テイク-3【人撃つ前に理由とか説明するルール、なくなったん?】
《業務連絡、業務連絡。対象コード:桜庭真花。捕獲を最優先せよ――繰り返す、捕獲を最優先せよ。》
「……今日くらいは仕事サボったっていいじゃん」
誰に向けたわけでもない声。
階段をひとつひとつ降りる音が、事務所ビルのコンクリ壁に吸い込まれていく。
右手にはスティッキ。まだ剣は抜いていない。
青みがかった透明ガラスから陽光が照りつけていた。眩しい。でも、止まりはしない。
ヒールの厚底が軽く跳ねたその先に、黒ずくめの男たちが現れる。
「止まれ! 再警告だ! 止まらんと撃つぞ!!」
拳銃。実弾装備。2人、いや、もう1人後ろに――3人。
「は? なんでそうなるわけ! アタシはただ、今日ぐらいはって……!」
音が弾けた。
銃口が火を吐く。
弾が階段の手すりにぶつかって、石が砕けた。
――こいつら、本気だ。
ためらいゼロの殺意。なら、こっちも。
踏み切る。
階段の踊り場から、重力ごと飛び越える。
空中で、スティッキのグリップを強く握る。
ピンクのストーンを回転させて、刃を引き出す。
抜刀完了。
着地と同時に、一人目に狙いを定める。
構えは真上。力を込めて――落とす。
斬撃。
鋭く、速く、迷いなく。
男の身体が、ぱっくりと左右に割れた。
「ち、チクショウ!!」
残りが撃つ。
バンッ。バンッ。
跳ね返した。
剣の刃が、弾を弾くたびに金属音が響く。
逆手に持ち替え。
弧を描くように、斜め下から振り上げる。
鮮やかに、切り上げた。
「う、うわぁぁ!」
最後の男が後ずさる。逃げようとした背を――
回し蹴り。
首が折れた。音が、した。
ぐしゃりと乾いた、嫌な音だった。
廊下に静寂が戻る。血の匂いだけが残る。
真花は剣を収め、息を整えるでもなく、再び足を動かした。
「こっちから出れないとなると……地下から出れば問題ないよね」
無人のロビーに出る。
三つ並んだエレベーター。その真ん中の前に立ち、ボタンを押す。
扉のランプが静かに光る。
「ていうかさぁ……なんで今日にかぎってサイレンまで鳴らされてんの?」
ぶつぶつと、独り言。
ピンクの血にまみれた指先で髪を直しながら、映り込む自分の顔を眺める。
「今まで五年間、真面目に頑張ってきたじゃん? 国民の笑顔のためにさあ〜?
なのに、イケメンのひとりもナンパさせず、ワンナイトも許されないって何? 人権って概念、ないの?」
エレベーターが開く。
乗り込んで、無言で「B1」のボタンを押す。
沈む感覚。
床が静かに下がるたびに、世界が真花から遠ざかっていく。
頭の奥で、まださっきのサイレンが鳴っている気がした。