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聖女サマの世話係、任命。

「聖女ッ!次はこっちだッ!早くしろッ!!」


 声を荒げる男性の元にコクコクと頷き、足早に向かう小柄な少女。

 この少女は我が国で数十年ぶりに現れた聖女と呼ばれる存在だ。


 神官がある日、お告げを受けたらしい。

 この場所に聖女サマがいると。

 お偉いさん共は大層喜んで大人数で向かっていった。


 しかし、意気揚々と迎えに行ったお偉いさん共は、直ぐに帰ってきた。


 どうやらそこは貧民街、それも貧民街の中でもかなり劣悪な環境の場所だったらしく、聖女サマに会えないばかりか、ひでぇ奴は服に汚物を投げつけられたような跡があったりと相当な目にあったらしかった。


 それでも聖女サマは迎えたい。


 そこで白羽の矢が立ったのが、運良く貧民街から騎士まで登り詰めたこのオレだったわけだ。

 嫌だ嫌だと思っても上からの命令にゃあ逆らえねェ。


 お偉いさんとは違い、貧民街の決まり、ルールってやつを多少なりとも弁えてるオレは、昔の仲間や伝手を使いながら何とか聖女サマと思われる少女と会うことができた。


 だがまぁ、なんというか、この少女はとても聖女とは思えないような扱いをされていた。

 頬はこけ、身体は細く、今にも倒れそうな顔色で。

 それでも黙々と、やれと言われた雑用を必死でこなしている。


 ――そうだ。貧民街の奴らは、特に子供はこんな扱いをされちまうんだ。


 オレだって貧民街出身だ。そんな状況見慣れてる。

 ひとつ頭を撫でて聞いたさ。


 ――ここを出て人生を変えたくないか?って。 


 だが、この聖女サマはなんにも反応しなかった。

 いや、首を傾げてはいた。


 この生活しか知らねぇんだ。これ以上良くなるかもなんて思えもしないんだろう。

 自分の心なんて無いような表情と態度に、あぁ、こいつは駄目かもなと思っちまった。


 それでも連れて行かないとオレがどうなるか分からねェ。


 だからまぁ、この聖女サマの許可も取らずに連れて戻ったわけだ。


 そんでお偉いさん達にこの聖女サマを引き会わせた。

 お偉いさん達はあの手この手で聖女サマに話しかけるが理解してるのかしていないのか分からない反応だった。


 まぁ、これでオレの仕事は終わりだなと、立ち去ろうとしたその時。

 後ろにクンっと引っ張られる感覚。

 まさか、と思い恐る恐る後ろを見るとオレの服の裾を掴んでる聖女サマがいた。


 それを見てニヤリとしたお偉いさん達は、


『おぉ!どうやら貧民街の者同士気が合うようですな!よし!お前を聖女の世話係に命じよう!しっかり励めよ!』


 そう言って立ち去っていった。


 オレは大きくため息を吐く。


「はぁぁ…。お前…まじか…。」


 聖女サマはオレがため息を吐くとビクッと体を震わせ、恐る恐る目を閉じた。

 その姿はまるで、これから来る衝撃に備えている様な、そんな態度だった。



「おま……。大丈夫だ。なんもしねぇよ。ほれ、目ェ開けろ。行くぞ。」



 聖女サマは恐る恐る目を開けて、不思議そうな顔でオレを見る。

 まるで、もういいの?と問うように。


 ――クソッたれ。

 だからイヤなんだ、貧民街に関わるのは。

 まるで昔の自分を見ているような、そんな気持ちにさせられるから。



 うだうだしてても仕方がねェ。

 こんなでも騎士団に所属してるからな。

 まずは世話係になったことをだんちょーに報告しなきゃいけねェ。


 そうして聖女サマの世話係になったことをだんちょーに伝えたさ。


 そしたらだんちょーは自慢の髭を指で遊ばせながらこっちも見ずに、

『じゃあその聖女とやらの世話だけしていろ。騎士団にはお前のような貧民上がりの者は不要だ。』

 だとよ。


 こうしてオレは服の裾を握って離さねェ聖女サマ専属の世話係になったわけだ。




――――――――――――――――――――




「おぉ…。あれだけ痛かった腰の痛みがすっかり良くなりましたじゃ…。ありがたやありがたや…。そうだねぇ、頑張ってるお嬢さんにこの飴っこをやろうねぇ。」


 ばぁさんに飴を貰いペコリとお辞儀をし、もらった飴を頬張りながら神殿で人を癒す仕事をこなす聖女サマ。


 そしてその補佐、もとい世話係のオレ。 


 この聖女サマの世話係になって数ヶ月。分かったことがある。

 まずこの聖女サマに生活能力は皆無だということ。

 これは仕方ねェ。あんなとこじゃ誰も教えちゃくれねェだろうしな。


 朝に聖女サマより早く起きて、飯作って、風呂入れて。服着せて、弁当持たせて神殿に一緒についていく。


 聖女サマの仕事は傷ついた人を癒す。

 ただそれだけだ。

 ただそれだけだが、とにかく人数が多い。


 聖女サマは気にしなければ休憩も取らないし、昼も取らねェ。文句の一つも言わずに人を癒し続ける。

 そんな聖女サマを神殿の奴らは便利な道具かなんかと勘違いしてやがる。


 やれ、こっちに早く来いだ、あの人を癒してこいだ聖女サマに指示だけ出して、自分はゆっくり仲間達と談笑している事なんてザラだった。


 まぁよ。最初はよ、面倒な仕事を押し付けられてたと思ってたから、聖女サマが大変そうでも最低限の世話だけしてたんだよ。


 それでも聖女サマはなにもいわねェんだ。泣き言も、文句の一つもいわねェ。


 だけどある時、オレが朝帰りをした日があったんだ。


 そん時のオレは自分の事をこんな面倒な仕事を押し付けられていて可哀想だと思ってて。一日の仕事が終わった後、聖女サマに最低限の飯だけ用意して、なんでオレがこんな目に、っていう鬱憤を晴らしに酒場にいったわけだ。


 そんで朝方ガンガンする頭で家に帰ったらよ。

 聖女サマがリビングの机に突っ伏してるんだよ。

 なんかあったのかっておもったらよ。

 聖女サマの頭の横には端が焦げて目玉の部分も崩れてる様な目玉焼きが一つあってよ。



 『なんでもするから捨てないで。』って、涙でしわくちゃな紙が。


 ヘタクソな字で書かれた紙が。


 料理と一緒に置いてあったんだ。



 そうさ。馬鹿だよ。オレは大馬鹿だ。小せぇガキ一人だけ家に置いて飲みに行ってよ。

 オレのやってることは親と何が違うんだ。あんな親にだけはならねェって誓ってたのによ。



 聖女サマを優しく起こして、頭を撫でながらごめんなって謝ったよ。オレはどこにもいかねェ。安心して側にいろってな。


 聖女サマはちっちゃな声で『ありが…と』って言って少しだけ嬉しそうな顔してたよ。


 こんなオレに怒るでも、泣くでもなく。


 そんときが初めてだった。

 聖女サマの声を聞いたのも。

 表情が変わったのを見たのも。


 そっからはこの無口で、働き者で、優しい聖女サマの世話係をきちんとやろうって思ったんだ。



――――――――――――――――――――



「おぉ…。ばぁさんの言う通り、聖女様のお陰でワシの肩の痛みがなくなりましたわ…!そうじゃそうじゃ!頑張っているお嬢ちゃんにはこのワシ秘伝のちょこれいとをやろうッ!」   


 今日も今日とて聖女サマは皆(特にジジババ)から大人気だ。


「ん?どうしたお嬢ちゃん?」


 そんな中、聖女サマが爺さんに何やら耳打ちする。


「そうかそうか!お嬢ちゃんはやさしいのぅ!わかったぞい!……………ほれッ。」


 爺さんはそう言うとオレの方に向かって秘伝のちょこれいと、とやらを一つ投げてくる。


「うぉッ!」


 オレは驚きながら受け取る。

 爺さんは少し不満気な顔で言う。


「世話係のあんちゃんにも一つやるわ。貴重なもんじゃから感謝して食うんじゃぞ。」


 オレが驚いて目をかっぴらいていたら、爺さんは後ろ手で手を降って帰っていった。



 ――今まで誰にも認められたことなんて無かった。

 泥をすするような生活をして、死ぬ気で這い上がってきた。だが、騎士になっても貧民街出身だと馬鹿にされ、仕事なんて基本雑用。


 今は平和だけどよ。戦争や小競り合いが起こるたびに真っ先に死地に追いやられる。ギリギリのところでなんとか生き延びてきた。けど生き延びたところで出世なんて夢のまた夢で。

 いつしか上を目指すのなんて辞めちまった。


 どんなに頑張ってもなんにもならねェんだって思ったから。


 ――でも、でもよ。

 オレと違って聖女サマは出世なんて微塵も考えてねェ。特に喋るわけでもねェ。ただ仕事してるだけだ。

 なのにこんなにも沢山の人から愛されていて。沢山の笑顔に囲まれている。


 まだ分かんねェ。分かんねェけどよ。

 誰も見ていなくたって、頑張ることにちゃんと意味はあるんだって。また上を目指すことを、貧民街を変えることを。ここから始められるんじゃねェかって、

 

 そう思えたよ。


「……?」


 不思議そうな顔でこっちを見る聖女サマの頭を撫でる。


「――ありがとな。」


「……!!」


 少し考えた聖女サマはどうやらオレからのお礼を秘伝のちょこれいとの事だと思ったらしい。

 オレがちょこれいとが大好きだと思ったのか、悩みながら、まだ手に持っていたちょこれいとを手のひらに乗せてオレに差し出す。


「ばーか。」


 差し出されたそいつを包み紙から取り出し、中身を聖女サマの口に押し込む。


 聖女サマは目をパチクリさせてたが、次第にちょこれいとの甘さに顔をほころばせていった。


「おし!食べおわったら今度はあっちいくぞ!」


「ぉー…!」

 意気揚々と拳を掲げた聖女サマ。


 こんな日がずっと続くんだと、そう…思ってた。




――――――――――――――――――――




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