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聖女サマの世話係、戦う。

「よく聞けッ!敵は日々厳しい訓練を続けてきた我ら我等とは違うッ!安全な領地に引きこもり、のうのうと暮らしていた者達だッ!見ろッ!軟弱な身体ッ!貧相な装備ッッ!負ける道理など何処にもないッ!!我等の力を見せつけろッッ!!ナール国ここに在りと知らしめてやれッッッ!覚悟はできたなッ!!征くぞッッ!!


 ――全軍、突撃ッッッ!!」



 戦争が、始まった。


 隣国とは年単位で戦争をしては休戦を繰り返している。

 もはや隣国との戦争が無くなるのはどちらかが滅んだ時だけだろう。


 聖女サマがいるときには起こってほしくなかった。


 そんな風にオレが考え込んでいると横から緊張感の欠片もない声が聞こえてくる。


「はぁ〜、始まちまったすねぇ…。ほんとだったら今頃女の子たちと遊んでたんすけど…」


「カメラート…。おめェは変わんねェな。少しくらい緊張感とかねェのか?」



 俺が聞くとカメラートは大きく手を振りながら笑って答える。


「ぜーんぜん!俺が死ぬのは女の子の腕の中って決まってますし!」


「おめェはホントにいつか女に刺されて死にそうだよ…」


 俺がやれやれと首を横に振ると、カメラートは、それに、と付け加える。


「数多の戦場に出ても必ず生き残り、どんなに泥だらけでも必ず帰ってくる騎士、ザイフリート先輩の側にいれば緊張もしないってものっすよ!」


 戦争から生き残るってのは、勝てば褒められるが、負けたら臆病者呼ばわりされる。

 オレは意地汚く生にしがみついてただけだ。


「命あっての物種だからなァ…。 こんだけ生き残ってると《臆病騎士》、《卑劣騎士》.《下賤騎士》とか呼び方上げればきりがねェが、今回は特に死ねねェし…。」



 ――約束、守らなきゃいけねェからな。



「まぁ、おめェとこの小隊くらいなら、オレについてくれば、なんとか生き残れんじゃねェかな…」


「さすがザイフリート先輩ッ!ずっとついていくッす!」


「ちゃんと戦えよ…?」


 戦場という重苦しい空気の中でカメラートの様な奴と関われると少し気持ちが楽になる。


 まぁこいつは緊張感とか色々と足りなさすぎな気もするが…


 なにはともあれ、まずは死なねェこと。

 勝っても負けてもいい。聖女サマのとこに帰れるなら。


「さぁ、行くぞ。――カメラートッ!死にたくなきゃ死ぬ気でオレについてこいよッッ!!」 



「――ッす!!」



 ――戦争が始まった。




――――――――――――――――――――





 始まった戦争は序盤は明らかにオレ達の国が押していた。


 それも当然の話。


 今回の戦争はオレ達の国が不意打ち気味に仕掛けたらしい。


 隣国は寝耳に水だったそうだ。 

 その為、装備や兵士の準備が最低限しかできてはいなかった。

 だからこそ、ここまでは有利に進めることができた。

 だが、相手方もやられっぱなしなわけではない。

 序盤こそ有利だったが、隣国の必死の抵抗によって現在は均衡を保っていた。


 恐らく次のぶつかり合いが今回の最大の山場でありターニングポイントだろう。


「――隣国もそろそろ動く頃だな…。カメラートッ!敵の動きに気をつけろ。突出するな。警戒をしろ。ここからは一瞬の油断が命取りだと思え。」


「――っすね…!そろそろ敵の攻勢も強くなってきたっすよ…!」



 隊長からの指示が全軍に渡る。



「――来るぞッ!全軍、陣形は崩さずに進軍せよッ!!」



 ここからが本当の戦いと言ってもいいだろう。



「――カメラートッ!オレ達であの軍団の横っ腹ブチ抜くぞッッ!」


「――ッす!」


 始まった戦いは徐々に、徐々にオレ達の国が押しこんでいた。

 このままいってくれればオレ達の勝利で終わるかもしれない。


 あとは変なことをするバカがいなきゃいいんだが…。



「――ワハハハ!敵が逃げていくぞ!このエラ・スギルに恐れをなしたか!追え追えッ!敵兵は一人たりとも逃すなぁ!!」



 ――バカが、いた。



「――坊っちゃま!出過ぎです!早く下がりませぬと…!」


「――ええい、うるさいぞ(ジイ)!これは好機!ここで手柄を立て父上に――」


 矢が刺さる。


「坊っちゃまァァァァッッ!!!」



 一つの軍団が飛び出たことにより陣形が乱れる。


 そしてその隙を逃す敵ではなかった。


 突出した軍を包囲する。


「坊っちゃまを早く治療部隊へッ!ここは私の命に変えて時間を稼ぐッ!」



 そしてそこを起点に攻めはじめる敵。


 数刻の後、オレ達の軍は一転、劣勢になっていた。


 退却の銅鑼が鳴る。



「――カメラート。退却だ…。厳しくなるぞ…。」



 ――退却戦が始まる。


――――――――――――――――――――



「――カメラートッ!頭下げろッ!」


 カメラートの背後に迫っていた敵を斬る。


「あ、ありがとうっす…。」  


 退却戦は熾烈を極めた。


 退却の銅鑼が鳴った後、軍は見る影もなく瓦解。

 我先にと、後方支援部隊がいる砦に向かい退却した。


 オレ達の小隊も人数を減らしつつようやく砦までたどり着いた。



 横でカメラートが呟く。


「補給部隊とか、医療部隊とか、まだいるんですかね…。」


「――期待は、するな。この砦が最前線だ。ここに来るまで結構かかっちまった。もう退却しててもおかしくねェ…。」


 砦に入る。


 遠くから駆け寄ってくるのは戦場には似合わねェ、小せェ人影。


 駆け寄ってきた人影は勢いそのままにオレに抱きつく。



「――おか、えり。」


 ぐりぐりと押し付けられる頭をひとつ撫で、微笑む。


「――ただいま。」



 ――――――――――――――――――――


 オレに会った安心感からか、聖女サマはしばらくすると眠っちまった。


 その間に負傷兵達に戦況を聞くと、どうやら思った以上に悪いものだった。


 戦争の際、指揮を執っていた貴族たちは我先にと王都へと逃げ戻り、隊長は撤退戦の最中に傷を負い行方知れず。


 この砦にいるのは殆どが負傷兵や、戦えない者たちだった。


 聖女サマはオレを待っていたことと、負傷兵達を見捨てることもできなかったのもあり、今日まで踏ん張ってきたのだろう。

 話を聞くと砦の皆が聖女サマに感謝していた。



「しかし、この状況はどうするか…。」


 オレが一人呟くと、横からいつもとは違う焦ったような声がかかる。


「どうするも何も撤退しかありえないっすよ!負傷兵たちのことは、言いたかないですけど、ここに置いていくしか…」


「――カメラート…。いや、そうだな…。聖女サマをこんなとこで死なせるわけにはいかねェからな。

 うしッ!明日だ。明日の朝、聖女サマと一緒に、ここを出るぞ!」


「了解ッす!」


 いつも以上に元気のいいカメラートの肩に手を置き目を見て話す。


「いい返事だ…。


 なぁ、カメラート。


 ――聖女サマのこと頼んだぞ。」


「…?よく分かんないけど了解ッす!」





 ――夜。兵舎にて。


 ガラじゃねェが、やらなきゃいけねェ事がある。


「――ここにいる全員にッッ!聞いてほしいことがあるッ!」


 寝ていた男達、談笑していた男達、全ての注目を集める。


「オレは皆がお世話になったであろう聖女サマの世話係だァ!!ここにいる誰よりも聖女サマに好かれてる自信があるッッ!!」



 全員の目にほんの少しの殺気が宿る。



「オレは聖女サマの純粋なとこをッ!一生懸命なとこをッ!頑張る姿を誰よりも近くで見てきたッ!!」



『ふざけんなぁ!』

『聖女たんは皆の聖女たんですぞ!』

『僕だってそんなことは知ってますよッ!』



 罵声が飛ぶ。



「おめェ等が聖女サマの事をすっげェ好きなのは伝わったぁ!だがッ!だからこそッ!伝えなきゃいけねェ事があるッ!!」



 野次が止まり、全員が静まり返る。



「明日の朝ッ!聖女サマはこの砦を立つッッ!だが敵はッ!砦の目前まで迫ってきていやがるッ!」


 周囲を見渡す。


「オレ等全員で聖女サマと退却して敵の追撃をかわせると思うやつはいるかッ!


 足の悪いやつもいるだろうッ!

 腕のないやつもいるだろうッ!

 体が焼けただれてるやつもいるだろうッ!


 そんなやつらと行動して、聖女サマを無事に守り通せると思うかッ!」


 オレが何を言いたいか伝わってきている。


 全員の眼に少しずつ闘志が宿っていく。



「どうせろくな人生歩んでこなかっただろう!ならここでよッッ!


 最後にお天道様に胸張って歩けるような人生にしようじゃねェかッ!


 最後に一花咲かせようじゃねェかッ!


 国の為に死ぬんじゃねェッ!


 ――聖女サマの為に生きようじゃねェかッッ!!」



 全員が戦士の顔になる。


 大切なものを守る顔に。 



「明日の朝イチに聖女サマは出立だッッ! 


 全員で聖女サマを逃がすぞッ!


 死ぬ気で生かすぞッッ!!


 間違いなく死ぬ砦の殿(しんがり)ッ!


 やれるなお前等ァァッッ!!!!」


『『『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッッ!!!』』』



 負けた軍とは思えないような、


 死兵になるとは思えないような喊声が、


 暗い夜空に、吸い込まれていった。





―――――――――――――――――――





 明朝、カメラートを連れて聖女サマを起こす。


「聞いてくれ、聖女サマ。聖女サマは先に国へ向かってくれ。オレはこいつらの面倒を見る役割をしなきゃいけねェ。」


 聖女サマは心配そうな顔でこちらを見る。


「なに、戦うわけじゃねェ。降伏の使者として小隊長で、まだケガを負ってねェオレが一番適任ってだけの話さ。」

 


『ザイフリート小隊長はいいやつだな!』

『聖女様は心配性ですぞ!』

『聖女様!僕達もあとから追いつきます!』



「な!皆もこう言ってるんだ。


 ――大丈夫だ。


 約束、覚えてっからよ。」



 聖女サマはオレのお腹に頭をグリグリと押し付ける。


「早く、帰ってきて、ね。」


「――あぁ。」


 聖女サマの頭を撫で、側にいたカメラートに指示を出す。


「カメラート。聖女サマを、 


 ――頼んだ。」



 カメラートはもう分かってる。

 最後までオレに何か言いたげだった。

 だが、オレの覚悟を汲んでくれたらしい。



「――ッす!」


 最後に聖女サマを見る。


「じゃあ……


 ――またな。後で会おうな。」


「うん。絶対、絶対…約束、守って、ね?」


「よしッ!カメラートッ!行けッ!」


「皆も、また、ね。」


『また後でな!』

『拙者、聖女サマファンクラブ作るでござるッ!』

『会いに行きますからねー!』  


 最後に聖女サマを見送りきている全員に指示を出す。


「我らの慈悲深き聖女殿にッ!敬礼!」



『『『はッ!!』』』



 そうして2人の影が見えなくなるまで見送った。



「――じゃあな。聖女サマ。」



 聖女サマを見送った後、砦の城壁から外を見る。


 千は下らぬ敵の軍勢。

 対するこちらは数百人。



「砦の兵士諸君に告ぐッ!今すぐ降伏せよッ!さすれば命だけは取らずにおいてやろうッッ!」


 敵軍の呼びかけに対してのオレ等の答えはもう出てる。


『小隊長ッ!やってやろうぜッ!』

『ぐふふ…腕が鳴りまする…』

『覚悟はできてますッ!』




「お前等ほんッとに、


 ――最高だよ。」




 敵がいくらいようが負けやしねェ。


 それほどの士気の高さがここにはあった。



 ――聖女サマは、約束を守れねェこんなオレの事を、


 怒るだろうか、


 蔑むだろうか、


 悲しんで、くれるだろうか。


 もう、分からねェ。


 でも、でもよ。



 ――聖女サマ。



 アンタに救われた人達がここには大勢いて、


 アンタを救いたいって思ってる人達がここには大勢いる。


 勝手だけど、聖女サマを大好きな人達がいたってこと、忘れないでいてくれたらと思うよ。



 ――オレのこと覚えていてくれたらと思うよ。



 だから全員で叫ぶんだ。


 何よりも大切な、


 ――聖女サマの為に。






「『『『――かかってこいやぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ

 』』』」






――――――――――――――――――――




「レンガでも鍋でも何でもいいッ!落とせるもの持ってこいッ!!城壁に上がらせるなッッ!!」


 砦の防衛戦は熾烈を極めた。

 元々砦が堅固なこともあるが、なによりこちらが死兵となっていることが大きかった。 


「砦門ッ!開けられましたッ…!!」


 だがそれでも数の力には勝てない。 

 砦の門は破壊され、砦内が戦場と化した。


「クソッ…!」


 一人、また一人と減っていく兵士達。


『――小隊長ォ。俺ァこの通りもうダメだ。』


 隊員の身体はボロボロで傷がない箇所など無いくらいだった。


『最後に一花咲かせようと思うわァ…。』


 そう言って懐から取り出したのは一つの爆薬だった。


『ならば拙者の様な敵が多いところまでの道を切り開く人間が必要ですなッ!』


『援護は僕に任せてくださいッ!』



「お前等ッ……


 ――あぁッ…!行って来いッ…!オレはここから見とく。そんで後で聖女サマに伝えといてやるッ!こんなすげェなヤツらがいたんだってよッ…!!」


『頼んだぜッ!』

『拙者は聖女様ファンクラブ、名誉会長としての座をお願いしたいでござる!』

『お先に失礼しますね!』




『『『聖女様の為にッッッ!!!』』』




 ――少し遠くで起こった爆発。


 焔に包まれた周囲を見渡せば数百人いた筈の味方はもう、誰一人として見当たらなかった。



 正面には整列された軍隊。

 騎乗している敵将が一人、前に出る。



「――あとはそなただけだ。」



 息をひとつ、吸って吐く。


「――そうか…。なぁ、アンタ。オレ達は、強かったかい?」


「――弱かった。


 だが、私が今まで出た戦場で、一番恐怖を感じたのは今日だった。」



 くつくつと笑みがこぼれる。



「そうかそうか。そりゃあアイツ等も喜んでんだろ…。」



 剣を構え相手を見据える。



「――さて。最後にケジメ、つけねェとな。」



 敵将も馬から降り、剣を構え対峙する。



「ツェアシュテーレン国。騎士、スターク。参る。」



 相手の口上にこちらも返す。



「ナール国。騎士……」



 思い出すは聖女サマとの日々。


 そうだよな。違ェよな。



「騎士ザイフリート。聖女サマの、――世話係だ。」



 剣を握ってられる力なんてもうほぼ残ってねェ。


 立ってるのがやっとだ。


 だからこの一撃に全てを込めるしかねェ。



「――うぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!!」




 渾身の袈裟斬り。




 ――剣戟が、弾けた。




 倒れる身体。


 感覚のない右腕。


 ――空が見える。青い空が。


 聖女サマは逃げ切れたかな。


 ケガしてねェかな。


 ――最期に一目会いてェな。




 そんな死に際の願いが通じたのか。



 駆け寄ってくる聖女サマが見えたような――






――――――――――――――――――――

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