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デス▢ボックス

作者: 大浦 怪法
掲載日:2025/10/20

「ふぅ・・・・」

フジオは、崩れかけた窓から追っ手のない事を確かめると、板張りの床にドスンと腰を落とした。

追っ手の追撃を躱し逃げ込んだこの崩屋だが、自分の墓場に相応しいかも知れない。


 フジオは自分が何処の何者かなどと、知る由もない。

 荒れ野に生み落とされ、通りがかりのシェルターに暮らすカナエという女性に拾われた。

カナエはその子をシェルターに連れ帰り、自分が亡くした子と同じフジオと名付け、政府配給のミルクを与え、成長しては、読み書き計算を教えた。

 シェルターは、職や家族、住処を失った人々を援けるために、政府が軍用航空機の格納庫だった建物を開放したものだった。

 シェルターに居れば、寝床が得られ、飲み水はあり、政府から配給される食糧にもありつける。

身寄りのない老人や子供から、職や住処を失って一時しのぎのつもりがそのまま居ついた者まで、様々な事情を抱えた数百の人々が、助け合いながら平和に暮らしていたのである。

ところが、西方の地からトリートと名乗る武装政治集団が進出すると、この地の情勢は一変する。

 トリートは、政府に楯突くお尋ね者として手配され、西方の地に逃れた反政府分子集団だった。

この数年、政府の手が及ばない遠く南東の地に独自の食糧調達ルートを開拓し、勢力を拡大してきたのである。

トリートの進出の目的は、政府占有の食糧調達ルートを掌握し、最終的に政権を自らの掌中に収めることにあった。

 

 双方睨み合いの中、先に仕掛けたのはトリートだった。

新たな食糧調達ルートを開拓すべく、極秘裏に北方の地へ視察に出た政府の要人二人を、護衛ともども暗殺したのである。

 政府内にトリートの内通者がいる事は、疑いのない事だった。

政府は、五人の精鋭治安部隊員による特殊部隊を編成しトリートの要人暗殺を指令する一方、疑わしき二人を内通者と特定し拷問のすえ射殺、そして、特殊部隊は、厳重な警護をかいくぐりトリートの要人三人を暗殺し、報復を果たしたのだが・・・・。

この報復を契機に、両者は『内戦』という泥沼に嵌まり込んでいく。

 

 民間人の中には、武器を手に略奪や破壊を繰り返す者、トリートに加担し政府に銃口を向ける者がいたが、多くは内戦の犠牲者になっていった。

 シェルターには避難民が殺到し、住人は三千人以上に膨れ上がってしまう。

政府配給の食糧は底をつきはじめ、体力のない老人や子供にとって過酷な環境になっていく。

しかし、政府は、トリートとの戦闘を口実に、二カ月前の食糧の配給を最後に、シェルターへの支援の手を遠ざけるようになるのである。

 シェルターの暮らしに耐えかね、東方の地へ逃れる住人もいた。だが、東方の地の治安や食糧事情が不透明のまま向かう事は危険だった。

 カナエは、シェルターの仲間から東方の地へ同行するよう誘われたが、さらなる危険が待ち受けている怖れのある地へ、フジオを連れて行くわけにはいかなかった。

 過酷な環境となっていくシェルターの中で、カナエはフジオを護り、自分の食い扶持のほとんどをフジオに与え続けながら懸命に生き抜いていたが、とうとう、フジオが十歳の時、衰弱死してしまう。

 母親を失ったフジオは、シェルターで居場所を失い抜け出した。

 シェルターを出れば、まともな食糧にはありつけない。

 フジオは、ひねもす、弾丸が飛び交う戦闘の中でさえも、食い物を探してうろつき回った。雑草を食み、ヘビ、ネズミ、昆虫、何でも捕らえて食った。

 フジオは、ゲテモノを食らいながら思う。

まともな食糧のほとんどを自分は口にせず、フジオに与え続けた母親だった。

次第に痩せ細っていく母親の姿が目に焼き付き、消えることはない。

 命など惜しくはなかった。

自暴自棄になり、銃撃戦の只中に身をさらそうとしたことも、一度や二度ではない。その度に、フジオを思いとどまらせたのは、瞼に浮かんだ母親の優しい笑顔だった。

 

 フジオがシェルターを抜け出して、二年が過ぎた頃である。

そこには、相変わらず、食い物を探し辺りをうろつき回るフジオの姿があった。

 ボロ衣を纏い、人と接することなく、毎日ねぐらと餌場を行ったり来たりするその姿は薄汚れた野良犬そのもの、まだ十二歳の少年とは到底思えなかった。

少年らしい希望も展望もなく、ただ、生きるためだけに野良犬のように食い物を探し、食らう毎日。

 そうして、自棄として生きてきたフジオを、人間らしい感性に引き戻したのは、或る日、突然呼び覚まされた母親の死の間際の言葉だった。

その言葉は、こだまのように、フジオの脳裏に響く。

「命を粗末にしては駄目よ。」

母親はそう言い遺し、息を引き取ったのだった。

フジオは、悲しみの余りに絶望し、母親の死を受け容れられず、無意識のうちに、母親の最後の言葉を記憶の隅に追いやっていたのである。

フジオは、母親が言い遺した言葉を噛みしめて思う。

『このままじゃ・・ためだ・・・・』

フジオは、むっくりと起き上がると、野良犬のような暮らしから、抜け出す方途に考えを巡らすのだが・・・・。

 

 或る日、その大岩の陰には、トリートの食糧倉庫を鋭い目で窺うフジオの姿があった。


 政府が、安全な食糧を豊富に溜め込んでいる事は周知の事実だった。

だが、外殻を特殊超合金で覆われた銀色のドームは、外見上出入口は無く、侵入は不可能だった。

 そして、もう一つ―

 トリートが進出してきた際、最初に占拠したのは、放置された民間の古い倉庫だった。

この倉庫には、安全な食糧が所狭しと収められていることも、確かな事実だった。

 だが、警備は四六時中厳重で、何組もの獰猛な大型犬を連れた警備兵が倉庫周辺を巡回し、一歩、敷地内に足を踏み入れようものなら、その犬に八つ裂きにされ喰われると実しやかに噂され、皆怖気づき、あの倉庫に盗みに入った者はいない。

だが、フジオは、むしろ挑むように、トリートの倉庫に盗みに入る作戦を練りはじめるのである。

 先ず、トリートの倉庫に関する情報を集めるために、以前シェルターに居住していて、この倉庫で働いていたトミザワという男を、フジオは探し出した。

「そうか、お袋さん、亡くなったのか。そりゃ、気の毒だったな。」

フジオがシェルターを出た経緯を話し終えると、トミザワは俯き加減に言った。

トミザワは、シェルターに居た頃、身体が弱くなっていたフジオの母親を気に掛けていたのである。

 トミザワには、トリートの倉庫で働いていた頃、何度となく食糧を盗み、それが見つかって袋叩きに合い追い出され、シェルターにも居られなくなった過去があった。

今では、町外れの廃車場を根城に、戦死した兵士から銃刀類や電子機器を盗んでは、西方の地の反政府組織や一部の血の気の多い民間人に売りさばく、ブローカーを生業にしていた。

 フジオは、トリートの食糧倉庫に盗みに入る事をトミザワに告白した。

「倉庫の情報が欲しいんだ。」

フジオは言った。

「一週間、くれ。」

トミザワは訝し気にフジオの顔を見ながら言い、一週間後にまた会う約束をしたのである。


 一週間後、二人はシェルターの裏手で再会した。

トミザワはフジオの顔を見るなり、トリートの倉庫について話しはじめた。 


『リートの食糧倉庫は、築後六十年は経過した古い五百坪ほどの正方形の建物。

建物を取り囲む塀は、厚さ千ミリ、高さ五メートルはある、鉄骨入りのコンクリートで造り直されている。しかも、この塀は、上方に向かって外反する構造をしている。

警備は厳重で、軽機関銃を抱えた警備兵が昼間は四人、夜間は八人、獰猛な警備犬が昼間は四頭、夜間は八頭、それぞれ二人と二頭が一組となり、倉庫周辺を四六時中巡回している。

倉庫の周辺は、夜間は、敵の爆撃の目標とならないように、一切の照明は消され真っ暗闇になる。

出入口は、東側には倉庫入口の鉄格子の門、倉庫内への搬入口、北側、南側には人の出入口がある。

倉庫入口の鉄格子の門は、高さ六メートル、夜間は、二カ所にある頑丈な錠前と鎖二本で三重に施錠され、しかも鉄格子には超高圧の電流が流されている。人間でも動物でも、触れば一瞬で黒焦げになる。

搬入口の扉は分厚い鋼板で出来ていて、内側から自動ロック方式で扉全体が強固に施錠され、外からは爆薬でも使わない限り開けることはできない。

北側と南側の出入口は、旧式の電磁式ロック仕様の鉄扉だが、頑丈に出来ている。暗証番号が付いた磁気カードで出入りはできるが、磁気カードは、一部のトリートの要人以外は持っていない。

防犯カメラは搬出入口には取り付けられているが、他の出入口には取り付けられていない。

倉庫内は、保存食区画と、冷蔵冷凍品区画がある。

保存食区画には、小麦粉、砂糖、油類、液体調味料、ライス、干し肉、根菜類、酒類などが収められ、

チーズ、バターなどの乳製品は冷蔵品倉庫に、牛豚鶏などの肉塊は冷凍品倉庫に、それぞれ、倉庫中央に位置するニ十坪程度の冷蔵庫と冷凍庫に収められている。

二階部分に庫内を一望できる詰所があり、昼間はトリートの警備員が搬出入管理で常駐するが、夜間は誰もいなくなる。

屋根には監視塔があるが、そこに何があるかは不明。』


「・・で、どうでも、やるってぇのか?」

トミザワは話し終えると言った。

「うん、やる。どんな事にも、必ず隙はあるはずだからね。」

「そうか・・まぁ、探しゃ、何秒かくらいの隙はあるかも知れねぇがな、土台無理だと思うぜ。」

トミザワが言うと、フジオはトミザワを睨み返した。

「ふふふ・・そうか、それだけ覚悟があるなら、もう何も言わねぇよ。」

トミザワは苦笑しながら言い、バックから、携帯フォンほどの大きさの端末機を取り出した。本体にジャックのあるコードが、ぐるぐると巻いてある。

「これを、取っとけ。」

「これは?」

フジオは受け取りながら訊いた。

「戦死したトリートの士官が持ってた情報端末をいただいたのさ。この手の物に詳しい同業者のダチにちょっと手を加えてもらってな。それを使えば、ドアは開くはずだ。

そのジャックを磁気カードリーダーにあるジャックに差し込めば、暗証番号を勝手に検索し開くって寸法だ。

パネルが太陽光蓄電池になってっから、太陽光に当ててさえいりゃ、何年でも使える。

あと、必要な物は、戦死した兵士からいただきゃいいだろう。死体が、回収される前にな。」

「死体が、回収?」

「うん? お前、回収ロボットが、死体を持ってっちまうのを見たことねぇのか?」

「うん、無い。」

フジオは首を横に振った。

「そうか・・俺が見かけるのは、仕事柄、大概真夜中だからな。普通に寝起きしている奴は、見ることはねぇかも知れねぇが・・・。

まっ、死体をそのまま放っておくわけにはいかねぇからな。そいつが何処かに持ってって、焼いちまうんだろう。」

「そのロボットって、何台もあるの?」

「そりゃ、分からねぇな。ただ、何処からともなく現われるにしても、見るのはいつも一台だからな。何台もは、ねぇかも知れねぇな。」

「そう、なんだ・・・・」

「まぁ、丸一日の間に、必要な物は取る事だな。」

「分かった・・あっ、これ、ありがとう。でも・・・・」

「何、気にするこたぁねぇ。俺からのプレゼントだ。磁気カードを手に入れるのは無理だしな・・・・

さぁて、そろそろ行かねぇとな。時は金なりだ。」

トミザワはそう言いながら、切り株から腰を上げた。

「それからな・・あそこは、お前一人分の食い物がなくなったところで、わかりゃしねぇ。在庫管理なんざぁやってねぇからな。

ただ、警備兵にでも犬にでも、見つかりゃそれで終いだぜ。運よくその場は逃げられても、いずれとっ捕まって、八つ裂きにされる。

いいか、無理するんじゃねぇぞ。命あっての物種だからな。何かありゃ、俺を呼ぶんだぜ。その端末は、電話にもなる。連絡先は、登録してあるからな。」

トミザワは憂わしげな眼差しで言うと、錆びついたバイクに跨り爆音とともに走り去った。

 フジオは、早速、その晩、夜通し歩き回り、ストップウォッチ付の軍用腕時計、何本かの長いロープ、背負いのバック、軍用ナイフ、手袋などの必要な道具を戦死して間もない兵士たちから拝借した。


 フジオは、翌日から毎日、朝から深夜まで、倉庫の警備状況の観察を続けた。

朝から夕方までは、食い物を探しながら、倉庫出入りの様子や周辺の動きを探り、

夜になると、高圧電流が流れる低い唸り音を聞きながら、鉄格子越しに、警備の巡回状況の観察を続けた。

 警備は、トミザワが言った通り厳重だった。

ただ、昼間は、関係者と搬出入車が頻繁に出入りし、比較的警備の集中性は低く緩いが、

無人となり静まり返った夜間は、警備の威圧感、緊迫感は尋常ではなかった。

 重装備をした警備兵が発するガハァ、ガハァ・・・という荒い吐息、ドサッ、ドサッ・・・という重々しい足音、いかにも獰猛そうな大型犬のガルルゥ、ガルルゥ・・・という唸り声、ガッ、ガッ・・・と乾燥しきった地面を蹴る音、フジオも尻込みするほどだった。

 フジオは、徐に、時計をストップウォッチに切り替えた。

 鉄格子の向こう数十メートル先に、警備兵と警備犬の影がサーチライト越しに見え、フジオの目の前を通り過ぎていく。しばらくして、二組目の警備兵と警備犬が通り過ぎる。

そして、三組目、四組目・・・・。

 銃身にオレンジ色のサーチライトを点けた重機関銃を抱えた警備兵が八人、警備犬八頭がそれぞれ四組に分かれて、警備犬を先頭にほぼ等間隔で、常に前の組が照らすサーチライトが見えるような距離、40メートル程度を保ち、一定の速度で巡回しているのである。

巡回する時間は、判を押したように正確だった。

 サーチライトのオレンジ色は、白色光に比べ明度は低いが、照らされた部分は意外に明るく、クッキリと見える。

 フジオは、警備兵、警備犬の一挙手一投足を観察しながら、ストップウォッチで何巡も何巡も、繰り返し計測していく。

 一組が倉庫を一回りする時間は115秒、二組の間は28秒空いている。

どの組もサーチライトで倉庫壁面、塀、10メートルくらい先を隈なく捜りながら巡回している。

どうみても、10秒までの隙はなく、あっても6、7秒程度だった。

 倉庫内へは、裏通りに面した北側の塀を昇り、倉庫北側の出入口から侵入する以外にない。

北側は、背後に鬱蒼とした林が控え薄暗く、夜間になると滅多に人が行き交うことが無いからだ。

南側は大通りに面しており、昼間は人通りが絶えることなく、深夜になっても人の往来がある。

 フジオの計算では、塀から倉庫北側の出入口まで10メートル、塀から降りて倉庫の入口までたどり着くのに6秒、ドアを開けて侵入するのに3秒というところだったが、これでは間に合わない。 

 フジオは、鉄格子から離れ、辺りを窺いながら右周りに塀を移動し、北側の出入口の前辺りに着く。

 よくよく塀に触れてみると、特殊な金属のような物質で加工が施されているのか、表面は非常に固くツルツルとしている。

『ここから、出入口まで十メートル・・・・』

フジオは、塀の向こうにある、北側の出入口を想像しながら塀を見上げた。

外側に反り返った塀は、傘のように、フジオの頭上をすっぽり包み込んでいる。

 梯子は、目立ちすぎて使えない。

ロープを塀の上端に引っ掛け昇るにしても、腕力だけで昇らなければならない。

『この塀を昇り、降りはじめてから4秒・・・・』

ただ、トミザワからもらった端末機の性能にも、一抹の不安がある。

脱出も同様に、よくよくタイミングを計って4秒以内に収めなければならないが・・・・。

 

 観察を終え、穴蔵の寝床に戻ったフジオは、気を取り直し、侵入、脱出の手順を頭の中で何度も反芻する。

 侵入は北側から、人の往来のない時間帯を見極めて侵入する。

10メートル長のカギ縄を、外側に反り返った塀の先端に噛ませ、よじ昇る。カギ縄は引き上げ、塀の天辺に置いておく。

そのまま身体を伏せ、警備兵が通過するのを観察し、塀を降りるタイミングを計る。

直前の警備兵が通過して5秒後、一気呵成に塀を滑り降り、北側のドアに行き着く。

ドアを端末機で開け、倉庫内に侵入する。

この一連の動きを、6秒以内で行わなければならない。しかも、気配を消して。

 倉庫内にいる時間は、長くても5分。

警備兵に侵入が気づかれていないことを見極めた上、何カ所かに分けて干し肉中心に取り、冷蔵庫からはチーズ、冷凍庫からは肉塊を取り、バックに詰め込む。

 脱出は侵入とは逆の手順だが、倉庫内からドアを通じて、塀に向かうタイミングを十分に計らなければならない。

時間を見ながら、耳を澄ませ、警備兵と警備犬が通り過ぎる足音、気配を聞き分け、よくよくタイミングを計るのだ。

タイミングを見極め、静かにドアを開け、閉めたら端末機でキーをロックする。

もう一つ用意したカギ縄を、走りながら塀に縁に向け投げ引っ掛け、一気呵成に塀の天辺までよじ登り、置いてあるもう一本のカギ縄を伝って、塀を降り逃げる。

事が済んだ後は、数日間は、追っ手が来るかどうか様子を見るのだ。

『よし、この手、しかない。』


 二日目、三日目・・・・と、観察は続く。

そして七日目、警備の状況に変化がない事を悟ったフジオは、盗みを決行する日時を決め、準備に取り掛かる。

 フジオは、戦闘が鎮静化すると、ねぐらから抜け出て、黒い帽子とシャツとズボン、そしてスニーカーは、戦闘に巻き込まれて亡くなった民間人数人から拝借し、崩れたブロックから鉄芯を抜き取り、熊手のように加工したカギ手を二つ作り、二本のロープに括り付けてカギ縄を作った。

 翌日の夕刻、フジオは、二本のカギ縄を手に、トリートの倉庫の背後にある林に向かった。

 林の奥まで入り、高さ十メートルほどの枝ぶりの良い樹を探し当て、一本のカギ縄に、30センチ位の間隔で結び玉を作り、丁度5メートル位の高さにある、樹幹から地面とほぼ平行に張り出す太い枝目掛けて、カギ縄を放り投げる。

一回、二回・・十回・・二十回・・・・五十回・・・・と続け、悉く枝に引っ掛けられるようになると、手袋をはめ、そのまま、結び玉を伝って一気に上がろうと試みる。

だが、2メートルも上がれず、何度やっても、力尽きて地面に落ちてしまう。

野草や木の実ばかり口にしていた所為で、思いの外、膂力が落ちているのである。

フジオは、膂力を付けるために、地を這うトカゲ、ヘビ、昆虫、何でも無理やり口に入れ続け、ひたすら、訓練に励んだ。

ただ、日々の警備状況の監視を、フジオは忘れなかった。 


 一カ月ほど、過ぎた頃である。

其処には、カギ縄の結び玉を伝って、5メートルの高さを軽々とよじ登る、フジオの姿があった。

 訓練は、第二段階に進んでいた。

 5メートルの高さまでよじ登り、そのまま地面に降り立ち、もう1本のカギ縄を手に十メートルほど樹から離れると、次には、ダッシュしながら、カギ縄を5メートル位の高さにある枝に投げ掛け、そのまま幹を駈け上がるのだ。

そして、海岸線の崖っぷちに行っては滑り降りる訓練をする。

その動きは、まさに、疾風のようであった。


それから二週間後の○月×日の午前二時十五分、フジオは倉庫への侵入を謀るのである。


 フジオは、シャツとズボンを着込み、黒い帽子を被り、ズボンのポケットに端末機を入れる。

バックに、かぎ縄一本と街中の掲示板から剥がした紙を詰め込み背負った。

最後に、顔に泥を塗り、もう一本のかぎ縄を手に持ち穴蔵を出る。

 北側の塀の前の、背丈ほどはある大岩の陰に身を潜ませ、カギ縄を投げる頃合いを見極める。

警備兵が通り過ぎた気配を知ると、フジオは大岩から走り出し、カギ縄を塀の天辺に向かって投げ、カギ手が引っ掛かるや、一気によじ登った。

塀の天辺にカギ縄を回収、自らは身体を伏せて警備兵の巡回の隙を見計らう。

 四巡目の組が過ぎて、5秒後だった。

 素早く塀を滑り降り、端末機のジャックをドアのカードリーダーのジャックに差し込みロックを解錠しドアを開け、倉庫内に侵入、この間、僅か、4秒だった。

 30秒間、息を整えながら、ドア内側に耳を当て、巡回する警備兵と警備犬の足音や警備犬の息遣いの変化に耳を澄ます。

「ふぅ―」

フジオは静かに一息ついた。食糧のプーンとした匂いが、鼻腔を刺激する。

庫内は空調が効いているのか、ひんやりとしている。

 見渡せば、倉庫中央にある冷蔵庫と冷凍庫を取り囲むように、数百本はある大型の五段棚に、保存食がぎっしりと詰め込まれている。

「はぁ・・・・」

フジオは溜め息を付いた。

 フジオは、一カ所に留まることなく棚を回り、干し肉中心に素早くバックに詰め込む。

冷蔵庫からは箱積みされているチーズの中から何片か取り、冷凍庫からは、壁面に沿ってぐるりと設置してある三段の棚に、隙間なく積まれているパック詰めされた肉塊を二つ、三つ取り上げ、紙に包んでバックに詰め込んだ。

この間、4分30秒。

 脱出時は、ストップウォッチで時間を計測しながら、巡回する警備兵と警備犬の足音や警備犬の息遣いを聞き分けタイミングを計る。

 警備兵がドア前を通過するのを見極め、ドアを開け、端末機でキーをロック、

即座に塀に向かって疾風のように走り、カギ縄を塀の縁に向かって投げ引っ掛け、一気呵成に塀を駈け昇り、塀の向こうの暗闇の中に消えて行った。

その間、僅か3.5秒だった。

 フジオはその日の朝、食い物を探すフリをして、トリートの倉庫の周辺をうろついたが、倉庫では作業員が普段と変わらず、搬出入の作業を行っている。

警備兵にも、特段変わった動きはない。

 それから三年余り、フジオは食糧を背負いのバック一杯に詰め込んで持ち去ること十二回、しかも、フジオが食糧を盗みに入ったことを気付かれることはなかったのである。

それは、フジオの持って生まれた身体能力の高さ、知能の高さ、勘の鋭さがあったからに他ならない。


 この数カ月、政府とトリートとの戦闘が激化していた。

 トリートがドームに攻撃を仕掛ければ、いかなる重火器も歯が立たず、ドーム表面から突如現われる、数十基のバルカン砲の集中攻撃を受け多くの戦死者を出し、

政府がトリートの倉庫を襲撃すれば、迫撃砲の攻撃でも突破できない塀に阻まれ、越塀しようとすれば、監視塔に配備された四門のバルカン砲の攻撃に戦力を失うという、消耗戦が続く。

市街地では、政府兵、トリート兵、銃器を抱えた血の気が多い民間人が入り乱れ、戦闘が続いていた。

 シェルターでは政府からの食糧の配給が滞り食糧不足が慢性化し、住人は、緊急時の食糧として、政府から配られていた保存食のチップを口にし命を繋いでいたが、住人の一部が体調の異常を訴えはじめてから、事態は予期せぬ方向へと進んでいく。

 シェルターのリーダー格の住人たちが、チップの不安全性の訴えとともに、政府にシェルターへの食糧の早期配給の直談判をした。

だが、政府は、『食糧不足の折、チップはシェルターの住人だけでなく、広く国民に配給しているものであり、他に体調不良の報告は受けていない。

体調不良はシェルターの一部住人に偶発的に起きたものであり、チップに問題があるわけではない。この激戦の最中、食糧の運搬は危険である。もうしばらく待て。』

と、にべもなく突き放したのである。

 無謀にも、シェルターのリーダー格の住人たちが中心となり、自動小銃を手に、トリートの食糧倉庫を襲撃する事態が起きたのは、それから一カ月後の事だった。

 案の定、襲撃に参加したシェルターの住人すべてが返り討ちにされ、トリートのみならず政府にも銃口を向けるまでに、民間人の憎悪を募らせることとなったのである。

こうして、政府とトリートの内戦は、多くの完全武装した民間人を絡む三つ巴戦の様相を呈し、一層泥沼化していく。


 木陰には、遠方にぽつんと見えるトリートの倉庫を睨み付ける、フジオの姿があった。

 政府とトリート、そして武装した民間人を絡めた戦闘が激化したのを契機に、食糧倉庫の鉄格子門の両脇には、20ミリ機関砲が一門ずつ据えられ、昼間は、倉庫敷地内に軽機関銃を抱えた数十人の警備兵が常駐し、夜間は、警備犬が十頭と、自動小銃を構え、三発の手榴弾を下げた警備兵十人が、五組に分かれて、倉庫の周りを巡回している。

しかも、監視塔には、警備兵が二十四時間常駐するようになり、事が起きれば、バルカン砲が火を噴く。

もはや、6、7秒はおろか、数秒の隙すら無い状況であった。

「くそっ! 畜生!」

 フジオは、ねぐらの前の草場に仰向けになり、言を吐き捨てた。

 最期に倉庫に盗みに入ってから三カ月と六日、食糧が底をついて三日が過ぎていた。

空腹が過ぎ、苛ついたフジオは、鍋、フライパンの類を、荒れ野に思いっきり投げ捨ててしまった。

 腹をすかせた野良犬の如く、食い物を探してうろつき回っていた頃の自分を思い出す。

もう、二度と、地を這うゲテモノを食らうのは御免だった。

 目の前には、自分の境遇とは似ても似つかぬ澄みきった青空が広がり、薫風が行き交っている。

フジオは、静かに目を閉じた。

 と、その時、

 ドサドサ、ドサドサ、ドサドサドサ・・・・と、足音が重なる音が近づいてくる。

顔面に当たる陽光が遮られる気配がし、フジオはゆっくりと目を開けた。

三人の兵士がフジオを囲み、自動小銃の銃口を向け立っている。

『あっ! トリート・・・』

フジオは声なき声を上げた。

「こいつだ、こいつに間違いない。」

「隊長が言う人相、風体と一致しているな。」

「うむ。間違いない。」

三人の兵士が口々に言いながら頷く。

「さぁ、立て! 一緒に来るんだ。」

兵士の一人が言った。

フジオが観念しヨロヨロと立ち上がると、一人の兵士がフジオの両腕を後ろに回し手錠をかけた。

兵士に自動小銃で小突かれながら、フジオはヨタヨタと歩く。 

 市街地の方から、銃声が絶え間なく聞こえてくる。

政府とトリート、そして武装民間人が絡む戦闘は日々激しさを増し、善良な民間人含めた死者の数はかつてないほどだった。

 

 フジオは、突然、歩みを止められた。見上げれば、眼前に、銀色のドームが聳えている。

三人は、政府兵だったのである。

フジオは、ホッとしたのも束の間、この後、何が待ち受けているのか、不安がよぎる。

 兵士の一人が、ハンドレシーバーに向かって何やら言うと、出入口がスーッと現れ、白いツナギに黒いブーツ、銀色のヘルメットを被り、自動小銃を抱えたゲートキーパーが姿を見せた。

兵士の一人がフジオの手錠を外し、三人の兵士は引き上げた。

「よし、入れ。」

ゲートキーパーは言って、フジオを中に押し入れた。

 身狭な出入口をくぐり抜け通路を進んでいくと、正面の壁が人の背丈、肩幅くらいでスーッと開く。

その先には、高さ5メートル、四方それぞれ15メートル程度の全体が白色の空間が広がっていた。

 両側の壁に沿って、奥行1.5メートル、高さ3メートルくらいの高さの、白いパイプの梯子付きの四段の棚が据え付けられている。

 棚には、ハンガーに吊るされた衣類品の他、ベルト、ブーツ、布製の靴、ヘルメット、ゴーグル、酸素ボンベ、酸素マスク、背負いのバック、手袋、端末機が一山一山になって整然と置いてある。

 棚の隣には、十個の引き出しがある大型のレターケースのようなコンテナ二台、何かの機械の部品や機材、その他、用途が分らない物まで整然と置いてある。

部屋中を照らす白色の明かりは、天井が発光しているからだった。

 フジオは、待ち構えていた二人の担当者に腕を抱えられ、中央の黒色に塗られたサークルに立たされた。ボロボロのスニーカーを脱がされ、薄汚い衣服を剥がされ素っ裸にされ、白いツナギを着せられて、左胸に、マジックで『109』と書かれた。

「こっちだ。」

ゲートキーパーに促され、フジオは裸足のまま、通路へ。

その先には、『着替え室』の広さのニ倍はある空間が広がっている。

 正面に100インチくらいのスクリーン、その前に演台、演台を基点に、六尺見当の白い机が横に1メートル間隔くらいで六本、縦にこれも1メートル間隔くらいで十本整然と並び、一机に二人ずつ、フジオと同じ白いツナギを着た百人以上の応募者が坐っている。

見たところ、女性は居ない。年代は、十代からニ十代後半ほどか、様々に見える。

 左側にも空間があるのだが、洞穴のように暗く、何が構えているのか分からない。

フジオは一人で、左側の最後列に坐らされた。

フジオは、これから、何がはじまるんだ、と身構えるが・・・・。

 しばらくすると、上下黒いジャケットとパンツを身に着けた六十絡みの恰幅の良い男が、資料を片手にスクリーン背後から現れ演台に立った。

 恰幅の良い男は、資料を演台に置くと、挨拶もなく、話しはじめる。

「政府治安部隊とは、軍隊とは別の政府要人直轄の警備部隊であり、政府要人の警護と要人の極秘命令で特殊任務に就く部隊である。

お前たちは、自ら望んで此処に来たわけではないであろう。だが、いい機会だ。隊員になれるよう頑張ってみてはどうかな。

隊員になれば、政府の一員となり、給料はもらえるし、旨い物が食え、ひもじい思いもしなくて済むぞ。」

恰幅の良い男は、甲高い声で言うとニヤリとした。


『政府、治安部隊、隊員?』と、フジオは顔を上げる。


「これから隊員選考の内容を伝えるが、もし、逃げ出したい奴がいれば、その場で立て。」

試験官はそう言い、全員に睨みをきかせた。だが、立ち上がる者はいない。

「うむ。では、スクリーンを見ろ。」

スクリーンに次々と映し出される選考内容を、フジオは無意識に目で追っていた。

筆記試験の後に行われる体力試験の内容は、過酷なものだった。

会場内のあちから聞こえる溜め息や低い悲鳴、中には、頭を抱える者もいる。

「説明は以上だ。もう一度言う。逃げ出したい奴がいれば、その場で立て。」

恰幅の良い男は、再度睨みをきかせる。

フジオは微動だにせず、じっとしていた。他の誰一人、立とうとしなかった。

「よしっ! 先ずは筆記試験だ。」

と言って、全員に冊子を配りはじめた。

「いいか、まだページを開いてはならん。先ず、机にある筆記具を取って、表紙に番号と名前を書け。番号はツナギの左胸に書いてある。」

試験官は、そう言いながら冊子を配り終えると、演台に戻った。

「それぞれの設問には、五つの答えがある。その設問に対する正しい答えに、丸を付ければ良い。

良いか、設問をよく読んで答えるように。時間は1時間、質問はなしだ。

それでは、はじめぇ!」

試験官の甲高い合図で、一斉に、パラ、パラ、パラ・・とページをめくる音が空間に響く。

資料には、10ページにわたって、数字、図形、文字、図柄がびっしりと記されている。

フジオは、やおら、回答に取り掛かった。


「よしっ、それまでぇ! 筆記具を元に戻せぇ!」

試験官の終了の合図と同時に、左方の空間の天井がパッと光った。

 広大な空間の中に、壁面に沿って昇り棒が七本、懸垂、腹筋、ベンチプレスなど何種類ものトレーニングマシーンや、四つのボクシングリングとレスリング場、6コースある50メートルプール、フロアをぐるっと回るトラックなどの訓練施設が据えられている。

「これから体力試験だが、その前に身体検査をやる。そのまま待て。」

試験官は筆記試験用紙を回収し終えると言って、出入り口の方に向かった。

 何気なく後ろを見ると、出入口の前に、聴診器を首にかけ白衣を着た八人が横並びに坐っている。その中に、女性が三人いる。

それぞれの脇には、何やら医療器具が載っている小振りのワゴンがある。

試験官は、八人の前で何やら話すと、再び演台に戻った。

「よし、前列右側から順番に検査人の前に並んで検査を受けろ。それっ、お前からだ。」

と言って、試験官は最前列の一番右を指差した。

 指差された応募者が、のそのそと立ち上がり後方に向かうと、次々に立ち上がり八人の検査人の前に順番に並んでいく。フジオは、左から五番目の女性検査人の列に並ぶことになった。

 検査人は、先ず、応募者の氏名、年齢、出身地、経歴、親族係累の有無を聴き、検査用紙に書き留めた後、応募者に、ツナギをくるぶしまで下げるように指示する。

応募者は困惑した表情を見せ躊躇するのだが、検査人は有無を言わせずツナギを下げさせる。

中には、苛立って、応募者のツナギを乱暴に下げる検査人がいた。

 検査人は、手際よく、放射温度計で額、首筋、手首の裏の表面温度を測り、そのあと腕帯を巻き送気球をプッシュし血圧と脈を測る。次に聴診器を胸に、背中に当てて心音と肺の呼吸音を聴く。

その後に、血液を採取。

 次に、頭から首、喉、肩、腕、脇の下、手の甲、掌、胸、腹、陰部、背中、臀部、太腿、膝、ふくらはぎ、足の甲、裏を触診しながら全身の皮膚の状況を診、続いて眼球、耳の中、口の中をペンライトで照らし念入りに診ていく。

最後に、「感染症にかかった事はあるか。」と検査人に聞かれて、身体検査は終わる。

「終わった者から、こっちへ集合だ!」

試験官が声高に言った。

 体力試験場には、白いスウェット生地のツナギを着て、布製の白い靴を履いた体格の良い十人の男が待ち構えていた。

 体力試験の内容は、高さ7メートルの棒昇降を五回、腕立て伏せ三百回、重さ100キログラムのバーベル挙げを十回、50メートル距離の徒競走を十回、50メートル距離の競泳を十回、ボクシングリングでは、6オンスのグローブをはめて、決着はノックアウトのみの1ラウンド五分の試合を5ラウンド、レスリング場では、決着はフォールのみの1ラウンド五分の試合を5ラウンド行うという、熾烈なものだった。

「以上が体力試験の内容だ。いいか、これは試験だ。全力でやるのだぞ、全力で!」

試験官は目を吊り上げて言う。

応募者は、十人のアシスタントごとに10グループに分かれ、それぞれの種目に取り掛かっていく。

 汗まみれ、傷だらけ、中には過酷な余り意識を喪失する者もいて、多くの応募者が途中で脱落したが、フジオ含めた十二人はフラフラになりながらも、どうにかやり遂げたのである。

「さぁ、こっちだ。」

選考メニューのすべてが終ると、応募者は試験官に促され、体力試験場から扉一つ隔てた隣の二百坪ほどの広さの部屋に移動した。

その部屋には、壁面の沿って置かれた十台の長尺テーブルの上に、肉や野菜の料理、パン、果物など、大量の食糧が用意されていた。

「食ったら、今日は終わりだ。二日後にまた来い。結果はその時に伝える。」

試験官はそう言うと、二人のゲートキーパーに目で合図をし、部屋を出て行った。

「食い終わったら、隣の部屋に着替えがある。好きなものを着て帰れ。」

ゲートキーパーの一人が言った。

フジオは、腹をすかせた野良犬のごとく、貪り食った。

他の応募者は、獣のごとく、食い漁った。

 

 ニ日後、再びドームに足を運んだフジオは、ゲートキーパーにドーム内に入るよう促された。

治安部隊入隊を、許されたのだ。

不合格者は、何も告げられずに、補充戦闘要員として各小隊に配属された。

 トリートとの内戦勃発以後、スパイの潜入を防ぐために一般公募は止め、隊員の候補者を街中で狩って補充していたのである。

 治安部隊入隊を許されたのは、十代から二十代前半の、民族、出身地不明の十九人だった。

その中でも、フジオの身体能力と知能の高さは、応募者の中そして政府関係者の中でも群を抜いており、要人の注目を集めたのだった。

 フジオがドームに連れて来られたのも、あの警備が厳重なトリートの倉庫に入り込み、食糧を盗んだフジオの姿を見かけた治安部隊隊長がその能力に驚嘆し、フジオの入隊を切望したからだった。

 合格を告げられたフジオを含めた十九人は、その場で入隊し、十カ月の訓練に臨んだ。

 先ずはイデオロギー教育、化学物質や化学兵器の講義という退屈極まりない座学に始まり、その後、柔術、空手、合気道、刀剣術、棒術などの武術、そして銃器の種類と扱い方、射撃訓練、そして、実戦さながらの模擬戦闘訓練など、厳しい訓練に明け暮れた。

 訓練は、毎日のように負傷者が出るほど過酷だったが、荒れ野で生き抜いて来たフジオにしてみれば、少し重い運動のようなものだった。

何より、毎日、温かく安全な食糧にありつけるだけ、マシだったのである。


 そして、十カ月後―

 フジオは、正式に部隊に配属された。

 フジオは出撃してすぐ、治安部隊などとは名ばかり、敵と目せば民間人をも殺す、政府公認の殺し屋集団だと知った。

 それから、人を殺し続けて五年、

幾多の修羅場を潜り抜け、今までどうにかこうにか生き延びてきたが・・・・。


 二カ月前、折りしも、戦闘が激化し、治安部隊全隊が出撃していた時だった。

 政府に、巧妙な手口で寝返ったと見せかけ潜入したトリートのスパイの手引きで、トリートの三個中隊がドーム内に侵入し、難攻不落だったドームはあっけなく陥落、政府要人全員が殺害されてしまう。

時置かず、トリートは新政府樹立を宣言、こうして、トリートの政府要人暗殺からはじまった内戦は、あっけなく終結したのである。ずるずると、十五年続いた内戦だった。

 帰る巣を失ったフジオの部隊含めた五つの部隊、隊員総数五十二人は、人殺し集団のお尋ね者としてトリートに追われる身となった。

 戦争は勝者が正義となる。敗者は罪人である。敗者の生き残りは、人殺しとして処刑される運命にあった。

フジオ以下九人いた隊員は、一人また一人とトリートの銃弾に斃れ、今やフジオ一人。

他の部隊は全滅したに違いない。どの部隊とも、連絡が取れなくなっていた。

 弾薬の残りは自動小銃に装填している分含めて3カートリッジ150発、手榴弾は残り4弾、此処を突破するには心もとない装備だった。

 一年前、東方や南方の地では穀物収穫量が増え、クローンの牛や豚、鶏の家畜の飼育数も増え、食糧の安定供給が実現しつつあると国際運営機構が宣言して以来、数十年ぶりに一般流通に道が開かれ街中にも安全な食糧が出回りはじめている。

やがて、自分の食い扶持くらいは、誰でも手に入れることができるようになるだろう。

東方の地では、新しい民主的組織が立ち上がったともいう。

『東方の地に行けば、やり直せるかも知れない。』

と、フジオは想った。

 だが、東方の地に行くためには、あの緑地帯を突破しなければならない。

 緑地帯は、政府が消滅して以降トリートが陣取ってニ十四時間警備をしており、ネズミ一匹通れる状況にはない。

 その時、である。

キュル、キュル、キュル・・・・・

『あれは・・・・』

あの耳障りな、金属が擦れたような音。

『もたもたしないで、一体残らず拾っていけよ、デスビー。』

デスビー、死体を運搬する奴のことを、そう呼んでいた。

 デスビーは、崩れかけた窓の前で動きを止めると、辺りを窺うように、角をヌルヌルと動かした。

フジオは、咄嗟に自動小銃を構える。

一瞬の間を置いて、デスビーは何事もなかった風にその場を去っていく。

『こんな、真昼間に・・・・。』

フジオは一息付いて、構えと解いた。

 デスビーは、中型のダンプ程度で、ボディー前方は人間の頭のような形をしており、頭の上から突き出た、カタツムリのような長い頭にニョロニョロしたニ本の角、その角が辺りを探るように、いつも角をヌルヌルと動かしている。

ボディーには、両側に五つの灰色の車輪にキャタピラを履き、いつも死体で一杯のくすんだ赤いボックスを乗せている。

 頭とボディーの付け根からは、長さ3メートルはある三節のアームが左右一本ずつ伸び、アームの先端は、肉食恐竜の頭部のような形の掴手になっている。

その二本のアームで、そこいら中に転がる死体を掴み取る姿は、強靭な顎で獲物に喰らいつく肉食恐竜そのものだった。

 よく見ると、掴手の先には太い釣り針のような二本の鋭い爪が対に付いていて、戦死した兵士が首から掛けた自動小銃や兵士が被る鉄製ヘルメット、兵士の腰にぶら下がった拳銃や手榴弾をホルスターごと器用に取り除いては死体を掴み、ボックスに放り込んでいくのである。

ボックスが一杯になると、奴は、何処にでもなく消えていく。

 デスビーは、政府が造った死体運搬ロボット・掃除屋、死体は何処かにある処理場で焼却処分される、誰もがそう思っていた。

だが、フジオは、デスビーはただの死体運搬ロボットではないと考えていた。

 ロボットとは言え、あのカタツムリのようにニョキッとした頭の中に、鋭い生体神経系をもつ事をフジオは見抜いていた。

何よりも、全身から放たれるあの殺気である。

フジオは、本能的に、デスビーの中に底知れない魔性を感じ取っていたのである。 

『戦争が終われば、奴も用済みだろう。最期の見納めに、奴の正体を見極めてやる。』

 フジオは衝動を抑えきれず、身体を起こした。

 自動小銃を構え、崩れた窓から周辺の建物の二階、三階、屋上際を探る。

だが、追っ手の気配がしない。

辺りは不気味な静寂に包まれ、キツネにつままれたようだ。

 フジオは崩屋を出ると、一定の距離を保ちながらデスビーの後を追った。

 デスビーが瓦礫に乗り上げ傾いた時だった。

ボックスの縁から身体半分出ていた死体が落下した。フジオは、素早く近くの瓦礫に身を隠す。

デスビーは、すぐさまアームを伸ばし、落ちた死体をガバッと掴み取って箱の真ん中にドサッと投げ込み、再び動きだす。

 

 市街地を抜けると、広大な大地が広がっている。

 デスビーは、道なき大地を悠然と突き進んでいく。

フジオは、大地に点在する大小の岩に身を隠しながら、デスビーを追った。

 あと1キロほど行くと、あの緑地帯である。

フジオは、緑地帯手前にある大岩に身を隠した。

 緑地帯は、南北に5キロ、東西に3キロ広がる森林地帯だが、温暖化による気候変動の影響で緑が減少の一途を辿っていた。

 環境破壊への絶対的危機感を抱いた国際運営機構は、各国に呼び掛け、自然環境再生チーム、通称NERTを立ち上げ、数十年かけて集中的に温暖化対策をやり続け、その効あって、緑は回復しつつあったのである。

 この緑地帯は二カ月前、トリートの新政府樹立宣言後、トリートが支配し厳重に警備されているはずだった。

『何故だ。』

何処を視ても、トリートの兵士、警備兵はおろか、人っ子一人いない。

 フジオに考える暇を与えず、デスビーは、自分の塒に帰るように丈高の緑草の中に姿を消した。


 フジオは、用心深く緑草の中に分け入っていく。

すると、緑草の隙間から、幅5メートル位の轍が刻まれた芝生の路が続いているのが見える。

路は、左方に緩やかに曲線を描きながら、緑地帯の奥まで続いている。

 路の両脇には、広葉樹の大木が数メートル間隔で立ち、それらの枝葉が上空で幾重にも重なり太陽光を遮断している。

枝葉の重なる僅かな隙間から陽が差し込んでいるが、昼間だというのに夕暮れ時のように暗い。

恐らく、夜間は漆黒の闇と化すだろう。

 フジオは、緑草を抜けると、轍の上で片膝立ちした。

耳を澄ましても、鳥のさえずりも、動物の咆哮も聞こえない。

聞こえるのは、先を行くデスビーが放つ擦れた金属音だけである。

此処で聞く奴の声は、獲物を捕らえた時のオルカの咆哮のようだった。

フジオは、不吉な予感にとらわれながらも、轍の上を進んでいく。

 15分ほど、歩進した頃である。

 広葉樹の大木が円形に囲み、丈の短い緑草が群生した広いエリアの真ん中あたりに、デスビーの姿がある。頭上には、澄んだ青い空が広がっている。

路は先まで続いているが、此処は、恐らく、緑地帯のほぼ中心辺りの位置する所だろう。

フジオは、手前20メートルほど離れた路脇の繁みに身を隠し、デスビーを監視した。

デスビーは、何かを待っているようである。


「あっ!」

それは、予想だにしない事だった。

デスビーの底部に沿って、地表が沈みはじめたのである。

デスビーを乗せた地表面は、少しずつ、音もなく、スーッと沈んでいく。

ボックスが、沈み込みかけた時だった。

『うっ!』

フジオは、全速力で突っ走り、死体で埋まったボックスに飛び乗っていた。

死体の異臭が鼻を突き、咽ぶ。

地表の穴から青い空が見えたのは、一瞬だった。すぐさま穴は閉じられ、真っ暗闇に。

 薄暗い赤茶色に染まった広大な空間に抜けたのは、その八十秒後だった。

ムッとする熱気が充満し、何かが焦げたような、腐ったような臭いが空間全体に漂っている。

フジオは堪らず、内肘で鼻腔を塞いだ。

『此処は、一体・・・・』

 ガタっという音とともに、地表面の動きが止まった。

この空間に通じる入口も、いつの間にか閉じられている。

此処は、地表面が下降するスピード、時間から、地表から100メートル以上の深さはあるに違いない。

『ふむっ!』 

フジオは、咄嗟の直感でボックスから床に飛び降り、デスビーの背後に回った。

デスビーは、まだ、フジオの存在に気付いていない。

 直後、デスビーは動き出した。

 フジオは、デスビーの後について五、六歩進み、右側に回りこんだ太い銀色の管の影に身を隠す。

デスビーは、突き当りまで真っすぐ伸びた管に沿って、ゆっくりと進んでいる。

 フジオは、注意深く、辺りを窺う。

 此処は、千坪以上の広さはあり、天井高は20メートル、縦長で北側の奥までは70メートル、東側の奥までは50メートルはあるだろう。

天井全体が薄暗い赤茶色に発光し、壁面と床全体をゆらゆらと照らしている。

『何だ、あれは・・・・』

前方を見れば、赤茶色に染まる空間の中で、ひときわ銀色が浮き立つ、直径3メートル、高さはその倍ほどの円柱の塔がある。

 この円柱塔から、およそ5メートル間隔程度で、床から高さ50センチメートル程度の丸く太い支柱に支えられた直径7~80センチメートル程度の金属製の管がつながれており、

そこから5メートル程度の間隔で五カ所、直径1メートル、長さ2メートル程度の計器盤のある筒状の室が連続的に繋がれている。

そのまま管は、地表面が下りたポイントの手前をぐるっと東側に回り、東側に4~50メートル程度は続いている。その先はどうなっているのかは分からないが、管の全長は、優に100メートル以上はあるだろう。

 円柱塔の向こう、つまり北側の奥には倉庫のような建物があり、その入口からコンベアのようなものが見えている。

・・・・と、デスビーが、倉庫の入口の手前で止まった。

頭をコンベアに向けながら、何事かを確認するかのように角をヌルヌルと動かしている。

デスビーは、しばらくして再び動き出し、そのまま倉庫の中へ消えた。

 

 二十分以上経ったも、デスビーは倉庫から出てくる気配がない。

 それにしても、この異様な熱気と腐臭、それに、焦げたような、そして血糊のような、何とも言いようのない臭いが鼻を喉を衝き、肺に浸潤するようで居た堪らず、とても長居できるような場所ではない。

 フジオは痺れを切らし、倉庫に向かった。

近づくにつれ、円柱塔の向こうの様子が見えてくる。

 倉庫の入口から円柱塔までは、ベルトコンベアで繋がれ、その長さは10メートルほど、そのうち塔に繋がる部分の7割ほどは、金属板でトンネル状に覆われている。

『うむっ?』

いきなり、金属板でトンネル状に覆われた部分から、ジュ、ジュー・・・・という高電圧の電流が流れるような音がしはじめ、ゴオォォォ・・・・・と、円柱塔がけたたましい音を立てて動きはじめた。

ガタガタ・・・・と、ベルトコンベアも動きはじめると、倉庫入口から、何ものかが流れてくる。

『うっ! なっ、なに!』

フジオは、驚愕し後退った。

 それは、衣服は剥がされ、髪の毛から何から全身の毛が抜き取られた、ツルッとした、マネキンのような死体だった。

死体がトンネルの中に入ると、ジュ、ジューという音がひと際高くなり、焼き焦げたような臭いがする。

死体はトンネルを通過して円柱塔に入ったのか、突如、ガッガガガ・・・・という不快な喧騒音に変わり、喧騒音の合間に、円柱塔の下からポトン、シャン、ポトン、シャンという音がする。

見れば、弾丸のような金属の小塊や何かの破片のような物が受皿に落ちている音だった。

 七、八秒過ぎると、円柱塔のガッガガガ・・・・というけたたましい音に、グツグツ・・・・と管の中を移動する奇妙な音が加わる。

 その奇妙な音が管の筒状の室あたりまで移動すると、ゴボ、ゴボ・・・・という音も加わり、計器盤の針が大きく横揺れし、筒状の室の上方から蒸気のような気体がプシューと噴き出した。

 倉庫の入口から、コンベアに乗った死体が次々に流れて来る。その死体が円柱塔を通り、管をそして筒状の室を通るたびに、同じ音、リズムを繰り返す。

『ここは、ただの死体焼却処理場じゃない。』

フジオは、塔や室の中を通る死体が、どういう目に遭っているのかを想像するだけで吐きそうになった。

フジオは、ズル、ズル・・と後退りしながら倉庫の中へ飛び込んだ。


 そこに、デスビーの姿はなかった。

 倉庫内は、工場と同じ薄暗い赤茶色に天井が発光し照らされているが、さらに照度が低く暗室のようだ。

 ・・と、奥の方から、グル、グル、グル・・・・という何かが回転しているような音が聞こえてくる。

フジオは、ゆっくりと、音が聞こえる奥へと進んだ。

『こ、れは・・・・』

フジオは、立ち尽くしていた。

 深さ3メートル、直径7メートル位の巨大な透明のジョーロ状の器の中で、液体に浸けられた多くの死体が、ゴロゴロと蠢いている。

デスビーは、集めてきた死体を此処に漬けたのだ。

 ジョーロの下部は直径1メートル位の半透明の球形になっていて、ジョーロと球形の境目には網目状の仕切りがあり、球形の中で液体を撹拌するフィンがウォン、ウォンと低く鈍い音を発しながら、勢いよく回転している。

 突如、ツーンとした独特な臭いがフジオの鼻をつく。それは、忘れようもない臭いだった。

死体が漬けられている液体は、NaT溶解液に間違いない。

訓練時、薬品、毒物に関する講義の中で、NaT溶解液の説明を受けながら、その臭いを確かめている。

 NaT溶解液は、家畜を屠殺した後、精肉加工しやすくするためにこの液体に浸し、体毛や体表に付着する異物を除去、消毒にも使われたらしく、後に毒性が認められて使用禁止となったものだった。

 NaT溶解液は、生体細胞以外は溶かす作用があった。金属まで溶かすことは出来ないが、膨張させる作用はあった。

 腕や耳朶、指などからずり落ちた金属製ベルトの腕時計、指輪、イヤリング、眼鏡の金属枠、兵士が腕に付ける認識票のリングなどの金属類が膨張して死体から外れ、ジョーロと球形容器の境目にシリコーンのような物でできた太いバルブが付いた穴を通り吐き出され、床に置いてある金属製の大きな受皿に落ちている。

 消毒、溶解が済むと、死体はジョーロの中に仕込まれている大きな扇状の跳ね板で、一体ずつ順繰りにコンベアまで押し上げられ流されていく。程なくして、ジョーロは空になった。

フジオは身を翻し、倉庫の東側に向かった。


 突然、『ウー』という低い唸り音が聞こえはじめる。

ジュー、ジュー・・・、ガッガガガ・・・、グツグツ・・・、ゴォォ・・・、ゴボゴボ・・・・、プシューという音は、まだ聞こえている。

フジオは、倉庫の東側の出口の縁に身体を預けしゃがみ込み、辺りを監視する。

 南側から東側に回り込み、さらに内側に回り込んだ管の先端には、先細りの形状のホースが繋がれ、その吹き出し口から空のボックスに、小さなピース状の物体が吹き出されている。

『何だ、あのピースは・・・・』

と、フジオは、漠然とした既視感ともに、妙な胸騒ぎがする。

 吹き出し口の下には直径10メートル程度の円形の床があり、そこに二台の空のボックスが円周に沿って置かれている。

 しばらくすると、吹き出しが停止した。ボックスが一杯になったのである。

いつの間にか、連なる装置のけたたましい音が止んでいる。

 間を置かず、床が回転し、チップで一杯になったボックスは回転床から左側に弾かれ、吹き出し口に空のボックスが収まる。

 右側のスペースには、空のボックスが五列二段重ねで積んであり、デスビーが、重ね置きした空のボックスを一つ取り上げ、回転床に繋がっている幅2メートルほどのベルトコンベアに載せたと同時にベルトコンベアは動き出し、寸分違わず、二個目の空ボックスが回転床に載るのである。

 左側に弾かれたチップで一杯になったボックスは、そのまま東側の奥まで続くベルトコンベアに載り、装置の外周を囲っている衝立の向こうに消えた。

 デスビーが、右側のスペースから移動をはじめた。

のろのろと進み、衝立の手前で急に停止すると、頭を左右に振りながら、角をヌルヌルと動かしている。辺りの様子を窺っているのだ。実に用心深い奴だ。

それも束の間に、頭をキリンの首のように立て、再びのろのろと動き出し、東側の向こうに姿を消した。

 フジオは、この隙に出口を抜け、吹き出し口まで素早く移動ししゃがみ込むと、ばらばらと回転床に落ちたピースを手に取った。

『こ、これは!』


 それは、確かに、H・Fチップ、そう呼ばれている保存食のチップだった。

 政府が、シェルターに住む三千人以上の住人や、他の多くの国民に保存食として配ったものだ。

フジオがまだシェルターにいた頃、政府からの食糧の配給が滞り、多くの住人が飢えを凌ぐため口にしていた。

 内戦の激化を口実に、政府からの食糧配給がストップして以降、このチップを日常的に口にしていたシェルターの住人の一部が体調の異常を訴えるようになった。

住人は政府に抗議したが、政府は食糧の配給を再開するどころか、チップの安全性を主張するのみで、体調不良を訴える住人に対して、手を差し伸べることはなかったのである。

 フジオがシェルターに居た頃、まともな食扶持のほとんどをフジオに与えていた母親は、毎日のようにチップを口にしていた。母親が死んだのは、このチップを口にしていた所為かも知れない。

そう思うと、フジオは、急に、怒りとも悲しみともつかぬ感情が、込み上げて来る。

『くそっ!』

フジオは、政府の片棒を担いでいた自分を恥じ、悔やんだ。


 危機的な食糧不足が続く中、政府は安全な食糧を独占するために、あろうことか、死体を利用したチップを生産し国民にばらまいていた。

自らは安全な食糧を口にし、国民には安全だと偽って騙し、人間の死肉から作った危険な食糧を与えていたのである。

 だが、気候の変動指数が安定化の様相をみせ、各国、地域で収穫、生産が再開され安全な食糧が街中に出回りはじめれば、もはやチップは無用の長物、

なによりも、死体を利用して身体に有害な保存食チップを造り、国民にばらまいていたなどという非人道的悪行を世界が知れば、政府にとって致命的となる。

政府は、邪魔な存在でしかなくなったこの工場とデスビーを破壊し、全てを闇に葬ろうとしたに違いないのだが・・・・。

 もしや、この工場とデスビーはハセガワ博士と関係があるのか。

 二年前、フジオの部隊がハセガワ博士の護衛、と言えば聞こえが良いが、実質は『監視』の任務に就いていた頃、ハセガワ博士は、政府から請け負った自らの研究、開発を後悔し否定するかのような言動をした事がある。

フジオが聞き返しても、博士はそれ以上何も語る事は無かった。

その一年後、博士は自殺した・・・・否、政府が自殺と発表しただけだ。

 もし、この工場をハセガワ博士が設計し稼働させたとすれば、政府は自らの悪行を闇に葬るため、すべてを知るハセガワ博士を暗殺した、としても不思議ではない。

そう考えれば、すべての辻褄が合うのである。

だが、科学の発明の平和的利用を口癖のように言っていた、あのハセガワ博士が、何故、この工場を・・・・。

 フジオは或る仮説を立てる。だが、事ここに至っては、その仮説を立証するために行動を起こすことは出来はしない。

はっきりしている事は、政府が消滅しこの工場とデスビーを止める者が居なくなった今、この工場は、デスビーは、無用な長物となったチップを造り続ける、という事だった。

『ちっ!』

フジオは、チップを床に投げつけ、踏み砕いた。


『うむっ?』

東側の壁面の方から、ガタッ、ガタッという物音が反響してくる。

フジオは衝立まで移動し、衝立の端からデスビーが消えた方向に目を向けた。

 そこには、東側の広大な壁面の半分程度を占めて、チップで一杯のボックスが三段に積まれ、並び置かれている。

ざっと見ても、百は数えるほどのボックスがある。

『ちっ! 馬鹿な!』

 丁度、積まれた百のボックスの手前真ん中あたりで、ベルトコンベアは終点となっている。

其処に停まっているチップで一杯になったボックスを、デスビーがベルトコンベアから自分のボディーの上に載せようとしている。

バタンッ、という音と共に、デスビーは動きはじめた。

積み重ねたボックスの一番手前まで戻り、コンベアから移したボックスをバタンッ、と降ろすと、取って返し奥へと進んでいく。

 暗がりの中で、フジオの目がデスビーの後姿を追う。

暗がりで見るその容姿は、得体の知れない怪物のようだった。

デスビーの黒影が、積み重ねたボックスの端で止まった。

無骨な三節アームが影絵のように動き、積み重ねてある一番手前にあるボックスを、自分のボディーに載せようとしている。

ボックスを載せ終えるや、デスビーは、辺りを窺うように、ヌルヌルと角を動かしながら、こっちに向かってくる。

フジオは、急ぎ倉庫の出口まで戻り、身を隠した。

 デスビーは、出荷場の前を平然と通り過ぎ、南側の壁面の手前でクルっと西側に向きを変え、管に沿って、のろのろと進んでいく。その先には、地表面がある。

 デスビーは、もはや誰も口にしないチップを積んでは地上に戻り、あたり構わずばらまこうとしているのだ。

そして、死体を掻き集めここに戻り、チップを造り続ける、

たとえ、この千坪の広大な空間がチップで一杯になろうとも、造り続けるのだ。

 だが、戦争が終結し、死体を回収出来なくなった今、デスビーは死体をどう調達するのか・・・・

フジオは、或るおぞましい考えに、行きつく。

『デスビーともども、此処を破壊しなければ。』

デスビーの擦れた金属音が、工場内にキュル、キュル・・・・と響きわたる。 

フジオは、従容として、倉庫の入口に向かった。

 

 フジオは、倉庫の入口に回り通路に出て円柱塔辺りで立ち止まり、デスビーの忌々しい後姿を睨み付ける。

デスビーは、チップで一杯になったボックスを積んで、相変わらず、のろのろと、地表面に向かっている。その後姿が、悠々として見えるのも、癪に障る。

「ふぬっ!」

フジオは、ゆっくりとした動作で自動小銃を構え、デスビーとの距離10メートルあたりを見計らい、バ、バ、バ、バ、バン・・と、ボックス後部に銃弾を撃ち込んだ。

銃声と銃弾が跳ね返される音が、広大な空間に響きわたる。

 デスビーは、図体を仰け反らせて急停止、その拍子に、チップがバラバラとボックスからこぼれ落ちた。

角を伸ばし、ヌルヌルと背後の様子を窺うと、右に急旋回しフジオと向き合うデスビー。

そのただならぬ気配に、フジオはたじろぎ後退る。

デスビーは、ただの死体運搬ロボットではない。その内面には、確かに魔物が潜んでいる。


 カシャッ、カシャッと、スイッチが入るような音がしたのは、その時だった。

 

 本能的に身の危険を感じたフジオは、咄嗟に、ベルトコンベアの下をくぐり、円柱塔の裏にサッと身を移した。

 その直後だった―

 デスビーの人間の頭のような形をしたボディーの左右二カ所の窪みから、円柱塔に向け物凄い勢いで機銃が掃射されたのである。

ドッ! ドッ! ドッ! ドッ!・・・・それは、明らかに20mm機関砲の発砲音だった。

フジオは呆気に取られた。デスビーがこれ程強力な火器を装備していたとは。

 何発かの銃弾が円柱塔を貫通し、そのうちの一弾がフジオの右肩を掠めた。

「うっ!」

フジオは、素早い動きで円柱塔から出荷場の裏手を突っ切り、倉庫の東側の出口から入口に回り、デスビーに向けて自動小銃を構えた。

 デスビーは、倉庫の入口に近付きながら、身体を右、左に、グルッ、グルッと振り円柱塔周辺に向け、機銃掃射を続けている。

フジオを葬るためなら、この工場一つや二つ、破壊しても構わないというように。

 ベルトコンベアは破壊され、円柱塔と周辺の管は何百発もの銃弾で穴だらけになり、そこから化学薬品のような緑色の液体がドクドクと流れ出している。

 デスビーの機銃掃射が止み、何秒か後に、カシャッ、カシャッという音がした。

デスビーは、フジオの気配を探しているかのように、角をヌルヌルと動かしながら、入口に向かってゆっくりと進み、倉庫の入口10メートルくらい手前で停止し、角をピンと立てるや、

いきなり、倉庫の入口に向かって機銃掃射してくる。

「うっぅぅぅ・・・・くそっ!」

フジオは自動小銃で応戦したが、20mm機関砲の余りの勢いにすぐに撃ち負けし、倉庫の入口脇の物陰に身を隠した。

デスビーは、頭の下っ端の隙間から、薬莢をそこら中に吐き出しながら、少しずつ、倉庫の入口に近付いてくる。

このまま機銃を掃射され続けられれば、フジオは反撃の機会を失っただろう。

と、また機銃掃射が止んだ。

「そうか!」

フジオは、寸でに判断した。デスビーの体内で、弾薬のカートリッジが自動交換されているのだ。それが、五秒の間隙を生んでいる。

 フジオはすぐさま自動小銃を構え、倉庫の入口から、デスビーのカタツムリのようなニョキっとした頭に狙いをつけ銃弾を撃ち込んだ。

デスビーは、すかさずその頭をボディーの中に引っ込ませ、両腕の掴手で頭を覆い護り、フジオが撃った銃弾を悉く跳ね返す。

デスビーの体内から、カシャッ、カシャッと音がした。

「まずい!」

デスビーの機銃掃射が、三たびはじまった。

「ウッ、アアアア!!・・・・」

フジオは悲鳴を上げた。

デスビーは、倉庫の入口に向けて間断なく撃ち込んでくる。フジオは、堪らず、匍匐して奥の巨大なジョーロの裏側まで後退った。

デスビーは倉庫内に入り込み、めくら滅法に機銃を掃射してくる。

ジョーロは穴だらけとなり床一面に溶解液が流れ出し、ツーンとする鼻をつく臭いが辺りに充満した。

「くっ、くそっ!!」

機銃掃射が止むまで、このままこのジョーロの裏側でじっとして耐えるしかない。

と、機銃掃射が三たび止んだ。

「はっ!」

フジオは、すぐさまジョーロの裏側からサッと身を翻し、今度は直感的に、デスビーの右の三節アームの根元に、連射モードでワンカートリッジ分の銃弾を撃ち込んだ。

「ウッ、オォォォォ!!・・・・」

デスビーの右腕は、火花を散らしながらズシンと根元からフロアに落下、デスビーはギーギーと悲鳴のような軋み音を上げて怯み、後退りをした。

 フジオは、素早くカートリッジを入れ替えると、後退るデスビーの頭を狙い撃ち続けた。

 デスビーは、頭を引っ込め、残った左の掴手で護りながら、倉庫外に出るとボディーをクルッと前向きに回転させ、これまでにないスピードで走り出す。

地表面に乗って地上に戻るつもりなのだ。

 フジオは、手榴弾を握りしめ全速力でデスビーの後を追った。

地表面の手前、五、六メートルの所でデスビーに追いつくと右側に回り込み、キャタピラとボックスの間に手榴弾を押し込んだ。

「ふぬっ!」

フジオは取って返し北側に向け突っ走り、倉庫の入口手前で倒れ込むように身体を伏せた。

 デスビーが手榴弾に気付き急停止、ボディーを小刻みに揺らし手榴弾を必死に取ろうとするが、途端に手榴弾は爆発、デスビーの右側のキャタピラを破壊した。

 その場でぐるぐると回り、辺り一帯にチップをばらまきながら、四方八方に機銃を乱射するデスビー。

一体、何千発分の弾薬をそのボディーに仕込んでいるのか。

 やがて、機銃掃射は止んだ。弾薬が尽きたのである。

デスビーのギーギーという軋み音が、悲鳴のように響く。

 フジオは徐に立ち上がると、自動小銃を構えた。

 苦しみもがき、そそり出たデスビーの頭に狙いをつけ、ゆっくりと、引き金を絞る。

バ、バ、バ、バ、バ、バ・・・・バン! 

無機質な銃声が、工場内に響き渡り、デスビーの頭が、水風船が破裂するように吹き飛んだ。

デスビーは、両腕をガタンとフロアに落とし、動きが止まった。

「あばよ、デスビー。」

フジオは吐き捨てるように言うと、自動小銃を放り投げ、手榴弾を両手に握った。

 一弾、円柱塔の装置に手榴弾を投げ込む。

円柱塔の装置は轟音を立て爆発、大破、

倉庫内の出荷場まで走り、チップの吹き出し口にもう一弾を放り投げ、続けて、東側の壁面に積まれたボックスめがけて、思い切り放り投げた。

 吹き出し口が爆発してすぐに、管のあちこちで、ボン、ボン・・と誘爆が起き、管が裂かれそこから青白い炎が吹きあがり、さらに大量の緑色の液体が流れ出す。

東側の壁面に積み上げられたチップは、爆発とともに、列に沿って連鎖的にボン、ボンと爆発しながら火を帯びて工場全体に無数に飛散し、辺り一面、炎の海に・・・・

 フジオは、倉庫の入口に戻り立ち尽くした。地獄のような、光景だった。

デスビーは、この地獄の死の箱の中で洗礼を受けているかのように、その全身をメラメラとした炎が包みこんでいる。

その時、

『ドッ、バーン!!』という耳を劈く爆発音とともに、デスビーは跡形もなく吹き飛んだ。

デスビーの体内にある自爆装置が、働いたのである。

地表面も、跡形もなく吹き飛んでいた。

 フジオは、反射的に身を伏せていた。

その時だった。

炎を帯びた緑色の液体が、獲物を襲う獣の如く床を這い、フジオに迫る。

フジオは、静かに、目を閉じた。


 この工場は、人間が介入せず、十年以上稼働し続けてきた。

 工場を動かしていた動力源は、天才と言われたハセガワ博士が、政府一部要人の極秘命令を受けて、極秘裏に開発した画期的な装置だった。

 この動力源は、ある特殊な有機エネルギーを使用する事で、装置内で消費内製を繰り返し、半永久的に駆動するのである。しかも、環境汚染が発生せず、人体にも無害な発明だった。

ハセガワ博士は、実験の失敗を繰り返しながら、寝る間も惜しみ研究開発に没頭し、三年後、動力源と有機エネルギーを完成させたのである。

 ハセガワ博士が、政府要人に動力源の駆動実験を申し出ると、要人は博士の申し出を受諾する傍ら、ある注文を付ける。

『この動力源を使って、死体を利用した食糧を製造する工場を造れ。』と。

いかに危機的な食糧不足の中にあるとしても、余りに理不尽且つ非人道的要求だった。

ハセガワ博士は、駆動実験が成功した後は、動力源の平和的利用を条件にやむなく応諾し、工場の設計に取り掛かる。

だが、政府は、動力源を自らの勢力拡大、侵略に利用すること以外考えてはいなかった。

 ハセガワ博士が政府の真の思惑を知ったのは、工場の完成後であった。

 ハセガワ博士は、政府に渡した動力源と有機エネルギーに関する資料、データを政府管理のディスクから抜き取り、デスビーを自分の研究施設に呼び寄せ、その体内に内蔵するディスクにダウンロードした。

 身の危険を察知したハセガワ博士は、動力源と有機エネルギーに関する原データすべてを消去し、デスビーの人口頭脳に自衛機能をプログラミングし、重火器をそのボディーに装備、

合わせて、デスビーの駆動が停止すると、自爆するようにデスビーの体内に仕掛けをしたのである。

これは、政府が証拠隠滅を謀る事を予知した、ハセガワ博士の政府への最後の抵抗だった。

 動力源と有機エネルギーに関する資料、データが抜き取られたことを知った政府は、ハセガワ博士を捕らえ拷問、しかし、博士は、頑として、隠し場所の口を割らない。

業を煮やした政府は、愚かにも、博士を自殺に見せかけて暗殺してしまうのである。

 政府は、食糧の安定供給の見通しが付くと、一転して、動力源と有機エネルギーに関する資料、データの探索を諦め、証拠隠滅のために工場とデスビーの破壊を画策、だが、政府はトリートによって倒され消滅したのだった。

奇しくも、この工場と、工場の稼働を掌るデスビーは、フジオの手によって破壊されたのだが、

果たして・・・・。


 内戦が終結して半年。

 南方、東方の地に避難していた人々が少しずつ戻り、瓦礫の山となった街の復興に力を注いでいる。

 この地でも、民主的勢力が芽生えつつあった。トリートと対峙するようなことになれば、また内戦が起きるかも知れない。

 すると―

『一体残らず拾っていけよ、デスビー。』

瓦礫の山の向こうから、フジオの声が山彦のように聞こえてくる。

キュル、キュル、キュル・・・・・

それに応える様に、デスビーの擦れた金属音が、鳴り響いた。

                                


                                  了


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