テイク-11【イケメン魔法使い爆誕】
淡く、ほとんど透明に近い膜が、龍二の前に展開された。
形は、盾。風に揺れる水面のように波打ちながら、前方に広がっている。
バキィィィン!!
風の刃が弾かれた。
乾いた音が、空間を裂いたまま残った。
「はぁぁぁ……!?」
唯が叫んだ。目を見開いたまま、動きが止まる。
「お、俺……いま……」
龍二の視線が、震える両手に落ちる。
ただ庇っただけのはずだった。
何も考えず、ただ立った。それだけだったのに。
「龍二が……魔法を? でも、魔法って男には……」
呟いた声は、地に落ちたまま空に消える。
唯も、龍二自身も、誰ひとり答えにたどり着けない。
けれど、確かに――今、目の前でそれは起こっていた。
(さっき……あたしの血、体内に……?)
記憶が戻る。口元、熱、鉄の味。
そしてその直後、盾が現れた。
(でも……こんなすぐ適応なんて……いや――そうか)
真花の口角が、にやりと歪んだ。
(いける……いける……! クソ社長も、マジエトの奴らも、全部殺せる……
あたしの血さえあれば……この世界、ひっくり返せる……!)
足に力を込める。全身を引き上げるように、立ち上がった。
顔を上げたその目は、獣のように光を返していた。
「お、俺……どうなっちゃったんだろ……」
不安だけを抱えて、振り返る。
けれどその言葉は、真花に届ききる前に――
「龍二はいまから、あたしとチームを組むの!」
叫ぶように、叩きつけるように。
この女の言葉には、選択肢がない。
「目の前にいる魔法少女も、国家も、全部ぶっ潰すための“魔法少年”としてね! 反論はなし! いいわね!!」
あまりに理不尽。
だが、桜庭真花という存在にとっては、これが“通常運転”だった。
「いやいや! 意味わかんないし! 魔法少年ってなんだよ!! てか、ぶっ潰すって、どこにそんな話あった!?」
「説明は後、後!」
「いーや! 今してくれ! 納得できないし! 納得したくもないし!!」
そこから始まった、全力の問答。
否、コントだった。
完全に置き去りにされた唯は、口を開けたままぽかんと突っ立っていた。
一分、二分、三分――まだ話してる。
とうとう、限界がきた。
「うちを無視して痴話喧嘩なんかするなーーー!!!」
空気が震えるほどの絶叫だった。
「まだいたんだ」
素で漏らした龍二の言葉が火に油を注ぐ。
「もう帰ったかと思ったわ」
真花が追い討ちをかけるように、まぶたすら動かさずに言った。
「そんなにうちって存在感ないんスか……」
唯は、すとんと膝から崩れ落ちた。
肩が揺れる。うつむいたまま、ぶつぶつと呟いている。
「確かに……うちは人気投票でも……下から数えたほうが早いッスけど……でも……でも……」
「2対1じゃさすがにキツいでしょ、今日は引きなって――」
「舐められるのは違うッス!!」
風が、裂けた。
再び放たれたウィンドカッターが、龍二めがけて一直線に飛ぶ。
「っ!」
思考が、止まった。
見えてるのに、動けない。
駄目だ。これは、当たる――
ブシュュュ!!
鈍い音と、飛び散る飛沫。
裂けたのは、龍二じゃなかった。
真花の右手首から先が、吹き飛んでいた。
「真花!!」
血が、滴った。
でも倒れなかった。
両足で地を踏みしめたまま、顔だけが歪んでいる。
右手首の先が消えている。
痛みで目の奥が焼ける。それでも――崩れない。
「右手が飛んだら、次は首ッス!! 真花先輩、死ねぇぇッ!!」
唯の腕が、もう一度振り抜かれようとした――そのとき。
パトカーのサイレンが鳴った。
遠くから。けれど、確かにこちらへ近づいてくる。
唯の動きが止まる。
肩が上下している。息が荒い。
真花が、口を開いた。
「いくらマジエトでも、意味なく一般人を攻撃したら――暴行罪になんじゃない?」
左手で、龍二を指さす。
無傷ではいられない姿を、あえて見せるように。
「そ、そんなこと……ないっス!」
「へぇー? じゃあこのまま突っ立っていようよ、仲良く、ね」
音のない嘲笑。
サイレンが、さらに近づく。
唯の喉が詰まった。声が、言葉にならない。
「も、もう少しだけ生きさせてあげるから……感謝しろっス!」
捨て台詞を残し、跳ねるように空へと飛び上がる。
姿は、屋上の向こうへと消えた。
「真花、俺たちはどうする」
店先の服が、数枚、地面に散らばっている。
その中の一着を掴み、血が滴る傷口に、荒く縛った。
落ちていた右手を拾い、目もくれずゴミ箱に突っ込む。
それから、真花は――
頬を緩めた。
目が、光を宿している。
「あたしたちも、ここから離れるよ」
声は明るいのに、どこか熱っぽく乾いている。
「ひとり、つてがあるの…… 元魔法少女のね」
その言葉とともに、血の残る路地から、ふたりの姿も消えた。




