テイク-31【疲れるだけよバカバカしい】
最初に飛んできたのは、鋭く放たれた水の矢だった。
真花の眉間を正確に狙い、湿った空気を切り裂きながら一直線に迫ってくる。
その直前――
空間にふわりと波紋が広がり、半透明のバリアが割り込むように展開された。
すかさず、龍二が真花の前に滑り込む。
「反応はまずまずね」
奏の声が、背筋をなぞるように淡く届く。冷めた調子で左手をかざすと、水面のように揺らめいた空間に、新たな矢がかたちを帯びていく。
奏を見据えたまま、真花は息を整え、声を震わせずに言葉を届けた。
「龍二、エリオン――。奏と霊羽はあたしがなんとかする。あんたたちは陽菜をお願い」
「けど、一人で二人を相手するなんて……!」
龍二が言いかけた瞬間、真花は声の隙間を埋めるように笑った。
「大丈夫! あたしがいちばん強いから!!」
軽快に言い放ったその笑顔の裏で、剣先がわずかに揺れた。
「……だけど、あの二人を相手するのは、今のあんたたちには無理」
荷物扱いされたのか。それとも――守りたかったのか。
彼女の真意を、龍二は噛み砕けなかった。
黙り込む龍二の横で、エリオンは大げさなまでに頷いてみせた。
「そいじゃ、いっちょ殺してきまーす♡」
真花は地を蹴った。跳躍というより、舞い上がるように空へ。
スカートの端が弧を描き、彼女の背が、敵陣へ一直線に――。
◇◆◇◆
「陽菜、貴女はあの男二人を」
「え? けど、私一人で……」
たじろぐ陽菜に、氷でできた視線が突き刺さる。
「マジエトの……一期生なのにできないの?」
奏の声は変わらず低く、冷えたままだった。
長髪の黒、肉体を貫くようなその視線。陽菜の内側に、ひびのようなものが走る。
「……わかった」
その答えを聞くより先に、奏が視線を逸らす。
入れ替わるように――霊羽の声が届く。
「陽菜、霊羽のお友達を連れて行って……」
鏡の奥から覗かれているような感覚。
霊羽の視線は、こちらを見ているのに、決して“自分”を見てはいなかった。視界の中の点として見ているだけ――そんな隔たり。
ふわ、と。霊羽の唇が歪む。ほくそ笑んだその手が、無造作に差し出したのは、ゴスロリ装飾を施された2体の人形。
「……あ、ありがとう。いってきます」
陽菜はその人形を大切そうに片腕に抱えた。そして、ためらいのない一歩で、龍二たちの方へ身を投げた。
◇◆◇◆
「うぉぉぉりゃ!」
真花の剣が、肩の高さから一直線に振り下ろされる。荒々しく、真っ向からの斬撃。
奏は右へ身を滑らせ、軌道を読んで真花の斬撃を避ける。
左手に生まれた水の弓。瞬間、胸元を正確に狙って弦が引かれた。
バシュ!
しかし、空気を裂いた矢は、そのまま真花の横をすり抜ける。
「遅い!!」
振り下ろした勢いを殺さず、手首を返す。剣を逆手に構え直し、斜め下から一気に斬り上げた。
刃の弧が鋭く描かれ、奏の影を裂こうと迫る。
鋭い音が鳴った。
ガギィィン!
銀色の刃――霊羽の大鎌が、刃先を正確に受け止めていた。
「マコマコマコーン!! 魔法少女同士の殺し合い、胸がワラワラするマコーン!!」
刃に宿った“マコちゃん”が、騒々しくはしゃぐ。
霊羽はその声に、うっすらと目を細めた。
「真花の武器に宿る変な生き物、気持ち悪いから黙らせて」
声の調子は穏やかだが、確かに含まれた嫌悪は消せなかった。
「あいにく……あたしの意思で動いてないのよこの子。それに――」
剣先が浮く。
「あんたもでしょ? ボロボロのゴシック人形使って戦ってるじゃん!」
言葉の最後が歪むより速く、真花の足が霊羽の腹を蹴り飛ばした。
鋭い衝撃が走る。霊羽の身体が吹き飛び、後ろに並べられたパチンコ台が崩れ、そのまま彼女を押し潰した。
真花は、奏が立つ台の上に降りた。
短いスカートの裾をパンと払って、舞い上がった埃を指先で散らす。
――だが、息をつく暇はない。
すでに奏が両手を広げ、空間に淡い波紋を走らせていた。
「ミストヴェイル」
呟くように放たれたその魔法は、真花の足元から靄を生む。
数秒で周囲一帯が白く包まれた。
「出た出た。奏お得意の“隠れ蓑”の術ね」
霧の奥で、真花の声が響く。
白銀の粒子が、空気の温度さえ塗り替えるように漂っていた。
「隠れ蓑なんて言い草、心外ね」
「だってほんとのことでしょ? なんだっけ、いつもの……なんちゃら・ナムル弓で隠れて射抜くやつ」
返答はない。奏は何も返さなかった。
それに真花も、口では煽っていたが――。
(……この霧の中じゃ、あたしが不利)
わかっていた。
この濃霧の中で、“目”を持たない自分が不利なのは、痛いほど理解していた。
矢を受けて血を出すか。
それとも、自分で自分を切って……。
(……考えてる暇、ない)
肌の温度が、ひとつ落ちる。
「シルヴァリオ・リムナよ。しっかり覚えておきなさい」
霧の中から、静かに響いた名。
空気が揺れた。どこかが、違和感を孕んで震えた。
(――あそこか!)
直感で振り返る。
背後から飛び込んでくる水の矢。激浪のごとき一射。
真花は剣を逆手に構え、矢を受け流す。だがその直後――。
右横から飛び出した気配。
奏が、矢の裏から現れていた。
膝を高く引き上げ、脚全体をしならせる。
足刀――!
「っが……は!」
腹に鈍い痛みが突き刺さる。呼吸が、肺の奥でせき止められた。
真花の身体が地面に叩きつけられる。
視界が揺れ、腹部に焼けるような痛み。
立ち上がれない。
「遊びは終わりよ…… さよなら、桜庭真花……」
奏が白い長弓を構え、再び矢をつがえる。
今度こそ――。
確実に、息の根を止めるために。




