テイク-30【ピント外れたその視線は笑えないギャグみたい】
「真花……しつこく生きてたあげくなにをするかと思えばヒーロー気取り? マジエトを追放されたのは貴女のせいでしょ」
奏が腕を組み、指先で上腕をとんとん。見下ろす角度が冷える。
「あたしはただ魔法少女としての役目を一旦終えて、自分のご褒美にずっとしてみたかった恋愛とかワンナイトとかを望んだだけじゃん! それの何が悪いのよ」
「はぁ……」
吸って吐くみたいなため息がひとつ。空気が薄くなる。
「真花はいつだってそう……自分のことばっかり。私や同期のみんながどれだけ大変かも知らずに」
「あたしだって……あたしだって」
拳が微細に震えた。爪が掌へ沈み、瞳のふちが濡れる。
ワガママ、自己中、センターのくせに。リーダーのくせに。
吐かれ続けた棘の音だけが耳の奥で増幅する。
それでも前へ出た。歌い続けた。出ない日がない声を、出るまで絞って。
切れかけのロープを歯で引き寄せるみたいに――毎日をたぐったのに。
同じ場所に立っていたはずの仲間なら、少しぐらい、布のほつれに触れてくれてもよかったのに。
「真花……」
龍二の視線が寄り、眉尻がわずかに下がる。喉が鳴った。
「オレはマジエトなんて名前しか知らないし真花や君のような女の子も存じ上げてはいないが、これだけは言える……彼女は桜庭真花は自分のことばかりではない」
龍二の隣で、エリオンが胸元の十字架を握った。鎖がかすかに鳴る。
「そう……けど貴方達二人とも振り回されて真花と一緒にいるんじゃなくて?」
「そう言われると反論はできんが……」
エリオンの顎が沈む。視線が床へ落ちる。
それでも、龍二だけは顔を上げた。頬にうっすら汗。目の焦点が揺れない。
「少なくとも俺は真花の頑張りをこの目で見ていた」
「龍二……」
真花の肩が一瞬だけ緩む。呼吸が浅く整う。
「真花はセンターで踊ってるとき一度でも後ろを振り返ったことがあるか?」
「……」
「戦場で勇ましく戦ってるときだって一歩でも下がっていたか?」
「それは……」
「確かに破天荒で自分に素直なところはある。だがな、それ以上に誰かのために人一倍、魂を削っていたのも俺は知ってる!」
言葉の熱で、場の温度が僅かに持ち上がる。奏の右腕が自身の左肩を擦り、視線が泳いだ。
「そんな彼女を復讐してやるって思わせるほど傷つけたのはどこのどいつだ! 俺は許さない……この世で1番愛すべき存在を傷つけた代償はきっちり払ってもらうぞ!」
腕が勇ましく振り上がる。掌が震え、額に汗が線を作った。
奏の踵が半歩、前へ。引く気はない。
空気が締まる。蛍光灯の唸りが耳鳴りに混ざる。
白銀の長弓が手の中に構成された。
艶を抱いた銀の曲線。水で編まれた弦がぴんと張る。
「だったら私が今ここで真花……貴女を倒す」
水の矢が弦へ沿う。雫が床へ一滴、落ちた。瞼がぐっと固まる。
奏の右隣。コツ――ヒールの音が一点だけ響いた。
「1人で真花を倒すのは無理……」
湿りを帯びた低さ。ミステリアスな温度。
黒のツインテールに黒リボン。瞳は青紫。
襟元を縁取る紫の差し色。
手にあるのは、しなやかな白銀の大鎌――全長一八〇センチ。刃が光をすべる。
「あの子は……夜白霊羽ちゃん!」
龍二の胸がわずかに熱を帯びる。画面でしか見たことのない輪郭が、今は実体を持って立っている。
「霊羽ちゃんに、奏さんがいるってことは……」
奏の左。肩上で切りそろえた黒髪ボブ。黒い瞳。
衣装の差し色はエメラルドグリーン。
片手剣と丸盾。見た目は他のメンバーよりもごく普通の女の子。それでも、ぶれない芯を持って立っていた。
「七沢陽菜ちゃん……雨宮チーム全員が揃うなんて」
圧が横一線に伸びる。龍二が思わず息を止めた。
「雨宮チーム勢揃いでこのあたしを殺しにくるなんて、あの老いぼれ集団相当ビビってるのね……いいわ。まとめて相手してあげるからかかってきなさい」
真花の口角がわずかに釣り上がる。視線が三人を順に切り取る。
エリオンが十字架を握り直し、喉を鳴らす。
龍二の足裏が床を掴む。膝が沈み、重心が前へ。
真花・龍二・エリオン VS 奏・霊羽・陽菜。
温度差と覚悟差が、一本の線へ収束する。
戦いの火蓋が――落ちかけた。




