからは夏休みの話をしましょう!」
夏休み?そういえばそんな事を言ってた気がするな。しかし夏と言えばやっぱりあれだろ!
「夏休みってことはやっぱりあそこか?海に行くのか!?」
「もちろんよ。暗い暗い洞窟を出たら、行く先は太陽の光がさんさんと降り注ぐビーチに決まってるじゃない!」
「いいねいいね!」
「わしはパスしたいんじゃが……」
「あら、行きましょうよ。カヤっちからのお誘いよ。なんでも所属している企業の保養施設を使わせてくれるらしいわよ」
「おぉ、カヤベが来るのか?懐かしいのう!」
「そのカヤベってのは?」
「私とイクノとおなちゅーでよくツルんでた子よ。ここ最近は疎遠だったんだけど、つい先日連絡が来てね」
水着美女が3人、これは楽しい夏になりそうだな!絶対カメラを持っていこう!撮影データは鍵付きの個人用フォルダに保存すれば良いわけだし!それから……
「楽しそうなところ悪いけど……あんたは来れないわよ?」
「えっ?……え?」
「何すっとぼけた顔してんのよ。当たり前でしょ。女3人水入らずで水に入る中にあんたが入り込む隙間がある訳無いでしょ」
「ちょっと待てよ!荷物持ちとか、ナンパ避けとかで男手は必要だろ!?」
「私もそれなりに鍛えてるから荷物持ちは不要よ。ナンパなんか2、3回引っ叩けば退散するでしょ」
くそっ……くそおおお!俺は水着美女3人にオイルを塗ることも、浜辺で戯れることも、それどころか目に焼き付けることすらもできないのかああ!!夏は終わった……俺は未だ闇の中だ……
<<01は陽が強いとこは苦手だから丁度いいワン>>
「黙れ……!殺すぞクソ犬……!」
<<キャインキャイン!>>




