第一話エンカウント
「今日も息してっか?」
家の花壇の桔梗に朝のご挨拶。私、日隠朝菜の処世術は生きてようがいまいが等しく対応。それがマナーだからね。
スカートの裾をしまいサドルに跨がりペダルを漕ぐ。
今朝の新鮮な空気を吸ってうちの通学専用チャリ、今日も元気。ベルを鳴らす。もちろん手動。
六月の風は東京に居た頃より湿っぽい。今年の春に、両親を事故で亡くした私はお祖母ちゃんの家に引き取られて――とまぁ、人生山あり谷ありといったわけで。
「・・・・・・っと、大名行列」
死にそうな顔で踏切を横断していく人々を邪魔しないよう見守る。
カンカンカンと音が鳴り踏み切りバーがゆっくりと降りていく。
依然横断する人々。
そんなところにいると死んじゃいますよーと心の中で呟く。
やがて電車は人々目掛けて直進していきそして――
――すり抜けていった。
「もう死んでるから関係ないか」
日常的光景。恒例の通勤ラッシュ。
幽霊ジョーク。
私の通う北山高等学校は生徒数が一年から三年合わせて合計百三十二人の生徒が在籍してる。
私もそのうちの一人。
「おっはよー!」
引き戸を開いて元気な声でご挨拶。ガヤガヤとした話し声がピタリと止まる。フォーカスが私に集まったのもつかの間、いつも通りの教室に戻る。
今日も返答無しっと・・・・・・
一瞬の主役気分を味わえただけいいさと唇噛みしめ自分の席に向かう。
椅子に座るなりスタンダートポジション。寝たふりをする。
クラスメイトたちの話し声をBGMに寝るのはどんな気持ちか? と問われればカフェでMacBook開いて作業してる感覚ですね(?)と回答したっていい。
うん、嘘。二人組み作ってーって言われて一人余った気分。
「お、おはよ~」
「おはよう! 良い天気だね!」
勢いよく顔を上げて脳震盪を軽く起こしたが気にしない。だって、挨拶してくれるだけとても素晴らしいことなのだから。
「あ、あはは・・・・・・良い天気だね~」
頬を引きつらせて話しかけてくれた女子生徒(仮名田中さん)田中さんはそう言うと、そそくさと他の女子生徒の元へと向かう。
「ねぇ秋穂、あの子に話しかけるのやめなよ」
「だ、だって毎日挨拶してるのに無視するのも可哀想だし・・・・・・」
「自己紹介の時覚えてるでしょ。絶対変な子だって・・・・・・」
私の席から三軒離れてひそひそと話してる彼女らの会話内容は、もれなくこの生まれつきの地獄耳に嫌でも届くんだよね。これが才能かも。
あ、視線が合った。手振っとこ。
さっと視線を逸らされる。あれも挨拶の一つかな?
寝たふりという手札を使い切ったので、仕方なく窓の外を眺める。
これぞ窓際特権。
今にも崩れそうな灰色の空。朝はあんなに晴れてたのにいつの間に雲が空を覆ったのだろう?
***
放課後、どんよりとした湿った空気に包まれながら自転車を漕ぐ。
見渡す限りの田、田、田。
そんな田圃群がここら一帯何もない田舎だと言うことを顕著に示してる。
何も無いと言うことはどこかに出掛けても娯楽がないというわけで。
ふと視界の端に白いくねくねとしたものが映る。
あ、あれ見ちゃいけないやつだ。目瞑りながら走り去れば大丈夫、大丈夫。
そんな危険運転をしていると突如ハンドルがぐらつく。ガシャンといった音に危機感を覚え思わず視界を開ける。少しの浮遊感の後に田圃がウェルカム。
投げ出された身体が水浸しになる形で、私の目を瞑れば大丈夫という理論は危険だと証明されたのだった。
「嘘でしょ・・・・・・」
この制服クリーニングに出したばかりなのに・・・・・・。
こうなったら何か一言あのくねくねしたやつに文句言ってやろうと辺りを見渡す。
しかし見渡しても広がるのは田圃だけで肝心のあいつはどこにもいなかった。
「逃げやがって」
行き場の失った鬱憤を何とか封じ込め愛車に近づく。
泥がぬかるんで歩きづらい。この靴も後で洗わないと・・・・・・。
なんとか自転車を道路に持っていきサドルに跨がりペダルを踏む。
「漕げない」
自転車を立てかけ原因を調べるとチェーン部分が内側に食い込んでる。
手が汚れるからチェーン部分触りたくないんだけどなぁ。
それでも直すために元の位置に引っ張る。
「あれぇ?」
固すぎて動かないぞ?
その後も意地になって格闘するが全然動かない。
ガッテム。
家まで何キロあると思ってんだよ。ふざけんな。
仕方なしに自転車を押して帰ることに。
頬にぽつりと冷たい感触が落ちる。 見上げると雫が瞼にまたぽつりと振ってくる。
ガッテム・・・・・・。
徐々に強くなっていく雨にメンタルを削られながら、程なく歩いてバス停を見つける。
あそこで雨宿りしよう。
自転車を端に寄せて屋根の下にお邪魔する 屋根の下にはベンチがあり、誰も居ないしせっかくだから真ん中に陣取るように座った。
それにしても雨音は強くなるばかりで一向に止む気配がない。
おかしいなぁ。今日の天気予報だと曇りのはずなのに。
「いつ止むのかな・・・・・・」
そんな心の声がつい漏れる。だからこそ――
「知らないわよ」
返事が返ってくるとは思ってもいなかった。