表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

3種のドラゴン

この世界には、三種のドラゴンが存在する。

ひとつは、灼熱の炎を吐き、大地を焼き尽くす赤のドラゴン。

ひとつは、猛毒の息を吐き、森も川も人間すら腐らせる紫のドラゴン。

そして最後に――最も謎めいて恐ろしいとされる、黒のドラゴン。そいつは暗い靄を吐き出す。火でも毒でもない、正体不明の黒い霧だ。その危険性はいまだ誰にも分からず、ただ「近づいた者は帰ってこない」という事実だけが残っている。


火を恐れるのは当然だ。家も街も一瞬で灰にされる。毒もまた恐怖だ。吸い込めば肺は焼け、皮膚は溶け、数秒と生きられない。だが黒の霧は、それすら分からない。人を殺すのか、心を奪うのか、魂を呑み込むのか……。未知であることこそが、最大の恐怖だった。


なぜ僕がこんな話をするのか。

それは、これが作り話ではなく、僕自身が経験した“現実”だからだ。


――現在、西暦2030年。

人類が築き上げてきた文明はすでに崩壊している。

文化も国家も意味を持たなくなった。人はただ生き延びるために隠れ、息を潜めるだけの存在に成り下がった。


僕はその滅びた世界で、こうして記録を残している。誰に読まれるとも分からない文字を、廃墟の片隅で綴っているのだ。


かつて、ドラゴンは伝説や絵本の中の存在だった。空想の産物。誰もがそう信じて疑わなかった。しかし、2025年の「第一の襲来」でその幻想は終わった。

赤いドラゴンが現れ、ニューヨークを一夜で火の海にしたのだ。映像はネットに拡散され、SNSは炎に包まれる街の惨状で埋め尽くされた。人々は最初、それをCGや映画の宣伝だと思ったという。だが、翌日にはロンドンが、翌週には北京が焼け落ちた。もはや誰もが否定できなかった。


次に現れたのは紫のドラゴンだった。

それは炎よりも静かに、しかし確実に都市を死に変えた。毒の霧は空気や水に混じり、触れたものすべてを汚染した。飲み水は尽き、食料は腐り、人々は息をすることすら恐れなければならなくなった。マスクや防護服では防ぎきれず、多くが咳き込み、痙攣し、そして静かに絶えた。


赤と紫、この二種のドラゴンだけで人類は瀕死となった。各国は必死に武器を作り、軍を動かし、抵抗を試みた。だが戦車も戦闘機も、まるで子供の玩具のように破壊された。核兵器すら試されたが、ドラゴンにはほとんど通じなかった。むしろ放射能の大地に適応するのは人間ではなく、彼らの方だった。


そして――最後に現れたのが黒のドラゴンだ。

それは炎も毒も用いなかった。ただ静かに空を舞い、暗い靄を垂れ流した。霧は風に乗り、海を越え、大陸を覆った。人がその霧の中に入ると、どうなるのか。誰も確かめられなかった。霧に踏み込んだ兵士や科学者が、ひとりとして戻らなかったからだ。遺体すら残らず、ただ通信が途絶え、沈黙が残るだけだった。


黒い霧に覆われた街では、奇妙な現象が報告されている。

夜になると人影がうごめき、死んだはずの人間の声が聞こえる。ある者は「霧に触れた仲間が笑いながら歩き去った」と語り、ある者は「影が影でなくなり、こちらを見返した」と震えた。証拠はない。だが、恐怖だけは確実に広がっていった。


こうして人類は、戦う術を失った。

文明はわずか数年で崩壊し、都市は廃墟となり、通信網は断たれた。かつて当たり前だった電気も水も食料も、今や贅沢品に等しい。

僕は今、防空壕のような地下シェルターに身を潜めている。地上に出るのは危険だ。赤や紫はまだ見分けられるが、黒の霧だけは気付いた時には遅い。生還者がいない以上、避けるしかないのだ。


……記録を続ける理由は分からない。

ただ、僕が生きていた証を残すためかもしれない。

あるいは、これを誰かが読むことで、ほんのわずかでも未来に繋がるかもしれないと思うからだ。


ドラゴンの出現は、神話の復活ではない。人類の夢想でもない。これは現実であり、滅びの始まりだった。

僕はそれを“ノンフィクション”として記す。


――もし、これを読む者がいるなら、覚えていてほしい。

赤は炎、紫は毒、そして黒は……何よりも恐ろしい“未知”だと。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ