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仮想臨界点

 ………夢を見る。

 大した夢じゃない。ただそれが薬の副作用に因るものか、振り切ったつもりだった心残りだったのかは自分でも分からない。それこそ幻のように曖昧で自分でも判断が付けられない。三姫先輩とバイト先でたまたま知り合い、普通に友人として交流を重ねる夢。岩戸先輩とも、普通に男友達として知り合えたのではというもしもが夢となって表れている。

 一人は死に、一人は精神がおかしくなってしまった。

 最早そんな可能性は一パーセントも存在しない。こんな夢を見たところで島に残る問題は何一つ解決しないどころか、未練を思い出すだけだ。せっかく背中を押されたのに、これじゃあ俺がまるで、また会いたいと思ってるみたいじゃないか。


 ―――そりゃ、会いたいよ。


 俺達より前にこの問題を解決しようと努力した人達だ。生きていて会えるなら今度こそ会いたい。そして一緒に戦いたい。あり得ない話を知っていて尚、いや知っているからこそ……そうなってくれればと思う。好きにやり直していた事の弊害だ。もしもがありそうなら追い求めてしまう。諦めるとか妥協するとか忘れるとか、そういう受け入れる素振りをまず忘れる。

「…………三姫先輩…………」

 二度と会えない人に会いたいと願うのは間違っているだろうか。知り合ったあの人は俺の頭の中で構築された世界での話で、実際蘇生なんかさせた所で他人のままである可能性は高いけど……それならそれで改めて友達になれたらいいと思う。この気持ちを間違いなんて思わない。会えない人に会いたいと願うのは普通だ。だって会えないんだから。それ以上の理由なんて蛇足だろう。

 そしてそれは先輩だから、ではない。響希に会えなくなっても同じ事を思うだろうし、真紀さんでも変わらない。芽々子でも…………

「先輩…………眠れないのぉ……?」

「雀子。起こしたか?」

 何となく人の温もりが欲しい以外で、今は自衛の為に彼女を抱きしめて眠っている。尻尾が砂泥に沈むエイが如く潜んで部屋中に広がっているので侵入者対策にはぴったりだ。 本人曰く尻尾は殆ど自動的に反応して攻撃してしまうらしい。勿論攻撃の意思は彼女にあるのだが、気持ちとしては「恐らくワンちゃんが尻尾踏まれた時の感覚』とも言っていた。

 蠍に似たこの太くて長い尻尾は日常生活を送るには不便と一口に片付けていいようなものじゃない。 こんな物騒なトラブルに巻き込まれているのでなければ今すぐ手術でも何でもして切除した方が良い。そのレベルでまともとは言い難い。だが今はとても助かっている所だ。殺傷能力は申し分ないし、この尻尾に傷がついたところも現状見た事がない。

 その持ち主は、寝起きの上擦った声が可愛らしい、年下の子だというのに。

「…………いや、眠れないのは当然か? よく考えたらこんな尻尾があるのに安眠出来る奴が稀だよな。それはそうだ」

「…………これがなかった頃の事なんて、もう忘れちゃったよぉ……。早く、寝なきゃ。ボクは寝てればいいけど、先輩は学校なんだしぃ……」

 時刻は深夜三時を回った所だ。最悪二時間起きていればいいという発想は酷く幼稚であり、不眠症か本物のショートスリーパーでもなければ達成出来ないやり方だ。まして俺には学校へ行く時間以外の殆どをバイトに充てていた実績がある。疲れのサイクルは朝から夜にかけて蓄積し、深夜で解消させているのでとてもじゃないが二時間も起床したままではいられない。

 バイトがなくても今は使命がある。俺が幾ら頑張ったところで、体力が増える訳じゃない。ゲームでレベルアップするんじゃあるまいし。目を瞑って雀子を再度抱き寄せると、彼女は体を丸めて寄り添ってくれた。この安心がいつまでも続くならそれでもいいが。目を離したら居なくなるような不安が…………それは、薬の最終的な副作用を聞いたからだろうか。一秒毎に別の世界へ飛ばされたらもう誰も俺の傍には居られなくなる。俺も誰かの傍に居たいと思う事すら許されなくなる。


 怖い。


 両親の干渉を受けたくなくて一人で暮らしたいと願った俺が、事情が変わったとはいえ人肌を求める。安心感を求める。自由ではなく、この体を縛るような心の安寧に手を伸ばしてしまう。皮肉な話だ。それらはきっと、一人暮らしさえ望まなければまだまだ俺の傍にあっただろうに。

 だがこれに関しては後悔もしたくない。この選択をしたからこそ生まれた縁もある。自分の人生だ。まるで誰かに指示されたかのような言い草はやめた方がいい。どんな結果が待っていても責任を負うのは自分であって他人じゃない。特に干渉を受けたくないとそこまで望むのなら、どんな関係性の相手にも己の人生は一秒だって譲るものじゃない。

 瞑った先で手を伸ばし、仮想の中で君を呼ぶ。こことは違う分岐点。平和を願って不器用に、記憶の中で指を切る。

 約束果たしたその時に、胸を張って告げたいと。




 貴方を助けに来ましたと。

 

 


















 二時間ぽっちの二度寝を経て、改めて俺は起床した。バイトは暫く入れないつもりだ。怪しまれたとしても構わないし、気にするよりもすべき事がある。雀子がまだ眠っていると知り、即座に電話を掛けた。相手は勿論、起きている可能性が一番高い人物。


『私に電話なんて、どうかしたの?』

『芽々子。ちょっと聞きたい事があって電話したんだ。お前の事じゃないぞ。真紀さんの事で』


 時々眠るような素振りは見た事あるものの、睡眠が必要だという話は聞いた事がない。もしも必要なら芽々子の方から明かしてくる筈なので恐らく起きているだろうという仮説は当たっていた。いつ何時電話しても応対してくれる存在というのは、精神的にも助けられるし人間にはない強みだと思う。なんて、殆ど同じ状態の俺が言えた義理ではないか。

 起きる気配のない雀子に布団をかけながら、手短に用件を言った。


『真紀さんと一番交流してるのは俺だ。その……お前が過去に薬を使って繰り返してたっていうのを除けばな』

『どういう経緯でそれを知ったかはさておき、考慮しても貴方の方が上よ。私は彼女を一般人と解釈して相手にしなかった。今思えば軽率な判断ね。薬で介入を繰り返す度に、私が接触もしてないのに行動が変わる人間なんておかしかった』

『そう、その事なんだよ正に。俺は真紀さんを信じてる。あの人はどんな事があっても味方って言ってくれたからな。でも平然と人を斬り殺したり、向こうの手に落ちた岩戸先輩に絡まれてもあの人自体にお咎めはないように思えた。夜中に出歩いてたのだってそうだ。夜な夜な百歌に化けてたあの怪異に影響を受けた奴を殺してたなら、相応に目をつけられてると思うんだよ。でもやっぱり何も起きない。世介中道会が俺達を罠に嵌める様子もなければ排除する様子もない。あの人の立ち位置って対立構造で考えると変だと思わないかな?』

『世の中はそう単純ではないという事よ。例えば……響希さんが味方になったのだって元は成り行きじゃない。本来は貴方と私の二人でやるつもりだった。たまたま目撃されて、浸渉から助ける為に貴方が奮闘して、そして無事に助かってしまったからこういう形で収まった。一刀斎真紀にも似たような事が言えると思うけど』

『でも響希は殺されそうになっただろ? アイツが狙われたってより俺達一年が狙われたが正しいんだけどさ。真紀さんには何もない。あの人は俺達と同じで一人暮らし……ん? でも外部の人間じゃないんだよな? だったら俺が珍しがられないし。やっぱり何か変だ。上手く言葉に出来ないんだけど…………』

『都合が良い?』

『…………………逆、かも』


 俺達は薬の効果を知られてしまっているという点で。

 世介中道会にとっては誰の指揮系統にもなく動き回っており、その内情は超常的な手段で情報を集める(その気があったかは置いといて)警戒しようのない危険人物。これは便宜上の表現であり、中道会が彼女の扱い方に困っている様子は見られない。そもそも危険視しているかも微妙だ。

 誰にとっても都合が悪い存在、一刀斎真紀。生きているのはタイムリープのせいだが、それはあの人の主観に基づいた話だ。繰り返そうと繰り返すまいと、ここで死ぬなら死んだ扱いを受けられる。俺達も死んだとみなす。















 まるで危険の方から逃げているようで、真紀さんの事が分からない。今となってはその厚意すら。


 何故俺にそんな優しいのかも。

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