テイク-20【そんな君が1番すごい凄いよスゴすぎる】
凍り付くような沈黙の中、火を灯すように、輝夜の声が空気を割った。
「さぁて! さっさと新曲披露して帰って爆睡するぞー!」
ショートの髪を指でいじりながら、笑顔を浮かべて言い放つと、誰よりも早くスタジオに向かって駆け出した。
その背を追うように他のメンバーたちも席を立ち、控室には唯と由夢の二人だけが残される。
「あ、あの由夢…… ほんとにごめんなさいッス」
床に落ちそうなほど低い声。
由夢は静かに立ち上がり、唯のすぐそばまで歩を進める。
「大丈夫…… 唯はよくやってくれたよ」
「じゃあ許してくれるっスカ?」
「許すよ、ただし……」
机に置かれていたハサミを手に取る。
「なにしてほしいか、わかるよね?」
「う、うん……」
うつむいたまま、唯がそのハサミを受け取る。
「流石は同期だね♡ いちいち言葉にしなくてもわかってくれるのホントに嬉しい」
天使のような微笑みを見せながら、由夢は唯の肩を軽くポンポンと叩き、控室をあとにした。
✳✳✳
「月白由夢さん入られましたー!」
スタジオの奥から響いたスタッフの声。それに応じるように拍手が起こる。
堂々と並べられた椅子、その中央にすっと腰を下ろす由夢。
「あれ? 唯は? どこ?」
隣に座る奏が声をかけてくる。
「知らないです、もしかしてトイレかな?」
後列では、赤みのあるブラウンヘアを内巻きに整えた少女が、小麦色の肌を引き立てながら控えめに身を揺らしていた。衣装の差し色は落ち着いたオレンジ。
隣では、対照的な白い肌に光沢のある質感を持つ少女が、鮮やかなホットピンクを差し色とした衣装で肩を寄せ、抱き合うように座っている。髪は右側に寄せたサイドテール。どぎついピンクが目を引いた。
二人はイチャつくように笑い合いながら、ひそひそと会話を交わしていた。
その様子に気づいた輝夜が、振り返りながら指を差す。
「茜」
内巻きブラウンヘアの少女に向けて、人差し指が伸びる。
「それとひかる」
すぐ隣の少女にも指が向く。
「君達ー、一応というか炎堂チームのメンバーなんだから、あんま嫌な印象与えんなよ」
口調は軽い。けれど、真剣そのもの。
輝夜率いる炎堂チームは、彼女と、茜、ひかるという異色の構成。1期生と3期生だけのチームだ。
「ごめんなさいなの」
ぷくぷくとした手を合わせて、茜が謝る。
「静かにしてまーす」
ホットピンクのグローブを指でくるくると回しながら、どこか気の抜けた声で。
世界を救ってしまった。その達成感と空虚が、2期生や3期生の空気を緩めていてた。
悪いのは誰でもない。いや、あえて言うなら――勝手に抜けた、真花だ。
ため息が、輝夜の胸から深く漏れる。視線を前に戻した。
「では、収録始めます!」
スタッフの声が飛ぶ。
その瞬間、全員の顔つきが切り替わる。芸能人のそれに。
――だが、悲劇は起きた。
「キャー!!」
スタジオの外から悲鳴が響く。
スタッフたちがざわつき始める。
「な、なに?」
立ち上がる奏。扉に向かおうとしたそのとき、一人の女スタッフが廊下の向こうから駆け寄ってきた。
顔色は白。荒い息。
「青葉さんが……!」
「唯がどうしたの!?」
由夢の目が大きく見開かれる。
「トイレで、手首を深く切ったみたいで…… 血が、大量に……!」
言葉が震え、喉の奥でつかえる。スタッフを押しのけるように、由夢が駆け出した。
廊下を走る。控室の扉を通過し、さらに――
右手奥に見えた、女性用トイレのマーク。
「唯!!」
団子のように集まっていたスタッフたちが、蜘蛛の子を散らすように道をあける。
視界に映る。
便器にもたれかかる少女。手首から、赤い線が流れ続けていた。
「由夢…… うち、責任とろうとおもって……」
「喋らないで、いますぐ治療するから」
両手を傷口にかざす。
由夢の身体が、淡く、静かに光を放った。
傷口が、音もなく塞がっていく。
月白由夢――治癒魔法のエキスパート。どんな傷も完璧に修復する、まさに“天使”の名にふさわしい存在。
その背後、スタッフたちが小さく息を呑むような声で感嘆を漏らしている。
……その音が、心をくすぐる。
“すごい”“ありがとう”“助かった”――そんな言葉が、脳の奥に響くようだった。
気持ちいい、由夢はその言葉が大好きだ
すると
担架を抱えた別のスタッフが現れ、唯を慎重に乗せる。
「うち、もう大丈夫ッス」
「ダメだよ! ちゃんと見てもらって……」
「由夢」
涙が、ひとすじ。頬をピンクに染めながら流れ落ちる。
「唯が無事でほんとによかった」
「ごめんね……」
さっき由夢に渡されたハサミを、唯がそっと差し出す。
「もう、こんなので傷つけたらダメでしょ!」
手を握る。強く、まっすぐに。
「では唯さん、医務室にこのまま行きますよ」
大柄の男性スタッフが声をかけ、もう一人と共に担架を持ち上げた。唯の身体が運ばれていく。
あっという間にスタッフたちはそれぞれの持ち場へ戻っていった。
由夢は、ただ一人――
血の染みた床を、見つめ……
笑っていた。




