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報告書0「厄介な脳内同居犬」

<<ワンワン!聞け、このバカイワミ!>>


 やかましい!聴覚神経に割り込んで吠えるな!


<<そっちの道には行きたくないワン!理由は行きたくないからだワン!>>


 犬の散歩じゃないんだ、こんなところで拒否柴するな!


<<引っ張るなワン!いつかお前も同じ目に合わせてやるぞワン!そっちに行って欲しければ、抱っこして連れてけワン!>>


 左義手の出力全開、人工筋繊維が軋む音が聞こえてきそうなくらい力を入れても動きやしない。このクソ犬め、ここをどこだと思ってる!?


「い・い・か・ら、こっちに行くんだよ……!」


<<い・や・だ・ワン……!>>


「……あんたさっきから何やってるの?例のリソーサー退治の後遺症?それとも義手の調子が悪いの?」


「あっ、いや大丈夫だ……問題無い……」


「なら一人遊びしてないでしっかりしてよね。ここはもう御徒町駅ダンジョンの奥深く、リソーサー・オニグマの縄張りの中なんだから。アタッカーが不意打ちでも受けたら、笑い話じゃ済まないわよ」


「あっあぁ、分かってるよ……」


 側を歩くチトセに怪訝な目で見られ、呆れたようなため息混じりの突っ込みを必死に誤魔化す。そりゃそうだ、さっきから俺の引っ張りに激しく抵抗する、このミニ柴サイズの赤目をした黒いバカ犬が見えるのも干渉できるのも俺だけ。側から見れば一人芝居にしか見えないだろう。


 なんせこいつは、俺と死闘を演じ死んだはずのリソーサーを動かしていた“意思を持ったコード”……


 即ちデジタル・ゴーストなんだからな!


 そんなのが左義手を経由して脳内に寄生してるんだから、たまったもんじゃない!


<<寄生とは何だワン!お前みたいな低品質な有機物に好き好んで来たわけじゃ無いワン!>>


「あーはいはい!リソーサー、機械仕掛けの畜生の分際で口答えするな!」


 くそっ、このまんまじゃ倒せる奴も倒せやしない。最近この御徒町駅ダンジョンに住み着いたという熊型リソーサーであるオニグマの退治にチトセと来たはいいが、バカ犬のせいで全く集中できやしない!なんせこのバカ犬……


<<バカとは何だバカとはワン!バカって言う方がバカなんだワン!>>


 ……俺の脳内情報を記憶や思考も含めて読めるのだから。そしてやたらめったらギャン鳴きしやがる。


<<そろそろリソーサー・オニグマの目撃情報が最も多い地下通路に着くはずじゃ。オニグマは重装甲に怪力と、油断のならない相手じゃろうて、無理に正面から戦わず、不意打ちで仕留めるのが合理的じゃろうな>>


「抜かりはないわ。向こうに見つかるより先に見つけて、この多目的ランチャー“クニクズシ”をズドン。それでお終いよ。今回は私の愛銃達も出番は無しね」


 オペレーターとして後方支援してくれるイクノさんは、装備製作の腕も天才的。ツナギとショートカットが似合う若くて美人なんだが、喋りは年寄りのようだ。


<<でもお前よりずっと賢いワン!>>


 ガンナーとして両手に持ったブラスターと背負った多目的ランチャーで戦う女社長ことチトセの爆弾女ぶりは、まさにアマゾネスだ。


<<でもお前よりずっと度胸があるワン!>>


「あんたも周囲をよく警戒しなさい。今回のあんたの役割は、あんたの出番が無いようにする事、よ」


「分かってるよ。戦わなくて済むなら、それこそ御の字だぜ」


 そして俺ことイワミは刀を振るうアタッカーだ。機械だか生物だか分からない謎の存在、リソーサーと近接戦闘をするってのは本当に恐ろしい事だが、パワーアシストスーツである機動鎧甲を着込んで、日々戦いを繰り広げてる。


<<左手の義手と唯一無二の太刀“キ影”以外には何の取り柄も無いヘタレだワン!>>


 この3人が我らが零細弱小新興企業・MM社の全メンバーだ。


<<駅ダンジョンで狩った機械生物からひっぺがした資源を売って金を稼ぐ、悪党の集まりだワン!>>


「いちいちうるせぇ!大体悪党じゃねえ!政府公認の討伐請負稼業・スペキュレイター、山師だ!」


「シッ!何ブツクサ独り言言ってんのよ!あれを見て」


 チトセの目線を辿ると、崩れた壁の向こう側、横転した列車の側に身の丈3mから4mはあろう大きな影が……間違いない、リソーサー・オニグマだ。どうやら食事の真っ最中のようだが、あの“食事”が同業者で無い事を祈るしか無い。電気焼け、油そして生物の焼けた匂いが漂ってくるあたり、こちらが風下か。


「幸い気が付かれてないわね……手筈どおりいくから、あんたは周囲を警戒しておいて」


「了解だ、一発で決めてくれよな」


 背負っていた“クニクズシ”を降ろし、手慣れた手つきで発射体制に入るチトセ。直撃すれば主力戦車すら一撃で吹き飛ばすんだ、後は当たりさえすれば……


<<そんな簡単にいくかワ〜ン?>>


「黙ってろ……!」


 何一つ見落とすまいと周囲に視線を配る。チトセも攻撃準備完了のようだ。後は撃つだけ……こら、バカ犬尻尾を振るな、気が散る。その時、オニグマが何かに気が付いたのか、首を上げるのを見て息を飲む。


 チャンスとばかりに発射筒後方から噴き出す爆炎。飛び出した弾頭は吸い込まれるようにオニグマに飛翔し命中、大爆発……


「やったな!」


<<まだじゃ!>>


「まだよ!」


 爆炎から飛び出してきたのは、大きく身体が抉れ内部構造剥き出しとなっても、まだその目に殺意の光が灯るオニグマだった!あれで動けるのかよ!?


 チトセは両手にブラスターピストルを構え迎撃しようとするが、これじゃあ間に合わない!


<<ならお前が動くんだワン!大事な骨は、水面を吠えても落とすなワン!>>


「チトセ、今行くぞ!……って、れれれ!?」


 その時、確かに感じた。俺の意思が義手に流れ、義手からは力が出力されたのが。俺の神経が、あいつのコードと連鎖したーー……?


 バカ犬が俺の機動鎧甲の行動制御に無理やり干渉したのか、足が半分もつれつつもチトセを押し飛ばし、代わりに攻撃正面に立つ。だが愛刀“キ影”を抜こうにも、間に合わない……!


 まるで丸太でも振り回すかのようなオニグマの右手フックを咄嗟に左義手で受け止める。かなりの損害を受けてるはずなのに、まだこの出力を出せるのか!


<<いってえワン!義手への損傷が伝わってくるワン!01の本体が、今や義手にある事を……>>


「うるせぇ!」


 オニグマの奴め、ようやく右手で引き抜いた太刀“キ影”を何度も突き込み、最後の一撃にと柄を強く握り込んで刀身に発生させた荷電粒子ビーム刃ごと深々と突き刺したところで、ようやく動きを止めやがった。


 倒れ込むオニグマの巨体。全く、冷や冷や……


<<したのはこっちワン!さっきの損傷反応……もしかしてお前も死ねば01も消滅……死ぬって事ワン!?い、嫌だワーン!こんなしょうもない人間と共に消えるなんて嫌だワーン!>>


「俺はお前みたいなやかましいのが、一日中脳内で吠え回るのにはうんざりだよ!」


 くそっ……俺の忙しいながらも平穏な日々は、この一匹のバカ犬のせいで完全に消滅しちまったのか……?否!俺は絶対取り戻してみせる!このバカ犬を黙らせて、心休まる平穏な日々を!


<<こんな奴と一蓮托生なんて嫌だワーン!バカが感染るワーン!>>


 平穏な日々を……取り戻せる日は来るのか……?

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