テイク-12【真実はジェットコースター】
東京都豊島区目白。
都心とは思えないほど、空が広かった。
路地の奥で響く鳥の声すら、どこか品をまとっている。
――そんな空気の中を、真花と龍二が歩いていた。
「ほんとにさぁ、こんなとこに元マジエトメンバーの家なんてある〜?」
龍二が顔をしかめてあたりを見回す。
街路樹に反射した日差しが、隣を歩く真花のネイルに乗ったラメを淡く照らした。
Magie♡Etoile一期生。結成当初は10人。
だが今も現役で活動しているのは、真花を除いて4人だけだった。
脱退、体調不良からの卒業――それはすべて公表されていた。
むしろ、知らないままでいられるファンの方が、もう少なかった。
「龍二もよーく知ってる人よ♡」
真花はあっけらかんと笑った。
あまりにも軽やかで、あまりにも悪びれない。
それを見た瞬間、真花が本物か偽物かなんて――どうでもよくなった気がした。
その軽さの裏に、ふと浮かぶ別の思考。
(きっと痛いだろうな……俺を守って飛んでいった右手)
龍二の視線が、自然に真花の右腕へ落ちる。
彼女は腕を組み、上着の裾を被せるようにして、その右手を隠して歩いていた。
口に出す気にはなれなかった。
ただ、その仕草だけを黙って見ていた。
「ほら、着いたよ」
真花の声が跳ねた、その瞬間――
「どっひゃぁぁ!!」
喉が裏返るほどの叫びが、静かな住宅街に飛び出した。
黒アイアンの門、白亜の外壁。ツタが絡むレンガの壁面。
一見して、それは邸宅というより、古い美術館のようだった。
時間だけが、その一角だけ取り残されているかのような錯覚すらある。
庭先には、刈り込まれた枝葉で形作られた巨大な孔雀とウサギ。
孔雀は羽を広げ、ウサギは跳ねる寸前の動きで凍っている。
現実というより、まるで絵本の異界をそのまま引きずり出したかのようだった。
「こんなお嬢様キャラのメンバーなんて、いたっけ……?」
ぽつりと龍二がつぶやいた。
――ピンポーン。
真花が躊躇なくインターホンを押す。
「萌〜? いるんでしょ〜? あーけーてー」
その声に返ってきたのは――
「にょ?」
「にょって、なに?」
「……あんた誰にょ?」
「……あんたこそ誰よ」
「アタチはね! この家の……!」
少女の声。そのまま遮るように、別の声が割り込んだ。
「アイシャちゃん……お客様に失礼だにゅ」
柔らかく、けれどどこか奇妙な語尾が混じる声だった。
龍二は顔をしかめる。姿の見えない声だけが、インターホン越しに降ってくる。
「君たち、萌の新しいメイド? だったら萌に伝えて。アタシ! 桜庭真花が来た!って」
「かしこまりましたにゅ……あっ……萌様」
「なんじゃいな。懐かしき声がしたと思ったら、最近卒業なさった真花か」
「相変わらずババくさい喋り方するわね。早く開けて、用事があるの」
「嫌じゃ」
「右手ないから開けて。出血多量で死ぬ」
「っち」
――ギィィィ。
鉄の門が、まるで芝居の幕のように音を立てて開いた。
「龍二も、よーく知ってる人だったでしょ♡」
真花が得意げに笑う。
その笑顔は、どこから見ても完璧だった。
「萌って……あの、桂萌ちゃんだよな……。え、こんな……話し方だったっけ?」
龍二は無意識に記憶を手繰る。
――確か、桂萌は。
《Magie♡Etoile1期生♡ 自慢のブロンドヘアーがチャームポイントの桂萌でーす♡ みんなー♡ 会いたかったよーー!》
(……って、感じだったはずなんだけど……)
認識が軋む。記憶と現実が、重ならない。
幻想が崩れる音が、脳内に鳴った。
龍二の表情が、静かに暗くなる。
そのとき――
「ようこそ、ごゆっくりルー」
金属音の足音とともに、庭の奥から現れたのは……
まぎれもなく、カンガルー型のロボットだった。庭師型の、見た目そのままの機械。
「……は?」
視線をめぐらせると、地面を掃いている赤髪の老婆らしき存在もいた。語尾は「ピィ」。
扉を開けてくれた狼顔の紳士、語尾が「だぎゃ」。
「なぁなぁ……」
「なに?」
「ここ、全員語尾おかしくないか? ロボットもいるし……ホントに萌ちゃんで合ってる?」
「うん。ここ、萌以外は全員ロボット。しかも全部、萌が開発したの」
「……へ、へぇー……」
“お菓子作りが趣味”と言っていた桂萌が、記憶の中で塗り替えられていく。
「先ほどは失礼いたしましたにゅ」
やがて、静かに響くヒールの音。
水色の髪を高くまとめた、背の高いメイド姿の女性が現れた。
白と黒のロング丈のクラシカルな制服に、乱れのない動作。
人間のようでいて、どこか整いすぎている。
「萌様はこちらでお待ちですにゅ」
その声に導かれ、真花と龍二は屋敷の中へと歩を進めた。
無機質な自動扉の向こう――
そこには龍二の知らない“桂萌”が待っていた。




