善に因り善は果たされる
「……えっ」
「何、どういう事?」
「―――タイムリープ。彼女はこの島での生活を始まりから終わりまで永遠に繰り返してるって言ったの。にわかには信じがたいと言いたいけれど、行き過ぎた科学は超常現象となんら変わらない。そう。だから貴方は知る筈のない情報を知っていたのね」
「本当は誰にもバレる筈がないんだけどね~君達だからこそ分かったっていうのは、素晴らしい事だよ。まあそこまで隠すつもりもなかったんだけどさ、私も好きこのんでこの状況になった訳じゃないよお。何処から話せばいいのやら。残念ながら話した所で三人には解決出来ない事も分かってる」
「そんなの、言わなきゃ分からないでしょっ?」
「分かるよ~。その薬でつまみ食いしてきた人なら分かる。私は君達より遥かに長く、遥かに多く、繰り返してきたからねえ」
「それは……仮想性侵入藥の理論的にどうなんだ芽々子」
「理論に当てはめるものじゃないわ。科学的に行えるワープと超能力で行えるワープの原理が同じだと思う? 原理が同じならそれは超能力、魔法、超常現象或いはそれに類する名前では呼ばれない。観測者は使用者だけという性質と他に似たような状況に陥る人間がいる可能性は特に近しい要素でもなければ関係性もないわ。一刀斎真紀はタイムリープを不本意だと言った。つまり彼女の意思に拘らず発生する現象だという事。別世界において能動的に行動を変えられるのは観測者一人のみだけど、たとえそれで彼女の行動を変えてもタイムリープには何の影響も及ぼせない。観測者の行動を受けて後々誰がどんな行動をするかまでは制御できないようにね」
真紀さんが、俺と同じようにやり直し続けていた?
違いは、俺は任意、彼女は強制という所だろうか。それも一部分じゃない。蓋の話をしたという事は、この人は砂浜で俺達が全滅する様子を最期まで見届けた事になる。
「…………あの後、どうなったんですか?」
「それを語る必要はないでしょ~? 関係ない世界の話なんだしい。大丈夫、碌なもんじゃなかった。聞きたくもないような程、酷い」
真紀さんの様子は相変わらずへらへらと軽薄で、なんというか覇気が感じられない。酒を飲んでいないのに酒を飲んでいた時の方がずっとまともだ。何でこの人は……悪し様に言う訳ではないが、そんな状況である事を忘れているみたいに楽観的だった。
多分今は芽々子と同じ感情を抱いている。何故この人はまともで居られるのか。俺は後遺症に悩まされ、彼女は人形になり感情を抑え込むようになった。やり直してもやり直しても思うように行かず、少し上手く行ったかと思えばまた別の問題が次から次へと発生する。やり直す事で当面の問題を対処出来る確率は上がる半面、根本的な問題を解決するには致命的に情報が足りずイタチごっこを繰り返すしかない。なのにどうして。
ふと、今しがた思いついたように響希が慎重に声を上げた。
「ねえ、私良く分かんないんだけど、そんなに繰り返して長居してるなら色々知ってるんじゃないの? 具体的には分かんないけど、元凶とか知らないの?」
「……そうだよ! 真紀さん、何か知らないんですか? この島にここまで怪異が溢れてる理由とか、芽々子を人間に戻す方法とか!」
「それを知らないから、何度も繰り返す事を止められないんじゃないの?」
同じ繰り返す人間としてか、芽々子の指摘は鋭い。
「不本意なのに惰性で繰り返すなんて人間はいない。簡単に止められるならとっくに止めてる。違う?」
「まあ、その通りだよお。いやあ手厳しいねえ。お姉さんも少しは先輩風吹かせたかったなって思わないでもない……何も知らないとも言わないけどね。でも私にそんな事聞いてもいいのかなあ。芽々子ちゃんは、後悔しない?」
「どういう意味……?」
「芽々子は元々この島に溢れた怪異を倒す為に頑張ってるんですよ。後悔なんてする訳ないじゃないですか」
「泰斗君は~後悔しないだろうねえ。君は外から来た人間だもんねえ。私の長い長い繰り返しの中でもそんな事は一度としてなかった。漏れなく悲惨な結末は迎えた訳だけど……」
真紀さんは百歌だった怪異に目を向けると、溜息を吐いて明後日の方向を向いた。
「それでえ、三人はお姉さんに何を求めてるのかなあ? この怪物をダシに情報が欲しいとか~?」
「……訳あって。いや、俺が薬の服用に耐えられなくなってもうやり直す事が出来なくなりました。真紀さん、俺達が今まで無事でいられたのはそのつまみぐいあっての事なんです。でももうこれからは出来ない。俺達の味方になってくれませんか! お願いします!」
躊躇のない土下座にプライドなんてものはない。やり直しても手詰まりなら新しい協力者が欲しいなんて当然の事だ。まだまださっぱり、分からない事だらけ。雀子の事、世介中道会の事、怪異の事。これらを解決しようとするならトラブルを解決出来る力と情報を持っている人間が望ましい。
「…………泰斗君、やめてよそういうのはさあ。お姉さんはどんな事があっても君の味方だって言っただろお? 土下座っていうのは全面的に自分が悪いと思った時に誠意を見せる方法であって、頼み事するのに使う程じゃない。これがさあ、私は全ての真実を知っていて黙っているだけとかなら分かるけど。そこに関しちゃ同じ立場なんだから~」
「協力、私からもお願いします。一刀斎真紀。さっきも言ったように貴方を関与させようと思った事は一度もなかった……もうバレてるみたいだけど、私も薬を使った身だからこそ、この悩みに付き合わされている。新しい風が欲しい。お願いします」
「わ、私からもお願い! 良く分かんないけど……このままだとみんな死にそうだし」
「ハイハイ。おっけーさん」
畳みかけるような懇願に対し、存外二つ返事で真紀さんは頷いてくれた。
「協力するのは別に構わないよお。どうせ君達が失敗しても私はまた繰り返すだけだからね~。ただ一つ、先達から警告をしよう。お姉さんが何度も繰り返した中で、共通点が一つ。港から入ってきた『あの怪異』。悪いけど破壊してくれないかなあ。悪いけど名前は言えないよ。口にしたらすぐ殺しに来るからね~」
「そんな、友達が来るみたいな雰囲気でいいんですか……?」
「長い付き合いではあるけどねー。私最初からあれの名前を知ってるせいでさ、どうしても殺されちゃう瞬間があって困ってるんだ。だもんで、宜しく頼むよ」
「死んでも死にきれない貴方なら対処法が分かっている筈。私もあれに負けたの。いつかは倒さないといけないとは思ってた。対処法は何?」
「そいつの本当の姿をそいつに見せてやる事。芽々子ちゃんは知ってると思うけどお、死人の身体をとっかえひっかえして生きながらえる奴だから…………今誰が死んでて誰が生きてるかを把握しなきゃ、あっさり不意を突かれておしまいだ。『カラダアソビ』を終わらせる。それが私が協力する条件だよ」
「真紀さんが勝てないくらい強いんですか?」
「お姉さんと~っても強いけど、不意打ちはしょうがないよねー。目に付いた人間を片っ端から斬り殺すような強硬手段に訴えた事がないとは言わないよ。まあ、ほらさあ。多くは言わないよ。私が今ここに居るのが全てじゃん?」