テイク-16【ハートビートな瞬間】
「お主も大変であったな」
地下。無機質なコンクリ壁の天井を細い蛍光灯が照らしていた。半分剥き出しの配線、その下でチリチリと青白い光が点滅している。空気には鉄と薬品が混ざった匂い。
部屋の中央。円形の台座に肘をつき、右二の腕からチューブを垂らす真花。その血液は透明なシリンダを満たし、機械音と共に少しずつ吸い上げられていた。
「たった一日であたしの人生大きく変わっちゃったなんてホント笑えない」
眉の動き一つ変えず、萌が小さく頷いた。
「じゃが今のほうが楽しそうだが」
「うーん、それはそうかも」
真花は左手で頬杖をついた。指先がぷらりと揺れる。反対の腕には、穿たれたままの針が冷たく沈黙していた。
「それに、あの龍二という男とはどんな関係なのじゃ?」
「龍二とは……オタと推しかな」
頬が緩む。思い出したのは、あの部屋――天井まで積まれたグッズ棚、ピンクに塗装された痛チェア。すべてが《真花》のために存在していた空間。
「偶然がすぎるの」
「ほんとなんだって! 龍二の部屋、ガチ勢のそれだったから」
「なんにせよ、男が魔法を使えるなどと……国家の耳に入ったが最後、すぐさま消しに参ろうぞ」
その声だけが、やけに現実味を帯びていた。
「その時がきたら、萌の特注衣装があるでしょ♡」
「そう、簡単に作れば苦労せんわ」
採血が終わった合図の電子音。萌が抜いたシリンダを手にし、薄暗い部屋を車椅子で横切ってゆく。ラックの下段、撹拌機にそれをセットした
「手は今日完成してつけれるが、衣装は早くても二週間はかかるぞよ」
「そんなにぃ!?」
「二週間の間、龍二に戦いの基本を教えこんだり、見つからんようにすることじゃな」
「見つからないって、それは無理な話しよ、萌」
首をすくめる真花。その髪が少しだけ揺れた。
「まさか住む家もないのか?」
「もちろん♡ 住む家もスマホもないの♡ だから萌のところにわざわざきたんじゃない」
「ったく……ちゃっかりしておるの、昔から」
返した萌の口元は、多分わずかに引き攣っていた。
地下のエレベーターが、カクンと音を立てて止まる。数秒の静寂――ドアが開く。
先に降りてきたのはエシャとアイシャ、そして顔を真っ赤にした龍二だった。
「ほれ、はよう渡せ」
「じ、ジロジロ見るなよ」
「あんしんせい、興味ないから」
萌はさっさと歩み寄ると、龍二からそれを受け取り、無造作に試験管へと注ぎ込んだ。
そして撹拌機のボタンを押す。内部がゴウンと鳴って、赤と透明の液体が合わさる。
「さて、この後の流れじゃが……」
「まずはあたしのスマホを用意して、龍二とあたしの愛の巣を見つけないとね♡」
「あ、あ、愛の巣ぅぅ!?」
ひときわ高く裏返った声。龍二の全身から湯気が立ちそうだった。
「そうと決まれば早く手をつけて不動産屋にレッツゴー……」
真花がくるりと身をひねった、そのとき。
「真花が行けば騒ぎになるかもしれんじゃろうに、まだ卒業して一日じゃぞ?」
「それもそっか」
肩を落とした真花の背を、萌が見つめる。
「部屋とスマホはエシャとアイシャに用意させる。今日はここに泊まるのじゃ」
「もしかして俺も!?」
指先で自分の鼻を差し、龍二はまばたきを忘れていた。
真花は、わざとらしいほどゆっくりと一歩近づく。
「一緒に寝ようね♡ 龍二♡」
くすぐるように囁く声と、突き刺すようなまなざしが同時に落ちてきた。
(推しと迎える夜なんて……俺は……果たして生き延びることができるのかぁぁぁ!!!)




