テイク-22【自覚してます罪な存在】
午後の陽射しに街が押し流されるように沈んでいくなか、黒に近いボディカラーの大型車が静かに走っていた。
運転席に収まっているのは、明らかにコスプレにしか見えないクラシカルなミニ丈のメイド服のアイシャが片手でハンドルを操っていた。
「もうすぐ見えるにょ」
窓の外をちらっと確認して、気怠げにそう漏らす。
目白から中野まで、約二十分。到着したのは、築十七年になるマンションだった。
外観は地味なタイル貼りで、目立った意匠もない。だがそれがかえって安心感を与える。
「いいじゃんいいじゃん!」
最初に降りた真花が、声を跳ねさせる。輝きの残る目で建物を見上げるその姿に、龍二が後部ドアを開けた。
「んで、あたし達の家は何階?」
「六階ですにゅ」
答えるのは、クラシカルな白黒ロング丈のメイド服に身を包んだエシャ。対となる落ち着いた佇まいで、両手に信じられないほどの量の荷物をぶら下げていた。
それをどうやってトランクに詰めたのか。車内の空間構造に対する疑問が、一瞬かすめたがまぁよしとしよう……。
角部屋、南向きのベランダ付き、間取りは二LDK。構造は鉄筋コンクリート、防音性能も高い。
パーフェクトとしか言いようがない
「うわ〜 ひろーい」
真花が両手を伸ばし、声も伸ばす。
「エシャ、アイシャ。妾のラボ兼私室はこっちじゃから、荷物はそちらに運ぶのじゃよ」
洋室のドアを指差すと、エシャとアイシャが同時に頷き、分担するように足を運ぶ。
リビングの窓際。ベランダの柵に肘をかけ、龍二が街並みを見下ろしていた。
「いい景色だ」
間を置かず、すっと真花が隣に立つ。
「ほんと、いい景色」
言葉よりも、肩と肩の距離が近かった。
「資金調達どうする? 俺、とりあえず働いてみようと思う」
目を逸らさず、真花を見据えながら、静かに告げた。
アイドルに人生を救われたオタクが、今その本人の隣で、働くことを宣言する。
「龍二、いま働くって……」
笑ってごまかすでもなく、確認するように呟く真花。
「俺だって、できることから頑張りたい」
素直な言葉だった。逃げも飾りもない。
真花はスマホを取り出すと、画面を龍二の前に差し出す。
「でも、大丈夫♡ あたしに秘策があるの」
アヒル口で笑って、画面にタップ。
青いダチョウのロゴ。TWINと書かれたアイコンをタッチ。
表示されたのは――
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おはろー♡
みんな元気してたー?
本物の桜庭真花だよ♡
突然マジエトを卒業してごめんねー(・ัω・ั)
でもこれからは各プラットフォームで活動していくからチェックよろしくね~
お仕事の依頼はこちらに♡
xxxxx.ne.com
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リプライ、リポスト、いいね。すでに万を超えていた。
「これで騒がれること間違いなし! テレビ局からも出演の依頼殺到して、マジエトのメンバーにも直接会えて、そこでいっちょ殺せばもーまんたいって事よーん♡」
あまりにぶっ飛んだ思考回路に、龍二は口角だけが引きつっていた。
◇◆◇◆
あの投稿から、三日が経過した。
芸能ニュース、ネット記事、各種プラットフォームのトレンド。どこを見ても《桜庭真花》の名前が並んでいる。
復帰を喜ぶファンもいれば、龍二のように「偽物では?」と疑う者も多い。
しかし――
どれほど話題になっても、「依頼」は一件も来ていなかった。
「なんで誰も連絡してこないのよー!」
フローリングに寝転び、スマホを睨みながら真花が吠える。
「仕方ない、君はそれほどまでに神格化された存在だったということだ」
床にあぐらをかいて、ポテチをつまみながら龍二が呟く。
「あっ! そうだ!!」
「今度は何を思いついたんだ?」
「龍二!パチンコに行くわよ!」
「パ、パチンコォォ!?」




