テイク-4【ひーろーのおしごと、ぜんぶやったのに〜!?】
地下駐車場。空気が違う。
静かな風が、どこからか吹き抜けていた。
カツ、カツ――
ヒールの音だけが、空間の奥に響いて消える。
冷たいコンクリ。吐息の温度がほんの少し白く滲んでいた。
ここだけ、時間が止まってるみたい。
「やっぱこっちが正解だったね♡」
ふっと、笑いが漏れる。
可愛い顔してやること怖いなこの女の子?
「不正解だよ♡ 真花ちゃ〜ん!!」
声が、背後から跳ね返ってきた。
振り返る。
スタッフの列。皇。魔法少女たち。
整列じゃない、囲むような立ち位置。逃げ道は、ない。
「いつの間に? さっきいなかったじゃん」
「私の魔法よ」
奏が、皇の隣で手を掲げていた。
その手のひらに、青い球体がふわふわと浮いている。
かすかな霧のように、空気がそのまま魔力に変わっていた。
「霧にして視界を隠してたってわけか〜 やるねー! 流石マジエトのリーダー雨宮奏♡」
指を銃の形にして、バンッと撃つフリ。
あざとく、わざとらしく、口角だけで笑ってみせる。
「もう一度聞くわ。戻って、一緒に仕事しなさい」
「みんな今日おかしいよ! 一昨日ようやく世界が救われたんだよ!? だったら今日ぐらい普通の女の子になってもいいじゃん!」
手を振り上げる。
語尾が尖る。
反射的に叫びが混じる。
でも――誰も顔色を変えなかった。
皇が、鼻で笑った。
「お前たちは、国民の正義のヒーローであり、アイドルなんだ。そんな偉大な存在が“男とどうしたい”とか、つまらん野望は捨てろ」
「ふーん…… そんなこと言うんだ」、と一度だけ吐いた声が、喉の奥でこすれた。
確かに、自分たちはアイドルで。
確かに、ヒーローかもしれないけど。
でも、そんなつもりで命を賭けたことなんか、一度もなかった。
ただ、そう呼ばれただけ。
勝手に持ち上げられて、勝手に拍手されて、勝手に祭壇に並べられた。
自分は、そんな国民のために生きてるつもりなんか――
五年。
五年、あった。
眠れない夜もあった。
口角が割れるほど笑い続けて、血を飲んで、戦って、
それでも――
この仕打ち。
喉が乾く。
指先に、震えが乗る。
なのに、口は勝手に笑っていた。
「アタシがマジエト辞めるって言ったら、売り上げも知名度も終わるかもね……だってアタシがこのマジエトのセンターなんだから!」
胸を張るつもりだった。
でも、響いたのは違った。
クスクス――
周囲の笑い。
目を逸らしながら、肩を揺らしている。
皇も、顔を手で隠していた。
でも、手の隙間から漏れているのは――笑いだった。
「お前がいなくたって、マジエトは周るんだ! 世界は周り続けるんだよ!!」
言葉が刺さった。
喉じゃなく、腹でもなく、胸に真っすぐ突き刺さった。
皇が、舌を汚らしく唇に這わせる。
そのまま、笑い混じりに吐き捨てる。
「そんなに男と致したいのなら、相手になってくださる方々を紹介してやろう♡」
ズ……と足音が重なった。
地下の暗がりから、ずらりと現れる男たち。
和彫り。サングラス。歯を見せた笑い。
肩幅で押し寄せる黒い塊。
視線が、何人も真花の足から顔まで舐めるように滑っていく。
空気が変わった。
真花は、生唾を飲んだ。
ヤバい893だ。