聖女サマ、走る。
「――さぁ!聖女様!急ぐっす!ザイフリート先輩達なら大丈夫っすよ!」
騎士サマや皆に見送られてからカメラートさんと一緒に王都への道を急いでいた。
ただ、ずっと何かが気になっていた。
心の端っこで引っかかっていた。
――思い出す。
騎士サマとの会話を。
『な!皆もこう言ってるんだ。
――大丈夫だ。
約束、覚えてっからよ。』
『「じゃあ……
――またな。後で会おうな。」
「うん。絶対、絶対…約束、守って、ね?」
「よしッ!カメラートッ!行けッ!」』
――はたと気づく。
約束を守るって言ってない。
頷いてくれてない。
約束は守れないって…こと…?
聞くしか、ない…!
「カメラート、さんッ!答えてッ…!騎士サマは、本当に、降伏、した…?戦って、ない?」
「……ッ!――勿論ッすよ。先輩は……ちゃんと、後で会えますよッ…!」
「――カメラートさんッ…!お願いッ…!ほんとのこと、教えてッ…。」
カメラートさんは地面を見て、言う。
その眼から涙をこぼしながら。
「先輩はッ…先輩達はッ…!聖女様を逃がすためにッ……!!」
それを聞いて走り出す為に一歩踏み出したところで、カメラートさんに腕を掴まれる。
「ダメっす…!ダメっすよッ…!先輩達が文字通り命懸けで時間作ってくれてるんすッ…!今戻ったら先輩達の命は…どうなっちゃうんすかッッ…!!」
「でもッッ…!それでもッ…!!私はッ、行かなきゃッッ!」
まだ手を掴んでるカメラートさんに語りかける。
「カメラートさんも一緒でしょッ…!このまま、王都に戻れたとして、それで、いいの…?」
掴まれている手の力が弱まる。
「勝手ッ…!勝手だよッ…!騎士サマ達を犠牲にして得た人生なんてッ…!私はッ!何も嬉しくなんか無いッ!生きていたいと思わないッッ…!!」
カメラートさんの手が、離れた。
「騎士サマ達が勝手に私を生かす選択肢を選んだのならッ!私は勝手に騎士サマ達を助ける選択肢を選ぶッッッ!
――独りはッ…!もう、嫌なのッッ!!」
走り出す。来た道を戻っていく。
貧民街で独りぼっちの時には知らなかった。
皆が、騎士サマが、教えてくれた暖かさ。
それが私の生きる糧で、今を走り出す原動力。
走れ、走れ、走るんだッ…!
間に合うようにッ!皆の顔をまた見るためにッ!
どんなに汚れたっていい、傷ついたっていい。
だからお願い。
――間に合ってッ!!
ふと、軽くなる身体。
横を見るとカメラートさん。
「聖女様ッ…!限界まで俺に任せろっすッッ!」
ぐんぐんと流れていく景色。
「俺…俺、先輩には確実に怒られるっす。けど、だけどッ!今ッ!聖女様についていかなきゃ!一生後悔すると思ったっすッ!」
どれほど走ってくれただろうか。
見えてきたのは火炎と煙が轟々と立ち上る砦。
「そろ…そろッ…限界…っす…!あとはッ…!頼む…っす…!」
そう言うと糸が切れたようにその場に伏すカメラートさん。
辛うじて息はしているが、限界を超えて走ってくれたのだろう。
「カメラートさん、ありがとう。」
砦はもう目と鼻の先。
――走る。
服は砂埃にまみれ、顔は泥だらけだ。
どんなにみっともなくたっていい。
砦内に入る。
そこかしこに残る血痕、倒れ伏している人達。
誰もが私が治療していた時よりも酷い傷を負っている。
分かってる。
怒る人もいるだろう。
悲しむ人もいるだろう。
でも、それでもッ…!私は皆と生きたかった…!
だからごめんなさい。
皆の覚悟を無駄にして。
私の勝手を許してください。
少し離れたところで剣戟の弾ける音。
――走れ。――走れッ!走れッ!!
――間に合えッッッ…!!
見えてきたのは、今まさに、斬られんとする騎士サマ。
「だめぇぇぇぇぇぇぇぇッッッッッ!!!」
振り下ろされる剣。
騎士サマの命に刃が届くその瞬間。
『敵襲ッッ!!その数、約千!我等の後方より突撃して参りますッ!』
すんでの所で止まった刃は騎士サマの命を断つことはなかった。
騎士サマに駆け寄る。
「どうしてッ…どうしてッ…!!」
騎士サマの片腕は無い。腕以外も満身創痍であり、直ぐに治癒しなければ死んでしまうだろう。
「――娘。此奴は貴様の何だ。」
騎士サマの側に寄った私が嘆いていると、騎士サマに剣を向けていた人は私に剣を向ける。
「騎士サマは…、騎士サマはッ……、
――私の、お世話係ッッ…!!
騎士サマがいたから人の暖かさをしれたッ…!
独りはつらいって気づけたッ…!
無くしたくないと思えるモノがッ!人がッ!たくさんできたッ…!
だからお願い…。
私はどうなってもいいからッ…。
私から、この人を…奪わないで…ください…。」
「――そうか。」
私に向けられていた剣は下げられた。
『将軍ッ!いいんですか?』
「よい。あれはじきに死ぬ。
最期くらい安らかにさせてやるべきだ。
戦士には敬意を。
それに今は後方の敵だ。
――全軍、反転ッ!敵を蹴散らすぞ。」
『はッ!!!』
早くッ…!早く治療しなきゃッ…!
手が震える。
魔法を上手く唱えられない。
落ち着けッ…!落ち着け、落ち着けッ…!
何も上手くいかない。
最悪の想定がよぎる。
嫌だ…、嫌だ嫌だ嫌だッ…!
「騎士サマ…、騎士サマ…、
――ザイフリート、様ぁ…!」
もうだめだと、私が気持ちを投げ出そうとしたその時。
「――聖…女…サマ…。
俺は…夢でも…見てる、のか…?
それとも…ここが、あの世、なのか…。」
騎士サマの意識が戻った。
でも、その目の焦点はどこか合っていなくて。
「いけねェ…。早く…帰ら、ねェと…。また…泣かれちまう…。
――約束を、守…る、んだッ…。」
ボロボロの身体で、地を這いながら、それでも前に進もうとする騎士サマ。
「独りには、させねェ…。側にいな…きゃ……」
そしてまた騎士サマの意識は無くなった。
私は馬鹿だ。
騎士サマは何も諦めていなかった。
私はまだ、何もしていない、出来ていない…!
そんな私が諦めてどうするッ!
このままの私じゃ、騎士サマにッ!皆にッ!顔向けができないッッ!
改めて騎士サマに治癒魔法をかけ直す。
何も難しいことはない。
止血、造血、再組成、今までやってきたことだ。
死なせない。死なせるわけにはいかない。
――私のすべてを懸けるんだッッ…!
治療を始めてどのくらい時間が経っただろう。
峠は越えた。越えた…筈だ。
騎士サマの呼吸は安定していて、顔にも少し血の気が戻ったように感じる。
辺りを見渡すと、多くの騎士が私の周りを囲んでいることに気づく。
「聖女殿。もう話しかけても大丈夫かね?」
「大、丈夫。貴方たち、は?」
問いかけると、目の前の騎士様は自身の髭を撫でながら答える。
「――うむ。私は今回の戦争の総隊長であり、命懸けで助けて頂いた貴女の目の前にいる騎士の上官でもある。」
「貴方、が…。騎士サマ、言ってた。『オレは聖女サマには後方支援部隊とはいえ、戦争なんて経験させたくねェ。だが、たいちょーには恩がある。だからあの人の事、憎まねェでやってくれ…。』って。」
「――そうである、か…。
――聖女殿。戦場に舞い戻り、我が騎士団の隊員を救ってくれた事、感謝する。」
「私は、自分の為、だから。そんな感謝されること、ない…。」
「聖女サマも分かると思うが、ザイフリートはこれで面倒見が良い。彼を慕う騎士も大勢いるのだ。例えばそう、今まさに彼を囲んでいる私達、とかな…。」
そう言って少し照れくさそうに髭を撫でるだんちょーさん。
「騎士サマ、照れそう…。」
騎士サマが起きていたらどんな光景が見れただろうか。想像すると笑みがこぼれる。
皆が和やかな雰囲気だったが、だんちょーさんが一つ咳払いをする。
「うぉっほん!さて、聖女殿。我々はすぐにでもこの砦を発つつもりです。」
「砦、守らない?」
「もはやここは砦として機能しておりませぬでな。噂によると、敵は勢いそのままに王都にまで進軍していると聞きます。我等がいない王都がどれだけ保つかは分かりませぬが…。」
「分かった。私と、騎士サマ、は?」
「我等がお運びいたします。ザイフリートは私の後ろに、聖女殿は――」
「――はいはいッ!俺の後ろにどうぞッ!」
だんちょーさんの言葉を遮るように手が挙げられる。
「――カメラート、さんッ…!」
「聖女様!無事でよかったっす!……ザイフリート先輩も……!ほんとに、ほんとによかったっすッッ…!!」
少し言葉に詰まりながら話すカメラートさん。
カメラートさんのお陰で私は騎士サマを救えたのだ。
「本当に、本当に、ありがとう。カメラートさん。カメラートさんの、お陰で、騎士サマだけでも、救えた、よ。」
――視界が、滲む。
救えなかった命が、沢山、ある。
私の為に散ってしまった命。
逝ってしまった皆。
ここで泣いてはいけない。
皆は、皆は誇り高く戦ったのだ。
「――行くっすよ…聖女様…。」
「皆のこと…ずっと忘れないッ…!戻ってきて、ごめんなさいッ…。護ってくれて……ありがとうッ………。」
――祈る。皆の魂がすこしでも安らかであるように。
その後の王都への退却では戦闘などが起こることはなかった。
だけど私達が着いたとき、
王都はすでに、陥落していた。
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