川を目指す旅
僕たちは地図に従い、川を目指して歩いていた。
最初のうちは、足取りも慎重で、互いに目を合わせながら小声で言葉を交わしていた。しかし、熱風が突然顔にまとわりつき、髪を揺らすたび、赤のドラゴンが近くにいることを思い出さずにはいられない。目に見えぬ恐怖が心の奥にしみ込むようで、胸が痛んだ。三日も経つと、その痛みさえも薄れていった。恐怖や悲しみは麻痺し、ただ足を動かすことだけが目的になっていた。
赤のドラゴンの炎は凄まじく、人間を瞬く間に焼き尽くし、骨も残さず灰に変える。紫のドラゴンが吐き出す毒は粘り気があり、触れたものをじわじわと蝕むという。しかし黒のドラゴンについては、誰もその力を知る者はいない。噂だけが広がり、伝承の中では死者を操るとも、全ての光を飲み込むとも言われていた。僕もミラも、実際に死体を見たことはなかった。ただ、想像するだけで心がざわつく。
川へ向かう道中、風景は徐々に荒れ果てていった。木々は黒く焦げ、草は枯れ、川辺の小さな村の跡には焦げた家屋が散らばっていた。歩くたびに、足元に人の形をした灰や粘土が混ざっているのが見え、体が硬直する。しかし不思議と、恐怖はすぐに慣れに変わった。生きていること自体が奇跡のように思え、目の前の景色が現実なのか幻なのか、わからなくなることもあった。
その日の午後、熱風とともに赤のドラゴンの咆哮が空を裂いた。空が赤く染まり、遠くの山肌が燃えているのが見えた。ミラは小さく息を飲み、僕の腕にしがみついた。「また誰か…」その声は震えていたが、誰もいない川沿いに響くだけだった。やがてその声も、三日目の感覚と同じように、意味を失っていく。心が無になり、ただ歩くしかなかった。
夜になると、川のせせらぎがかすかに聞こえた。暗闇の中で水面に映る月光は、かすかに揺れて優しかった。僕たちはしばし立ち止まり、互いに言葉を交わすこともなく、ただ川を見つめた。川の向こう岸には、まだ人の気配があるように思えた。希望は、恐怖よりもずっと小さく、脆いものだった。それでも、次の一歩を踏み出す力にはなった。
翌朝、川に近づくにつれて、空気が湿り、風は冷たくなった。ここまで来れば、赤のドラゴンは避けられるだろうか。しかし黒のドラゴンはどうだろう。噂の中の存在は、現実よりもずっと恐ろしい。見たことのない死の形を想像すると、胸が締め付けられる。しかし僕たちは、それでも川を目指す。生き残るために、進むしかなかったのだ。
川辺にたどり着いたとき、そこには静けさと、奇妙な安心感があった。水は澄み、月光に照らされて銀色に輝いている。だがその静けさも、いつまで続くかはわからない。赤のドラゴンの炎、紫の毒、そして未知なる黒の影――。世界は依然として危険に満ちていた。僕たちは川のほとりで互いに目を合わせ、短く頷き合った。生きてここまで来た意味を確かめるように、静かに、しかし確実に息をつく。
そして僕たちは、川を越えるために最後の決断を下す。恐怖と麻痺の中で、希望だけを胸に抱きながら、進むしかなかったのだ。